無料より高いものは無い
「はぁ……」
かれこれ10分程、氷兄の部屋の前で逡巡している。
この後の行動は、ノックする、中に入る、お願いする、了解をとる。
たったの4工程だけど、そのお願いするが問題なんだ。
何を条件付けられるか堪ったものじゃない。
嫌だなぁ。言いたくないなぁ。でもなぁ……
こんな感じで時間だけが消費されているのである。
こうなったのには訳があった。
ゴールデンウィークを明日に控え、夜ご飯を食べてから部屋でのほほんと過ごしていた時の事。僕のスマフォが着信音を鳴らしたのだ。
「ちゃ~らららら~らら~、らららら~らら~♪」
お気に入りのゲームソフト、ロマンシング伝説3の四魔貴族戦のBGMだ。
中々手強い中ボスに値する敵で、初見殺しと言われている。
「――らららららららら~、らららららら~ららららら~ら~ららら~♪」
いつ聞いても燃えてくるものがあるね!
音楽に聞き惚れていると、着信が止んでしまった。
……くぅ、今からが盛り上がるところだったのに!
こんななところで切る不届き者は誰だ、と思って履歴を見たら太一だった。
太一だったらすぐ電話くるだろうと放置することにする。
案の定一分もしない間に着信音が鳴る。
「ちゃ~ららららーらら~、ららららーらら~♪ ――――」
うんうん。いい音楽だよ。ここからが見せ場!
そして、又切れた……
イラッとして、太一に電話した。
呼び出してすぐノイズの後に太一の声が聞こえる。
「おお、何してたんや? 電話出れなかったんか?」太一のとぼけた声。
「違うよ! なんでもうちょっと長く呼び出さないかなぁ? 後少しで盛り上がるシーンだったのに、止まっちゃうじゃないか!」
「……はぁ? 何の話やねん。長くって意味が判らないがな」
「だ、か、ら、着信BGMを聞いてたのに、電話呼び出しを止めたら聞こえなくなるだろ? そう言ってるの!」
「……ええとさぁ、言いたいことは判ったけど、居るならさっさと出ろや!」
その通りだね……
「う、人には出れない事情ってものがあるんだよ」
「BGMを聞きたいが為に出ないのは事情のうちに入らんやろが」
凄く溜息をつかれてます。
でも、聞きたいじゃないか! 消化不良だよ!
「ああ、もう判った。太一に音楽の良し悪しを期待した僕が馬鹿だったよ」
「なんていうかさ、全ての部分にツッコミどころ満載なんやけど――まぁ、それはええ、話が進まんからな。雪の天然のせいで、用件切り出す前に疲れたがな……」
失礼な!
「ふーん。で、何の用事なの、こんな夜に?」
「ええとな、5月4日スタートのFSCCのクローズドベータを一緒にやろうぜっていうお誘いや」
「おおお、あの倍率100倍とか言われるアレだよね? 太一当たったんだ。すごー」
FSCCとは、ファンタシースペースクリスタルクロニクルという、某大手ゲームメーカー2社が提携して作り出した、この春期待の話題作で、PCを基本媒体とするRPG風オンラインゲームだ。
「ちゃうちゃう。オレが当たったならもっと早く誘うっちゅうねん。当選アカウントを2つ貰えることになったんや。だから、1個を雪に上げよう思ってな」
「持つべきものは親友だよね。凄い遊びたいかも! ああ、でもどうしよ……PCだっけそれ?」
「そそ、アカウント登録後にPCのサイトからゲームをダウンロードするってパターンや。だからPCは必須やな」
「うーん……PCかぁ。僕持ってないんだよね、困ったなぁ、遊びたいなぁ……」
「氷室兄ちゃん、PCこないだ買った言うてたやん? 1個貰うか、貸してってお願いすればいいんちゃう? 雪が言えば簡単そうやん」
「確かにそうなんだけどさ……最近、調子に乗ってるんだよねぇ。絶対変な条件とか言い出しそうなんだもん」
「アホか。無料で物とか貰うほうが悪いやろが。少しぐらいは妥協するもんや。世の中等価交換や、錬金術の常識やで」
「だったら、その錬金術でPC買うお金を生み出してよ……」
「出来るか!」
ということがあったのさ。
「はぁ……」悩んでいてもPCが手に入る訳でも無し、諦めてドアをノックすることにした。
「コンッコンッ」ドアを手の甲で叩く。
「氷兄、ちょっといい? 今大丈夫?」
「ああ、大丈夫だぞ、入ってこいよ」
氷兄にすぐ返事を貰い、ドアを開けた。氷兄はパソコンデスクに座っていた。
久しぶりに見る氷兄の部屋は、パソコンデスクにデスクトップPCが1台、勉強机の上にノートPCが一台載せられ、ベッドと簡素なテーブルが置かれていた。
全体的な色調はベージュ系の落ち着いた感じなのだが、何故か……壁に僕の等身大写真が貼られている。
ぐっ! 右拳を握りしめる。
今すぐ破り捨てたい……てか、なんでそんなものがあるんだ!
そう考えた瞬間答えが出た。父さんが犯人に違いない。
幼少の頃、父さんの書斎にも、僕の女装等身大写真があったのを思い出したからだ。
そして、こう考えることにした。
抱き枕じゃなくて良かったじゃないか……
すごい耐えてるなぁ僕。我ながら関心するよ。
物を貰おうとしてるのに、初見でキレてたら終るしね……
「珍しいな、雪が俺の部屋に来るなんて? 愛の告白か? それとも夜這い? お兄ちゃん♪はどっちでも構わないぞ」
満面の笑みでごたくを並べている変態がいる。
頑張れ僕! 雪は強い子だろ! 負けるなぁ!
「ええとね。氷兄にお願いがあるんだよねぇ」
「ふーん。そっかぁ。まぁ入り口で立ってても話し辛いし、その辺座れよ」
「うん」そう言って、ドアを閉めてから氷兄のベットに腰掛ける。
僕が座ったのを見計らって氷兄が話しだす。
「それでお願いってなんだ? 雪のお願いを拒否した記憶は俺には無いぞ?」
「うん。それでなんだけどね……氷兄ってPC2台持ってるじゃない。だから1台を譲って貰えないかなぁって――も、勿論ミルクシューの罰はもういいから。どう、か、な?」
上目遣いをして頼み込む。
「ふむふむ。そういう事か。まぁ雪の頼みだし譲ってもいいだろう。でもミルクシューの罰はこのままでいい。あれって俺的にはカナリ美味いイベントなのに気付いた」
「えっ、どういうこと? 結構お金かかるし、大変なんじゃないの?」
「うむ、確かにその点はある。しかし! よくよく考えてみたら、『俺』が与えた物で雪が凄い喜ぶんだ。あの食べてる時の表情を俺は独占出来るわけさ。何これ? 漢冥利に尽きるってモノじゃないか!」
ああ、またその単語……でも罰ゲームなのに喜んでたら意味無い気がするよね……
「そうなんだ……じゃー無料でくれるの? 氷兄太っ腹! かっこいいよ!」
「無料は駄目だ。それと煽てても無駄だぞ」氷兄から邪なものを感じる。
「2台あるんだし、1台くれてもいいじゃん。ケチケチしないでさ」
「だから、あげてもいいとは言っているだろ? た、だ、し、条件がある♪」
うゎ……ほら来た。
こうなるから嫌だったんだよ……太一のせいだ!
また抱きついてこいとか訳の判らないこと言うんだろうなぁ。
ぜったいろくでもないことに決まってる。
「な、何それ? 変なこととか嫌だからね。まともな条件にしてよ?」
「それなら問題ない。同意のある行いはなんでも許されるのだ!」
「同意して無いから! はぁ……諦めて父さんにオネダリしようかな。父さんなら写真撮影に付き合えばくれそうだし」
「待て! 早まるな。条件を聞いてからにしろ!」
おお、慌ててるなぁ。写真もかなり嫌だから、条件ぐらいは聞いてもいいよね。
「で、何? どんな条件なの?」
「ああ、簡単なことや。雪はさっきミルクシューを諦めると言ったよな? つまりはそれの賭けの対象だった、俺との恋人気分デートをしろってことだ。賭けの対象ということは同価値と言う事。まさか文句は無いよな?」
ええええ、さっきの説明だとミルクシューの罰は逆に喜んでるみたいなのに……何かおかしくない?
でも、その理論は説得力があるんだよね。
氷兄はどうにしろ、僕にあのミルクシューは魅力的すぎるし。
逆に考えるんだ。この程度なら良かったと思うことにしよう。
たったの1日耐えればPCが手に入るんじゃないか。
これってお得なんだよね……きっと
「むぅ。だったら5月3日迄にしてね。5月4日から必要になるから」
「おおっデート決定か! 逃した魚は大きかったと思ってたけど、俺ってツイテルじゃんか。日にちはそうだな。1日の日曜日にしよう。可愛い服着てくるんだぞ。雪はどんな格好でも可愛いけど、やっぱり更に可愛い方が嬉しいからな♪」
凄いはしゃいでる。でもこれぐらいは仕方ないよね。
「判ったってば、後、ネットワークとかの設定もしてよ!」
「ああ、余裕だ。でも5月4日って何かあるのか?」
「うん。FSCCのCBで遊べることになってね。それでPC欲しいんだよ」
「ああ、そういうことか……」氷兄が意味深な顔をした。
「どうしたの? 変な顔をして?」
「あ、いや、なんでもない。あげるのはこのノーパソでいいよな?」
「うんうん。それでいいよ。ありがと氷兄」
氷兄の表情が気になったけど、とりあえずPCは入手できそうだ。
FSCCの世界が僕を待っている!
その前にメンドクサイことがあるけど、気にしたら負けだよね。
きっと、誰もが一度はやるはず!
好きな着信音を聞いてしまうという行為。
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