副賞を行使しよう 4
「雪、次はあのお店とかどうだ?」
僕の腕を取る遥が喜々として目の前の洋服屋さんを指差していた。
結局、遥のお願いに屈する形で、午後からは4人でダブルデートとなってしまったのだ。
僕が見捨てれないと思ったのだろう、太一にはヤレヤレと肩を竦められた。
氷兄は聞かなくても判るし、反対が太一だけなのだから諦めるしかないのである。
今は、僕と遥が前を歩き、氷兄と太一が後ろで会話をしていた。
「却下だね。どうせボクを着せ替え人形にするんでしょ? 遥が自分のモノ欲しいなら別だけどさ」
「え~、美少女を愛でるから楽しいんだよ。アタシが着ても誰も喜ばないって」
「そう? 今日の遥の格好可愛いと思うけどね」
遥の清楚なワンピース姿は、普段と違いとても女らしく見える。
裾から惜しみも無く出している滑らかな生足なんて、頑張ってると誉めてあげたいぐらいだよ。
僕には絶対出来ないしね。
「……そんなに可愛いとか言うなよ、照れるだろ」
「遥からはよく言われるけどねぇ――少しはボクの気持ちが判った?」
これを機に、ボクを労わるようにして欲しいよ。
「それは違う。雪の可愛さは誰もが認めるモノだよな。確かネットアイドルで1位を獲得してたじゃないか」
う、忘れたかったのに……未だに雪にゃん? とか聞かれてるんだからね!
「ボクのことはどうでもいいの! 今日は遥と氷兄のデートでしょ? ほら、氷兄の側に行きなよー」少し後方で太一と話している氷兄の方を見て促した。遥もチラリと視界に入れたようだ。
氷兄はそれに目敏く気付いたようで急に此方に笑顔を向けてきた。
うん、氷兄もやれば出来るじゃないか、女の子には優しくしないといけないよね。
僕にではなくて、遥に笑顔を向けたと信じよう。
「ゴメン……悪かったって。緊張で大変だったんだから、雪が居てくれて本当に感謝してるだ――」
「はぁ……そんなんで本当に氷兄を落とせるの?」
「無理だから! アタシはデートしてもらえるだけで十分満足なの!」
少年よ大志を抱けとかいう言葉があったけど、少しはやる気を出して欲しいよ――
「まぁ、どっちにしても洋服屋は避けた方がいいね。太一と氷兄もつまらないと思うし、どうせなら皆で遊べる場所にしようよ」
「そ、そうだよな。でも、雪の可愛い格好見るのも楽しいと思うんだけどな……」遥はまだ諦めきれなそうにしている。
遙にはそう言ったけど、多分氷兄は喜ぶと思う。太一も楽しければOKって感じだろう。
だけど、僕が楽しくないじゃないか!
玩具にされる身にもなって欲しいと声を大にして言いたいよ!
「とりあえず太一達にも意見聞こうよ。そろそろ遥も落ちついたみたいだしね」
遥の緊張を解す為に気を使って前を歩いていたのだ。
放置しとくとあの2人が何をしでかすか判ったものじゃないしね。
「うん、ありがと。そうしようか――あっ!」遥が急に驚いたように店頭のショーウィンドウに目を止めている。
そこには可愛いブリーツスカートと半袖シャツを纏ったマネキンが置いてあった。
「急にどうしたの?」
「あ、うん、ちょっとアレ可愛いなと思ってさ」
「別に気にしないで試着してみれば? あの洋服、遙に似合うと思うよ」
「違う違う、服じゃなくてリボンの方だって!」
「ああ、そっち」
マネキンの髪の先には、紫と白によるチェックのリボンが結ばれていた。
「欲しかったから買っちゃいなよ。リボンなら安いしさ」
「いや、そうなんだけどさ、アタシの髪ってショートだろ? 結ぶ処が無いんだよな。柄は凄いアタシ好みなんだけど……」
「ふむふむ、別に持ってて困らないと思うけどねー」
「そうか? 迷うなぁ……」
すると、
「おーい、これからどうするねん?」
太一の声がすぐ真後ろからしたので振り向く。
どうやら遥が迷っている間に、太一と氷兄が近付いて来てたみたいだ。
氷兄は何か思うところがあるのかジーと遥を見ていた。
その遥はというと太一の声で買うのを諦めたらしい。時間が掛かるし迷惑になるとでも思ったのだろうね。
買いたい時に買わないと後で悔しい思いをするんだから、この2人なんて待たせとけばいいんだよ。
「……うーん。何処がいいかなぁ」
「いや、雪には聞いてへんから!」
僕が腕を組んで考えようとしたら、太一に即駄目だしされた。
「なんでだよ。ボクに意見を聞いたんじゃないの?」
「雪に聞いても仕方ないやろが……どうせ碌な案ださへんのが判ってるのやから。井波さんに聞いてるねん」
むか!
「ちょっと太一、その言葉は聞き捨てられないよ」
「ふーん。ほな何処行きたいんや? 又模型屋や無いやろな?」
模型屋素晴らしいじゃないか。僕の欲しいものが一杯あるのに!
「同じ場所には2回は行かないよ! そだね――4人だしネットカフェとかどう?」
「……ネカフェは1人で行くもんやろ? 漫画やネットは複数人でやるもんやないやろが」そこまで言って太一はハッと何かに気付いた表情を浮べた。
「まさか、FSCCをやるとか言わんやろな!」
ちっ……ばれてしまったか。
「太一にしては鋭いね」
「外に来た意味がないやろが……ほら聞くだけ無駄やったねん。雪は大人しく待ってるんやで……お兄さん達が決めてあげるからな」
めっちゃ子供扱いされたよ! ふんだ。
「それで、井波さんはどこがええねん? 氷兄ちゃんと相談した結果、井波さんの行きたいところにしようとなったんやけど」
太一の発言を肯定するように氷兄も大きく頷いた。
僕じゃないところが悪意を感じるね。
「――そうですね。だったら、カラオケとかどうですか? 4人で映画よりは、歌える分盛り上がると思いますし」
遥は氷兄に伺っている。
ぷ、太一が尋ねたのオレやん、みたいな顔をしてるのが面白いよ。
「そだな、井波さんの意見だしそうするか。久々だから楽しそうだしな。雪と太一もそれでいいか?」
「うん」「ええですよ」僕達2人が納得したことで次の目的地はカラオケと決まった。
近くの集合ビルの中にある、ヨーデル歌い放題という名前のカラオケ店に入っていく。
地元に住んでる僕達行きつけのお店だった。
フリータイムにドリンク無料がついて、高校生のお財布にとても優しい優良店である。
カウンターでとりあえず3時間分の料金を支払い、部屋に案内されることになった。
氷兄は先にお手洗いらしく、僕達3人が先に部屋で寛ぎながら待つことにした。
室内には小ぶりなテーブルが1つ、その周りをUの字型に椅子が配置され、入り口側にカラオケ機器が置かれている。
席順は一番手前に太一、その奥が遙、太一の合い向かいが僕だ。
「さて、今日はどうしよっかなー」僕はテーブルの上にある曲目リストをパラパラ捲って眺める。
遥も僕と同様に、もう一つあった曲目リストに目を通していた。
その間太一がマイク等をカラオケ本体に設置していく。
少しして、準備万端になったのだろう、再び座った太一が僕を急かしてきた。
「どうせ雪の歌うのなんてアレやろ? 別に悩むことなんてないやろが、さっさと本よこすねん」
「む、ボクはレパートリーが多いから迷うんだよ!」
「多いと言っても殆どアニソンやないか、適当でええやんか」
「え? 雪ってアニソンが好きなんだ? そう言われてみると思い当たる節があるな」
遥が妙に納得している。
「どういうこと?」
「雪ってさ、趣味がオタク趣味じゃないか。プラモにフィギュア、ゲームにアニメ、漫画もそうだよな。それを考えると当然って感じだよな」
う、確かにそうだけど、そこはほら、クールジャパンだよ!
「井波さんよく考えるんや、雪の趣味がお茶にお花、日本舞踊なんてらしくないやんか? この変な趣味の方がええねん」
「太一には言われたくないね。大体、殆どの趣味がボクと被ってるじゃないか!」
「ああ、矢神君もそうなんだ。さすが幼馴染だけあるよなー」
遥が僕と太一を交互に見て頷いている。
「雪の影響でこうなってもうたんや。責任取れねん」太一が泣いたフリなんてしだした。
「それは違うよね。太一のせいでボクはこうなったの! 責任取ってよ!」
「……しゃーないな。責任取って――」太一はそれ以上言葉を続けることが出来なくなってしまった。
僕がジロリと睨んだからだ。
どうせ、胸とかパンツなんて言い出すに決まってるからね。
遥の前でも言えるその根性が凄いけど。
「責任取って何か買ってくれるんだよね? 嬉しいなぁ」
「違うがな、だから……」
再びジロリと睨んで、太一に二の句を継がせない。
「だ、か、ら、何を買ってくれるの?」それ以外の言葉は認めないとはっきり意思を込めて目と言葉で威圧する。
「シュークリームを買わせて頂くねん……」
「よろしい、で、遥、何の話してたっけ?」
僕と太一のやり取りを呆れたように見ていた遥に話を振った。
「いや、なんていうか仲良いよなと――ちょっと羨ましいわ」
「幼稚園からの付き合いだからね、これぐらい当然だと思うよ。遥と楓ちゃんみたいなものでしょ?」
「いや、そうなんだろうけどさ。男女でそう歯に衣着せず言い合えるのは凄いと思うよ」
「そうかなー。普通だと思うけど」
こないだまで僕は男だったからとは言えないしね。
「まぁ、雪達を見てると自然だから問題無いのかもな」
「うんうん、そんなもんだよ」
「雪は危なっかしいからなぁ、オレが付いててやらんとすぐトラブル起こすねん」太一が苦労してるだという風にぼやいた。
「いつ起こしたんだよ!」
「数え切れないぐらいやろが、どれがええねん?」
そ、そんなにあるの? うーん、僕の記憶上は無いけどなぁ、でも太一の自信たっぷりの表情をみると本当そうだよね。
ここはあれか、話をはぐらかした方がいいかもしれない
「ふんだ。そう言ってからかってればいいんだよ! ボクは実利を取るからいいもん」
ささっとテーブルの上に置いてあるリモコンを拝借し、番号を入力して送信を完了させたのだ。
「な、セコイがな。ほな曲目リストよこせねん」
「仕方ないなぁ」恩着せがましく渡してあげた。
「なら、次アタシも入れーよ。矢神君は最後な」
「うわ、ズル。まぁええねんレディーファースト言うからな。紳士のオレが許したるねん」
「誰が紳士だか知らないけど、遥もどんどん入れるほうがいいよ。太一マイク放さないからね」
「それは雪やろが!」
「はいはい、どんどんアタシも入れるさ。二人共放さなそうだしな」
――そうこう話ている間に、僕がリクエストしていた曲のイントロ部分が再生された。
太一の予想通りで少し悔しいけど、移民スペース船団を守るロボットモノで、男1人、女2人の三角関係を描いた大ヒットアニメの曲だ。
僕はマイクを握って素早く移動すると、お立ち台にスタンバイする。
そして、お決まりの台詞、
「ボクの歌を聴け~~~!」と宣言し、歌い始めた瞬間、
「じゅ……」
「失礼しまーす」
ドアのノックと共にお店の店員さんがドリンクを持って入ってきたのだ。
「…………」
その店員さんと目が合ってしまう。
おおっ! 見たいな顔をされたが、そこはプロという奴か、立っている僕の横で黙々とドリンクを置く作業をしていた。
「…………」
気まずい。
その間、ボクの選曲した曲が流れていく。
すごいシュールな光景だった。
「それでは、何かありましたらお呼び下さい」
そう言って店員さんが去る頃には、僕の歌は半分以上消化されてしまった……
はぅ……半分だけ歌うのもなんだし、リモコンで中止ボタンを押してなかったことに決めた。
ガックリと少しうつむきながら自分の席に戻る。ノリノリの筈だったのに、オカシイよ!
「あれ? 雪ええんかー。お得意の、『天秤座午後6時遅刻厳禁』だろ?」
太一が傷口に塩を塗ってきた。
「いいんだよ。出鼻を挫かれたから、勿体無いから後で歌うの!」
「うわ、又入れるんかい、カラオケでは重複禁止やろが」
「歌えなかったからいいの!」
「そか、ほなオレが先に歌ったろ」
太一が素早くリモコンのボタンを押して送信すると、画面に『天秤座午後6時遅刻厳禁』の文字が現れてしまった。
「酷い! 太一の鬼!」
「別に歌いたかったらデュエットすればええやんか?」
「え? いいの?」
「別に気にせんでええがな。好きな歌は皆で歌うもんやろ」
うん、それならOKかな。
その後、全員が一巡したにも係わらず氷兄は帰ってこなかった。
おかしい……4部で収まらなかった。
あと、もうちょっとだけ続くんじゃ……という奴です。はい。




