はじめての……
入学して一週間が経過した。
そろそろ学校での生活にも慣れ始め、幾分余裕も出てきていた。
すぐ帰宅する部に所属している僕だったが、今日に限っては寄り道して帰るつもりである。
遥が、新しく売られたシュークリームの情報を教えてくれたからだ。
某コンビニチェーンがスィーツのシェアを獲得する為に開発したシュークリームで、値段が150円の割りにとても美味しいという評判らしい。
そこまで聞いたら、僕としても買わない訳にはいかないでしょ!
問題は、結構な人気商品になっている為に、売り切れになっていないかが気掛かりなのだ。
今から部活の練習をする真面目な生徒達を横目に、僕は学校の外に向かって歩いていく。
目当てのコンビニは家の近所にあり、帰り道に寄れるのがとても素敵だった。
そして、こんな急いでる時に限って余計なことが起こる訳で、校門の処で呼び止められる。
「阿南さん! ちょっと良いかな?」
無視すればいいのだけど、僕は声の方に顔を向けた。
そこには、中々好青年と思われる一人の男子生徒が居た。校章から2年生だと判る。
この辺りが押しに弱いとか言われる所以なのだろう。
でも、仕方ないじゃないか!
「ええと、何でしょう?」
うーー。急いでるのに!
「いや、その……」
二年生の先輩が言い難そうにしている。
もぉ僕は行くよ! シュークリームが待ってるんだから!
「すいません。急いでるので用事が無いようでしたら、この辺で!」
「あ、ゴメン、待ってくれ――大事な話しなんだ……その、第一印象から決めてました。俺と付き合ってください!」
まるで某お見合い番組のように右手を差し出している。
くぅ、やっぱりかぁ……そんな気はしたんだよ。
正直、今日だけで何度目だろ……
「すいません。誰とも付き合う気はないのです」頭をペコリと下げて、移動する。
先輩がガクリと肩を落としているけど気にしない。
こうなったのも、全部氷兄のせいだ!
氷兄が僕に張付いてラブレターを没収するから、直接的行動にくるのだ。
めんどくさいから、太一に彼氏のフリでもさせようかと思うぐらいだよ。
でもその案は却下することになるんだけどね。
だって、絶対氷兄が太一に嫌がらせするに決まってるもん。
あの変態は居たら居たで迷惑かけるのに、居ないなら居ないで迷惑かけるって、どんだけ僕の生活の邪魔したら気がすむのだろうか。
嫌なことは忘れ、急ぎ足でコンビニに向かっていると、天気が怪しくなってきた。
折り畳み傘を持ってるけど出来れば帰るまで降らないで欲しいと思う。
傘を出すのはメンドクサイからね。
目的地のコンビニに着き、中に入ったと同時に雨が大降りになってしまう。
結局出さないとだめかと嘆きつつ、お目当てのシュークリームを探す。
お弁当売り場のすぐ近くにある、スィーツ用の棚には、プリンや、ケーキ等の沢山の甘味が並び、目を愉しませてくれる。
そして、お目当てのシュークリームはというと――無かった。
ううう、酷い。
これを楽しみに今日一日頑張ってきてたのに……
もうこれで我慢しようかと、抹茶シューで妥協しようか悩んでいたら、また声を掛けられた。
今度は後ろからだ。
まさか、告白じゃないよね……
「ねぇお姉ちゃん!」
僕はその声で振り返る。
「ひょっとして、ふんわり滑らかシュー買いに来たの?」
見た目8歳ぐらいだろうか、冬耶よりも幼い感じの男の子が僕を見ていた。
「うん、だけど売り切れみたいでね。ガックリしてたところなんだ」
「ふーんそうなんだぁ。じゃー僕が買ったの分けてあげようか?」
え、どういうこと? そんなに一杯買ったのかな?
「えええ、いいの? でもこれ人気商品みたいだし、困らないの?」
「別に大丈夫だよ、5個買ったから。本当は3個って言われてたのだけど、多い方が喜ぶかなと思って買っただけだから」
「本当、嬉しい!」
「それじゃ、お姉ちゃん何個要る? 2個までなら大丈夫だよ」
いい子だよー。思わずなでなでしたくなるね!
「1個で充分だよ」
食べれないと思ってたし、贅沢は敵だよ!
「別に2個でも良いけど? お父さんとお母さんに2個ずつだったから、半端になっちゃうから」
もうこの子をうちの弟にしたいかも。
その代わりに氷兄を上げるから、交換してくれないかなぁ。
ああ、でも氷兄なんて誰も要らないよね。変態だもん……
「それじゃ。2個売って欲しいかも!」
「いいよー。ええと一個150円だったから、300円ね」
「本当ありがとう♪ はい、これ300円ね」
その子はお金を受け取り、コンビニの袋に入っていたシュークリームを2個僕に譲ってくれた。
うわぁ、これが噂のかぁ。パッケージも箱に入って気合の入りようが違うね!
「お姉ちゃんの顔見てると良いことした気がするなぁ。だって、すごく嬉しそうなんだもん!」
そんなに顔に出てたかな? でもこれを喜ばずに何を喜ぶんだ!
「一度買えないと思っただけに、より嬉しいからねぇ――でも、君はどうして家に帰らないの? 別に誰かを待ってる訳じゃないんでしょ?」
「うーん……」男の子は困惑した顔をして外を見る。
「この雨だと外に出れないんだよ。さっきまで降ってなかったのに……家まで結構距離あるんだもん」
ああっそういうことかぁ。だからコンビニの店内に居たんだ。
それなら、今度は僕が人肌脱ぎましょう!
「それじゃ。シュークリームのお礼に、ボクが傘を貸してあげよう。使い終わったらこのコンビニに置いておいてくれればいいよ」
「え? それじゃ。お姉ちゃんが濡れちゃうよ? 大丈夫なの?」
「家はこの近所だからね。走ればすぐだから遠慮せず傘をさしていくといいよー」
「本当、ありがとう!」
「いえいえ、此方こそシュークリームありがとうね」
ボクは男の子に折り畳み傘を渡してあげ、男の子はそれをさして帰っていった。
最後まで手を振っていたのが、印象的だった。
コンビニの店長さんには、後日男の子が傘を持ってくるので預かっておいて欲しい旨を伝えると、快く了解してくれた。
さて、僕は走りますか!
並木市のウサイ○・ボルトと言われた実力を見せる時がきたのだ。
家に着いた時にはずぶ濡れになり、母さんにこっ酷く叱られた。
だけど内容を話したら逆に誉めてもらえた。
「相変わらず雪ちゃんはお人好しなのよね」みたいなことも言われたけどね……
しかし、お仕置きとばかりにシュークリームの1個を母さんに取られたのは、どういうことなんだろう?
怒られた挙句に、モノも没収されただけの気もする。
割りに合わないよ!
翌日から体がだるくなった。
ひょっとして雨に濡れて風邪でも引いたかと思ったけど、別に生活する上では問題なさそうなので、そのうち治るぐらいに考えていた。
しかし、その次の日も体のだるさは取れず、より悪化していくようだった。
遂には腰の辺りに張りが出てきて、辛さが増した感じになる。
本格的に風邪引いたのか、心配になってくる。
昔は風邪なんて滅多に引かなかったのに、体弱くなったのかもしれない。
こないだ長期間寝込んだ経験があるだけに、不安は消えなかった。
母さんに相談したら、少し考える素振りを見せて、大丈夫だから安心しなさいと言われた。
その時の表情が妙に気になるけど、母さんが問題ないというのだから楽観的になった。
この辺り単純というのだろうか、でも親が言うのだから信じるのは当たり前だろう。
そして、土曜日――布団の上で目が覚めると、嫌な感覚がした。
何かお腹辺りがシクシクと痛み、パジャマの股間の辺りが生温いのだ。
「えっ! まさか」この感覚には覚えがある。
そうお漏らしをした時のあれだ。
高校生になってお漏らしとか、ありえない!
慌てて布団を跳ね除け、自分の股間の辺りを見る。
「へっ?」予想とは違い、いや予想より更に悪いことになっていた。
股間全体に広がる赤い染みは独特の鉄のような匂いがした。
どう見ても血だ。
その血は、シーツまでも汚しており、どれだけの出血をしたのか想像するのが容易かった。
「え、え、えええええ!!」
頭が混乱しだす。大量の出血が死の恐怖に繋がった。
「やだ! 僕まだ死にたくないよ!」
取り乱して暴れてもがき、やがて泣き出してしまった。
その騒ぎを聞きつけたのだろう、母さんの緊迫する声がドア越しに聞こえた。
「雪ちゃんどうしたの大声だして!」
「ううう、うううう、くすん、くすん」
返事の無い僕に業を煮やして母さんがドアを開けて入ってくる。
そして、ベットのの上で座りながら泣いてる僕を見て叫んだ。
「雪ちゃん!」
「うう、ぐすん。母さん……僕死ぬのかな?」
母さんは素早く僕の方に近付き、状況を把握するようにしている。
やがて一安心したような表情を見せると、僕を落ち着かせるように背中に手を回して抱きしめてくれた。
そのまま母さんの胸で僕は泣き続けた。
「雪ちゃん大丈夫だから、大丈夫、心配ない……」
そう繰り返す母さんの優しい声と頭を撫でる手に、やがて僕は落ち着きを取り戻した。
僕が正気に戻ったのを確認すると、母さんが話し始めた。
「雪ちゃんこの血はね、何も問題が無いのよ。むしろ正常な証拠なの」
「でも……体内からこんなに大量に出血したんだよ。僕死ぬんじゃないの?」
「ええ大丈夫よ。だってこれは雪ちゃんが大人になった証だもの」
「大人って、20(はたち)じゃないの?」
「そうじゃないわ。雪ちゃんが赤ちゃんを産めるようになったのよ」
「えっ? どういうこと?」
「つまりは、生理が始まったのよ、女の子なら誰でも月に一回来るものなの。病気でもないし正常な証拠よ」
生理? あの血がでる? あっ!
此処で全てのパズルが繋がった。
そう判ってしまうと、この状況はとても恥かしい。
「…………」赤くなって俯いてしまう。
その姿で母さんは僕が理解したのを感じたようだ。
「さて雪ちゃん。とりあえずお風呂で湯船に良くつかってから着替えてきなさい。その間に私がシーツを取り替えちゃうわ」
「うん……判ったけど、お風呂に入ったら湯船が血まみれになるんじゃないの?」
母さんがクスリと笑う。
「大丈夫よ。湯船につかってる時は出てこなくなるから、でも外にでたらまた出始めるから、ショーツの代わりにタオルでもアソコに当てて戻ってきて、返ってきたら生理用品の説明をするわよ」
「う、うん……」
言われるままにお風呂に行って、シャワーで体から血液を洗い流す。
そして、湯船につかると本当に血が出てこなくなった。
時間を掛けてつかっていると幾分お腹のシクシクした痛みも柔らいだ気もする。
外に出て新しいパジャマに着替え、ショーツの代わりに股間にタオルを当てて部屋に戻ってくる。
乱れた布団は綺麗に直され、新しいシーツが張られていた。
そこからは、もう恥辱な時間のオンパレードだった。
元が男な為に、女の子が受けているべき月経に関しての授業を一切受けてないのだ。
ナプキンやタンポンについての知識、生理の周期や細かい情報。
全てを母さんから教えてもらったのだった。
また一つ母さんに頭が上がらなくなったよ。
そして、その日の夜。
一家で食卓を囲んだ席のことだった。
「おお、今日はいつもより豪勢ですね」父さんが余計なことに気付いてくれた。
高級食材がテンコ盛りなのだからそれは仕方ないだろう。
「やっぱり判ります?」母さんがニコニコしている。
「なぁ、母さんどうしたんだよ? 朝からずっと嬉しそうじゃねーか」
「うんうん。そうだよね。何か良いことでもあったの?」
氷兄と冬耶まで母さんに質問する。
僕は理由を知っているだけあって、頬を染めて俯いていた。
こんなこと知られたくないのに……
「うーん。どうしようかなぁ。雪ちゃんから話す?」
「そんなの知らない!」
母さん、絶対嫌がらせしてるよ!
「え、雪に関係あることなのか?」
こういう時だけは勘が働くよね、この変態は……
「うふふ、そうよー♪ なんていうかとっても素晴らしいことが今日起きたのよねぇ♪」
「桜子ちゃん、そんなに引っ張らないでくださいよ、気になりますから」
「母さん早く教えてくれよ」
「僕も知りたいよー」
3人の問いに、母さんは満面の笑みを浮べる。
「実はね♪」
わざわざそこで言葉きって僕のことを見るの止めてほしい。
「雪ちゃんに生理が来たのよ!! 甘えてくる雪ちゃんがねもう凄く可愛かったの♪」
「はぁ(父さん)、へっ?(氷兄)、ふーん(冬耶)」
2人はポカーンとした顔をして、冬耶は理解不能の表情を浮べている。
うううう、モノには言い方があると思うんだ!
「って! 本当ですか桜子ちゃん!」ああ、父さんが理解したよ……
「生理、生理、ってあれか! 子供が産めるようになるっていう!」変態も判ったか……
「ねーねー生理って何?」母さんに聞く冬耶。
詳しく説明して欲しくないのに……
「生理っていうのはね、女の子が赤ちゃんを産めるようになった合図なのよ。つまり雪ちゃんも子供を宿すことが出来るようになったの!」
「すごい! 雪姉ちゃんの子供だったら、絶対美人だよね」
「うんうん、でも初孫かぁ。まだグランマとか呼ばれたくは無いわねぇ」
「パパは、雪くんの子供なら早く見たいぞ! 出来れば女の子がいいなぁ」
「父さん安心しろ、俺の子供を雪に産んで貰うから!」
「それなら、僕も雪姉ちゃんに産んでもらおうかなぁ!」
冬耶がやばいよーー!
頼むからその変態ズに感化されないで!
その後、食事が終わるまでずっと僕は針のむしろになっていた。
これは何? いじめなの? いじめよくない!!
今回は禁断の生理回でした。
少し心が折れかかりましたよ!
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