プロローグ
プロローグ
寒い冬が終わり、春の息吹を感じさせる街には、草花が育ち始めている。
長かった高校受験を終えて、やっと気を抜く事が出来た卒業休み。
僕は布団の中で唸っていた。
この長期休暇を利用して旅行に出かける計画をしていたのにだ。
「日頃の行いが悪いからだろ」と一緒に行く友人に馬鹿にされたのが非常に悔しい。
諦めきれず両親に、折角の中学最後の休みなんだから、体が壊れても、死んでも、灰になっても行くと言い張ってみたが、両親の言葉は駄目の二文字のまま覆えることは無かった。
そりゃ旅行の資金は親から貰う予定だったし、反対されたら遊びにいけないのは判っていたさ。
でも発熱ぐらいで酷いじゃないか!
とても楽しみにしていたのに……枕に涙を濡らすしかなかった。
――というのは冗談だけど、泣きたい気持ちにはなっていた。
この発熱、当初考えていたよりも性質が悪いらしく、10日過ぎても39℃から下がらない。
認めるのは癪だが、両親の判断が正しかったともいえる。
おっちょこちょいな性格の為、打撲や切り傷は良くして慣れていた。
だが病気というものは殆ど掛かった事が無く、この独特の辛さと不安な気持ちでめげていたのだ。
15歳の少年なら当たり前の感情かもしれない。
普段ろくなことをしない両親もこの時ばかりは優しくありがたかった。
家族ってすばらしいと本気で思ったぐらいだ。
体が弱っていて疲れたのだろう。
目を瞑ってしばらくするとそのまま意識が遠くなっていく――
翌朝、外から聞こえる雀の声と共に目が覚めると、昨日までの辛い熱やダルさが無くなっていた。
頭に手を当ててみても熱は感じられない。
のそりとベットの上に立ち上がると、体がいつもより軽いぐらいだった。
「ひゃっはぁー!」思わず嬉しさの余りジャンプしてしまう。
その際に天井に「ドスン」とぶつかった。
痛い……片目から涙を流しながらぶつけた頭を抑えてうずくまる。
声が変な気もしたが、熱の後遺症だと思って深く気にする事もなかった。
でも気分は爽やかだ。やっと完治したのだから残りの休みで損した分を取り返す気まんまんになっていた。
浮かれる気持ちで、二階の自分の部屋から降りて両親がいるであろうリビングに顔を出すことにした。
汗でべたつく寝間着が気にならないでもなかったが、心配かけていた両親に、最初に報告しないといけないと思ったからだ。
父さん阿南隆彦が案の定、リビングのローソファーで新聞片手にコーヒーを飲んでいた。 テレビからは朝のニュース番組が流れている。
仕事に出掛ける前なのだろう、準備万端にスーツを着て眼鏡を掛けていた。
結構良い所のサラリーマンで、黙っていればインテリに見える。
テレビを見れば新聞と同じ事を言っているのに何で新聞を読んでいるのかいつも謎だ。
反対のキッチンを見ると、母さん阿南桜子がエプロンをして調理と後片付けに勤しんでいた。
年の割りに可愛い人で(これ年の部分を強調すると殴られる)未だに二十代前半と言われても信じるモノがいるのではないだろうか。
若い時は毎日ラブレターを貰っていたと自慢しているけど、まぁ真実なんだろうなと思わせる外見の持ち主である。
壁に掛かっている時計が目に入り、AM7時をちょっと過ぎた処だと判る。
弟の冬耶は今年中学一年になる為、僕と同じ卒業休みの最中だった。
兄の氷室は、進級して高校三年生。此処に居ないのだからまだ寝ているに違いない。
早速元気になったのを知らせようと二人に向かって声を出した。
「父さん、母さんおはよー。やっと治ったよ」
二人は急に掛かった声に顔をリビングの入り口に居る僕の方に向けた。
「…………」
一瞬の空白の後に、急に目を輝かせた。
その表情に僕の完治を祝ってくれているのだなと素直に嬉しい気持ちになる。
「いやぁーん。雪ちゃん可愛い!」
「ちょっと、雪くんその可愛さは犯罪です!」
だが二人の声を聞いて、先程思った気持ちが急速に消えて行くことになる。
背が小さく、女顔から散々からかわれてきた僕に、可愛い等という台詞を放つということは死を覚悟しないといけないのだ。
それを言ったのだから、二人には死んでもらわないといけない。
僕の殺気を受けても二人はまるで怯まなかった。
いや、それとは間逆に、嬉しそうな表情をして、後ろにお花でもしょったかのようなはしゃぎ方を開始した。
「何がそんなに楽しいんだよ!」
「だって、お母さん女の子欲しかったんだもの」
「そうそう、折角三人も子供作ったのに全員野郎だけでしたからねぇ。念願がやっと適って涙がでそうです」
何か会話がかみ合わない気がするが、今聞いた台詞を整理すると、僕が可愛い(これは無視することにする)後は女の子が欲しかったという過去形の二つだ。
つまり、こういうことだろうか?
「ひょっとして子供でも出来たの?」
それなら浮かれる気持ちも充分理解る。
「はぁ~、やれやれ」二人は心底判ってないという風に肩を竦めた。
なんだよその反応。無償に腹が立ってくる。
「じゃーどういうことだよ? さっぱり判らないって」
二人はジワリと僕に距離を詰める様に近付いてくる。
正直ちょっと恐い。
思わず少し後退してしまう。
「まぁ、百聞は一見に如かずと言いますし」父さんに肩をガシッと掴まれて、背中を押される様に歩かされる。
母さんはその後ろをニコニコしながらついてくるのが見えた。
到着したのは、お風呂場に隣接する脱衣所だった。
僕はなんだろうと思いながら中に入り、壁にかけられている大きな姿見を見て、目が点になった。
そこには、見た事もない美少女が映っていたからだ。
美しい白いストレートヘアが華奢な肩口まで伸び、磁器のように透き通る素肌は柔らかそうだ。二重の瞼の中には青い目が一際輝き、ツンと尖った鼻の下に穂のかに赤い唇が小さくアクセントを主張していた。
何か驚くことでもあったのだろうか、ビックリした表情を浮べている。
先程の会話から、この娘のことを言ったのかと思って首を左右に振って見回しても他に人は見当たらない。
そして、姿見を見た時だけ少女が姿を現す。
「…………」
まぁ落ち着け、どういうことだこれは?
腕を組んで考えつつもチラチラ視線は姿見を見てしまう。
するとその少女も僕と同じ動作をしていた。
首を傾げると、首を傾げ。
くすっと微笑すると、微笑する。
脳の片隅では、嫌な結論がすでに出掛かっていた。
って待て待て、その前に僕は何処に居るんだ? 透明人間にでもなったのだろうか?
姿見に映らない自分の姿が謎だ。
「判りましたか?」父さんの手が肩に置かれた。
勿論姿見に写る少女の肩にもその手が写っている。脇に母さんの満足気な姿もあった。
それが決定的だった。
「なんじゃそりゃーーーーー!」僕の絶叫が脱衣所中、いや家中に響き渡っていた。
初めまして、まる太と申します。
なんと言ったらいいのでしょう。
勢いだけで書いてしまったような作品です。
雰囲気重視で内容はそれほど濃いとは思えませんので、気軽に楽しんでもらえたら幸いです。