長い一日の始まり 4
第一章
長い一日の始まり 4
部屋に戻って、買い置きの漫画雑誌片手に、ベットにうつぶせの格好で横になった。
その際に胸がベットにつぶれる感触に不愉快感が沸くが、気にしてもしかたないので我慢する。
熱の間、文章を読む気にもなれ無かった為、まだ今週号に目を通していないのだ。
愛読の漫画を読み始め少したった頃だろうか、部屋のドアをコンコンと鳴らす音が響いた。
その後に、「雪兄ちゃん、入ってもいい?」返事を待つような声が聞こえてくる。
「ああ、いいぞー」冬耶だとすぐ判り、すんなり入れてやることにする。
これが、母さんや氷兄なら入れないつもりだったが、冬耶なら問題ない。
ガチャリとドアノブを回して、冬耶は部屋に入ってきた。
僕は漫画を閉じてから体を起こし、楽に座った姿勢で冬耶を正面に見て迎えた。
「雪兄ちゃん、ゲームやらせてー」そこまで言った冬耶の目が丸くなっていた。
冬耶は氷兄と同じ父さん似で、あまりスポーツが得意じゃない為肌が白い。
身長は……僕と大差なく、実は今年抜かれるんじゃないかと冷や冷やしてたのは内緒である。どちらかといえば大人しい性格の持ち主で、今は部屋着であるスウェットの上下を着ていた。
僕は両手をふりふりと振ってみる。
冬耶は固まったまま動かない。
ふむ、面白い。
びよーんと両頬をひっぱってみる。
「だ、誰?」冬耶は此処でやっと声を発した。
だがそれは意外性のある言葉でもなく、かといって楽しい内容でもない。
又説明しなけいといけないのだから溜息がでそうだ。
朝ご飯をどうせ食べたのだろうから、その時に母さんがちゃんと教えておいてくれればこうはならないのに、本当あの人は適当だと思う。
その結果ちょっとからかいたい気持ちになってきた。
「誰だろうね?」
「え、でも、だって……」
必死に混乱している冬耶の姿が面白い。
「ぷっ、くくく」つい笑いだしてしまった。
「ごめんごめん。僕だよ僕。お前の兄の雪だよ」
「えええ、でも胸あるし、髪白いし、目も青いよ。それに女の子じゃないか。雪兄ちゃんは男だよ?」
「まぁな。でも僕は雪だから、安心しろな」
「ああ、うん」冬耶は訝しげな顔をしていた。
まぁ、この内容ではさすがに納得出来る訳がないよな。
ことの経緯を氷兄にした感じで解説してやる事にした。
さすがに二回目ともなると説明もこなれてきて、我ながら上手く纏まっていたのではないだろうか。
冬耶は聞き終わると、心から安心したという風な顔をする。
「良かった。本当に雪兄ちゃんなんだね」
これだ。この反応を待っていたのだ。説明する前と違い嬉しくなってくる。
やっぱり、冬耶だけはマトモだ。
今迄世話して来た回もあったというところだな。
「でも、雪兄ちゃんの事これからどう呼べばいいのかな?」
「うん? どうも何も今迄通りに呼べばいいだろ」
「うーん。確かにそうなんだけど、見た目どうみても女の子じゃない。女の子にお兄ちゃんっていうのは変な気がするよ?」
「外見は変ってしまったが、中身は以前のままなのだから何の問題もないって」
「そうなのかなぁ?」
冬耶はどこか不服そうだ。
「どうかしたのか?」
「あ、うん。ええとね。僕と友達が居る時に会ったとするじゃない?」
「ふむふむ」
「その時にね、お兄ちゃんって呼んでたら変に勘ぐられるんじゃないかと思うんだよ」
確かにそれはあるかもしれない。素直に頷かされてしまう。
実際今のこの姿は女の子にしか見えないだろうし。
その呼称が兄では無駄な誤解を招くだけな気もする。
でもお姉ちゃんと呼ばれるのは非情に抵抗が高い。
僕の中では、冬耶の兄のままなのだから、急に姉といわれても困ってしまう。
だがしかし……こんな事で冬耶が友達にからからかわれでもしたら……
自分のせいで冬耶が苦しむのは見たくない。
あーもう!
堂々巡りになってしまう。
「そんなに嫌なの?」
僕の気持ちを察したみたいで、冬耶は心配そうに尋ねてきた。
「うむ。非情に嫌だな、出来れば簡便して欲しい」
「じゃー今迄通り雪兄ちゃんって呼ぶよ。それでいい?」
冬耶の気遣う気持ちが嬉しく、その言葉で決心が固まった。
「いや。やっぱり、雪……姉ちゃんでいいよ……」
自分で言って自己嫌悪してしまうが、冬耶の為なら我慢も出来るってものだ。
之もブラコンに入るのだろうか?
氷兄のニヤツク顔が一瞬浮かんで消えていった。
いやこれは違う、純粋な家族愛だ。
そう強引に納得させることにした。
「うん判ったよ。雪姉ちゃん」
改めて言われるとしんどい。
「そういえばゲームしに来たんだったな。ちょっと待ってろ」
暗い気分を誤魔化すよう話題を変えた。
「うん。お願い」
「じゃそこ座って待ってろ」
いつも僕の部屋に来た時に冬耶が座っている、TV近くにあるクッションを指し示した。
「はーい」冬耶は素直に従った。
素早くベットから立ち上がり、19インチの液晶TVに電源を入れてチャンネルをゲーム用に合わせ、ゲーム機本体のスイッチをONにする。この間数十秒。
ブーンという音ともに画面にロゴが写ったところで、冬耶にコントローラーを渡してやった。
「冬耶、何やりたいんだ?」
「ええとね。暗黒魂!」
「ほいほい」暗黒魂のROMをケースから抜き出して手渡してやる。
「ありがと」冬耶はROMを受け取りゲーム機にセットすると、待ちどうしそうにコントローラーを強く握っていた。
暗黒魂とはコアゲーマーを対象とした、ネットワーク対応のアクションRPGだ。
その理不尽な難しさによるやり込み要素とオンラインプレイで人気を博していた。
暗黒魂という大きなロゴが出現し、スピーカーからBGMが流れだす。
冬耶はもう画面に集中しているようなので、読みかけだった漫画を見ようと、ベッドにうつぶせになった。
再び、胸が潰される。
あぁもう!
その女の象徴ともいうべきものに苛立ってくる。
母さん達には呼び方を強制され、自分の呼び名すら選択出来ない。
更に今日だけで可愛いと何度言われたろう。
女になって一つも良い事が無いのに、マイナスなモノばかりは次から次へとやってくるのだから不機嫌になる一方だ。
かといって、横にいる冬耶に当たる訳にもいかないので耐えるしかなかった。
氷兄なら構わないんだけどなぁ。不穏な事を考える。
ふとベットの頭に置いてある目覚まし時計に目が行った。
時間は9時を過ぎたぐらいだった。
くぅ! もう学校に行ってるか。
どうでも良い時だけは居る癖に……必要な時には居ないなんだから……
仕方ないから、帰ってきてから絡むことにしょう♪
そう思い浮かべたら自然と笑みが零れてきた。
ある意味氷兄が役に立ったと言える。
おかげで、気を取り直して漫画を見る事が出来そうだ。
漫画に目を落とした時に、LVアップのファンファーレの音が響いた。
冬耶がんばれ。
心の中で激励しつつ、僕も漫画に集中する事にした。
これで阿南家の全員が登場しました。
この冬耶君、実をいうと抹消するか使うか最後まで迷った子でした。
後になって阿南家に欠かせいないと言われるようになったらよいと思っています。
※ 誤字、脱字、修正点などがあれば指摘ください。
評価、コメントも是非にです。