第5話 眠らずの光の守護者
「吾に恥をカカせおって! 生きては帰サセぬぞ……!」
ルーク卿の――いや、ルーク卿であった者の折れた右腕はだらりと垂れ下がり、肩からは本来の腕とは別に白く輝く長い腕が生えていた。頭は兜ごと真半分に左右に分かれ、その間から美しい大理石の彫刻のような白く輝く無表情な顔が、にゅっ……と前へ突きだすように生えていた。その中身は口を閉じたまま、どういうわけか割れた顔が喋っていた。
「――いやいや、キサマ…………よくよく見れば、客人の祝福を受けてオルな。コレは猶更帰すわけにはイカぬなぁ」
「まれ……びと?」
「異界の…………ガみさま…………」
目の前の怪物の姿を受けて半ば呆然とする私の問いに、鉄塊の男が答えた。
「……デ、魔族だ!!」
兵士の誰かがそう叫び、私も我に返る。
既に萎縮しきっていた兵士たちは悲鳴をあげ、ある者は腰を抜かし、ある者は武器を投げ捨てて逃げ始めた。その様子を見渡した魔族。
「ウルさい上に、役にタタぬ手駒だ。――《ぬかずき、すすれ》」
その最後の魔法の言葉が発せられるや、兵士たちはその場へ屈みこみ、泥の中に顔を突っ込んだのだが、それが息もできぬほどに深く突っ伏していた。
「命令の魔術!? やめて! みな死んでしまいます!」
ぐい――と前へ突き出た白い首をこちらへ向けたそれは、それまで開かなかった口をゆっくりと開き――
バシャ!――と水音がして思わず身を伏せたが、目の前に立ちふさがった鉄塊の男が吐き出された何かを遮ったのだ。彼の周りに散る水飛沫が周囲の黒妖犬の死体にかかると、その体を焼き、じくじくと煮え立たせた。
「これは……腐食性の毒!?」
辺りに立ち込める異臭は先ほど嗅いだ刺激臭だった。堪らず後退ったが、鉄塊の男は私を庇って毒を浴びたにも拘らず平然としていた。もしやすると、先程も同じ毒から庇ってくれたのか?
対する魔族はけたたましく笑い始めた。
「グゲケケケケケ! 人間のフリにもアキていた所だ。相手をシテやろう。吾が名は眠らずの光の守護者のルキ。キサマはいったい何者だ?」
眠らずの光の守護者という魔族には聞き覚えがあった。40年以上昔に、最後まで魔王の傍に仕えて魔王を守っていた魔族の一人だ。そんな化け物が人間に紛れて今の今まで過ごしていたと言うのか!?
流暢に人の言葉を話すその魔族は、輝く右手を開いては閉じを繰り返す。
「なにもの…………なにもの…………」
鉄塊の男は言葉に迷っていたが、ルキと名乗った魔族は輝く右手からぬるりと光の槍を引き抜いた。
スッ――と音もなく襲い掛かる魔族。鋭い光の槍での突きを頑丈な篭手を使って逸らす鉄塊の男。重そうな鎧であるにも拘らず、動きは機敏で足元を狙う一撃さえも躱していた。
私は魔族が鉄塊の男に気を取られている隙に、動体詠唱で人形たちに指示を出す。
舞うように光の槍を振るっていた魔族だったが、突然、ふっと光の槍が消えた。
次の瞬間、消えたはずの光の槍が、魔族の脚の爪先から飛び出し、鉄塊の男の脛を貫いていた!
――今のはなに!?
さらに光の槍が引っこむと、間髪入れずに今度はくるりと回し蹴りを入れたその踵から光の槍が伸び、鉄塊の男の腹を貫く!
「グゲケッ! 吾が槍のマエには鎧など無意味よ!」
おそらくは魔剣か、それ以上の力を持つ槍なのだろう。魔剣は容易に板金鎧を貫く。上手くやれば断ち切ることさえ可能だという。魔剣はそれほどに恐れられていたが、古王国が滅んでからこの何百年か、失われる一方で希少だった。
どろりと鉄塊の男の胴鎧から血が滴る。
「おのれ…………傷をつけ…………許さぬ…………」
鉄塊の男から初めて感情のようなものが感じ取られた。
鉄塊の男は両手を背中に回すと、甲羅のような両肩の鎧を外した。それらをそれぞれの手に持って前にやると、まるで両手に盾を構えたような姿に。
魔族も鉄塊の男が本気と見て取ったのか、メキメキとルーク卿だったものを割り裂いて、その下から輝く肢体を覗かせる。千切れた鎧や人の皮をあちこちに纏ったまま、鉄塊の男よりも二回りほど大きく膨れ上がる。さらに頭から何本もの光の帯のようなものを生やし、地面に垂れさせた。その姿はまるで神話に語られる戦侍女のようにも見えた。
「盾ナゾ無意味ッ!!」
魔族は長い腕を駆使し、今度は真正面から光の槍で突いてかかり――
ゴッ!――と激しい衝撃音が辺りの空気を震わせた!
「ナンと!」
見るとその左の盾は魔族の光の槍を完全に阻んでいた。
「ナラば!」
魔族はその場でくるりと一回転し、その勢いで以て横薙ぎに槍を打ち据えた!
ドッ!――としかし、再び鉄塊の男は光の槍の斬撃を右の盾で阻んだ。
槍の横薙ぎも並の一撃でないことはすぐにわかった。音が違うのだ。おそらくは村中に、いや、もっと遠くの先までその音は響いている事だろう。耳が裂けるかのような衝撃音が響いたのだ。
ゴッ! ゴッ!――と、最初よりも遥かに激しい刺突や殴打、不意に体から生えてくる槍の一撃を、鉄塊の男は両の盾で防ぎ続けた。その姿は無敵かに思えたが、男からの攻撃の手段が無い。
「ど、どうするつもりなのですか!?」
私は男に問いかけるも、答えたのは魔族だった。
「逃げ場などナイぞ。新たな魔王を待つのはモウ飽き飽きだ。辺りの人間共とトモに、何もかも殺しツクし、再び吾らの力を示シテやろうぞ!」
輝く魔族――ルキはそう宣告した。




