笑ってるから、大丈夫 Ifルート
この物語は、
『笑っているから。大丈夫』の**Ifルート**です。
(Ifルートじゃないのはコチラ→https://ncode.syosetu.com/n0518ml/)
実際に氷空が辿っている道となります。
もし、あのとき。
誰かが茉那の笑顔の裏側に気づいていたら。
「大丈夫」と笑う彼女に、
「本当に?」と、もう一度聞いていたら。
もし、あと少しだけ早く、誰かが手を差し伸べていたら。
茉那には、どんな未来が待っていたのでしょうか。
この物語は、そんな「もしも」を描いたお話です。
本編とは異なる未来を辿る茉那は、
新しい友達と出会い、笑って、泣いて、怒って、悩んで。
普通の学生生活を送っていきます。
本当に普通の。
けれど、その「普通」は、決して当たり前ではありません。
笑っているから、大丈夫とは限らない。
笑えないから、弱いわけでもない。
「助けて」と言っていい。
「大丈夫じゃない」と言っていい。
そんなことを、茉那自身が少しずつ知っていく物語です。
もし、あなたの身近にいる誰かが笑っていたら。
その笑顔だけを見て、「大丈夫」と決めつけないでください。
この物語が、そんなことを少しだけ考えるきっかけになれば嬉しいです。
「おはよう!」
教室の扉を勢いよく開けて、桃江茉那はいつものように笑った。
「今日も眠いねぇ!」
友達に笑いかける。
クラスの誰もが知っていた。
茉那は、よく笑う子だった。
少し天然で、困っている人を見つけたら放っておけなくて、先生にも「元気だなぁ」と笑われるような女の子。
だから。
誰も気づかなかった。
その笑顔が、少しずつ作り物になっていたことに。
* * *
「なぁ。」
後ろから声がした。
振り返ると、文助が立っていた。
「またその髪型? 似合ってねぇ。」
くすくす、と笑い声が聞こえる。
「……そうかな?」
茉那は笑って返した。
「教えてくれて、ありがとう。」
最初は、本当にその程度だった。
少しからかわれるだけ。
少し笑われるだけ。
だから茉那も、
「まあ、いいか。」
そう思っていた。
だけど。
ある日の図工の時間。
「俺の絵の具の筆がねぇ!」
教室中に響く大きな声。
文助は真っすぐ茉那を指差した。
「おい、桃江。お前取っただろ!」
「取ってないよ!」
「チッ……まぁ、とりあえずトイレ行ってくる。」
文助が教室を出ていく。
数分後。
「あ、俺の筆あった!」
茉那はほっと息をついた。
けれど。
「やっぱりお前だろ。」
「え……?」
「俺がトイレ行ってる間に戻したんだろ!」
「違う! 本当に違うよ!」
「嘘つくな。」
次の瞬間。
頭に鈍い衝撃が走った。
「……え?」
教室が静まり返る。
誰かが止めてくれる。
そう思った。
でも。
誰も動かなかった。
「茉那なら大丈夫。」
「いつも笑ってるし。」
そんな空気だけが、教室を満たしていた。
茉那は笑おうとした。
「えへへ……大丈夫だよ。」
そう言った自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
* * *
帰り道。
誰もいない通学路で、初めて笑顔が消えた。
痛かった。
悔しかった。
怖かった。
それでも家の前まで来ると、一度深呼吸をする。
そして、いつもの笑顔を作った。
「ただいまー!」
「おかえり。」
母は夕飯を作っていた。
「学校どうだった?」
「楽しかったよ!」
その言葉は、驚くほど自然に口から出た。
本当は。
今日一番つらかったことは、誰にも言えなかった。
心配をかけたくなかった。
「大丈夫。」
その一言だけが、どんどん上手になっていく。
* * *
翌朝。
目覚まし時計が鳴る。
「……ん。」
茉那はゆっくりと目を開けた。
昨日ぶつけられた頭が、少し痛む。
「学校……。」
今日は休みたい。
そんな気持ちが浮かぶ。
でも。
「茉那ー! 朝ごはんできてるよ!」
母の声が聞こえる。
「はーい!」
いつもの声で返事をする。
鏡の前に立つ。
口角を少しだけ上げる。
「よし。」
笑顔。
これなら大丈夫。
誰にも気づかれない。
* * *
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい!」
学校へ近づくにつれて、足取りは少しずつ重くなっていく。
校門。
昇降口。
教室。
教室の前で、一度だけ深呼吸をした。
「よし。」
ガラッ。
「おはよう!」
いつもの笑顔。
いつもの声。
誰も昨日のことには触れなかった。
まるで、何もなかったかのように。
* * *
二時間目と三時間目の間の休み時間。
「桃江。」
その声だけで、胸が小さく縮こまる。
振り返ると、文助が立っていた。
「昨日、大丈夫だった?」
一瞬だけ。
心配してくれたのかと思った。
だけど。
「本一発で泣きそうになってたじゃん。」
笑いながら言う。
最悪。
そう思った。
それでも。
「昨日はびっくりしちゃっただけ!大丈夫だよ!」
茉那は笑った。
また。
「大丈夫。」
その言葉が口から出た。
* * *
授業が終わったあと。
ドン。
背中に衝撃が走る。
一回。
また一回。
服で隠れる場所ばかり。
わざとだ。
絶対にわざと。
「文助、早く行こうぜ。」
友達に呼ばれると、文助は何事もなかったように笑って教室を出ていった。
隣の席の子が声をかける。
「茉那? どうしたの?」
「ううん!」
茉那は笑った。
「ちょっとぶつかっただけ!」
違う。
ぶつかったんじゃない。
わざとだった。
そう言いたかった。
でも、言えなかった。
昼休みも。
移動中も。
掃除中も。
何度も同じことが続いた。
もう数えるのをやめた。
「……またか。」
そう思うだけになっていた。
慣れたくなんてなかった。
* * *
体育の時間。
「今日は鬼ごっこやるぞー!」
「やった!」
久しぶりに、少しだけ楽しいと思えた。
みんなと一緒に走る。
笑う。
普通に遊ぶ。
それだけの時間が嬉しかった。
けれど。
「うわっ!」
真正面から文助が突っ込んできた。
ドンッ!
二人とも地面に倒れる。
「いたた……。」
茉那は慌てて起き上がった。
「ご、ごめん!」
文助を見る。
眼鏡が曲がっていた。
「お前のせいだからな。」
「え……?」
「弁償しろよ。」
「でも、私……ただ止まってただけで……。」
最後まで言えなかった。
文助が拳を握る。
そして。
「っ……!」
鈍い衝撃。
周りの子たちが振り返る。
「文助?」
「でも、事故だったんじゃない?」
違う。
事故じゃない。
そう言いたかった。
でも。
「……私が悪かったの。」
気づけば、また謝っていた。
* * *
更衣室。
鏡を見る。
目には涙が浮かんでいた。
「だめ……。」
涙を拭う。
教室へ戻る前に、何度も笑顔を作った。
その時。
「茉那?」
彩が声をかけた。
「大丈夫?」
「ありがとう、彩。でも、大丈夫!」
彩は少し困ったような顔をした。
「……本当に?」
「うん!」
笑う。
でも。
彩は笑わなかった。
「最近、無理して笑ってない?」
その言葉に、茉那の心臓が大きく鳴った。
気づかれたくない。
でも。
気づいてほしかった。
矛盾した気持ちが胸の中でぶつかる。
「……本当に大丈夫だから。」
「そっか。」
彩はそれ以上聞かなかった。
ただ。
「困ったら言ってね。」
そう言った。
「うん。」
茉那は笑った。
* * *
数日後。
また背中を叩かれた。
また。
また。
また。
また。
もう嫌だった。
学校へ行くことそのものが怖くなっていた。
そんな茉那の変化に。
今度は、母が気づいた。
「茉那。」
「ん?」
「最近、学校の話をするとき、少しだけ笑い方が違う気がする。」
「……。」
「何かあった?」
茉那は答えられなかった。
母は急かさなかった。
ただ、連絡帳を開いた。
「先生に、少し聞いてみようか。」
その言葉に。
茉那は小さくうなずいた。
「……うん。」
その日。
母は茉那から聞いたことを、連絡帳に書いた。
今までされたこと。
頭をぶつけられたこと。
背中を叩かれていること。
濡れ衣を着せられたこと。
そして。
茉那が「大丈夫」と言い続けていること。
* * *
連絡帳が学校から返ってきた。
茉那は母と一緒に、それを開いた。
そこに書かれていた言葉を見て。
期待していた自分が、少し恥ずかしくなった。
「文助さんも謝っていますし、これからは仲良くしていけるように……」
母が黙り込む。
茉那も何も言えなかった。
「……お母さん。」
「うん。」
「やっぱり……私、嘘ついてないよ。」
母はすぐに茉那の手を握った。
「分かってる。」
その言葉だけは、迷いがなかった。
「お母さんは、茉那のこと信じるよ。」
茉那の目に、涙が浮かぶ。
「……ありがとう。」
* * *
それでも。
学校では何も変わらなかった。
そして。
ついに茉那の中で限界が来た。
昼休み。
また背中を叩かれる。
ドン。
「……。」
もう、無理だった。
「もうやめて!」
教室が静まり返る。
「何が楽しいの!?」
茉那は文助を押し返した。
文助がよろける。
「いてっ!」
ちょうど入ってきた担任が、大きな声を上げた。
「桃江!」
* * *
放課後。
相談室。
茉那と文助は並んで座っていた。
「桃江さん。何があったの?」
怖かった。
でも。
今度こそ。
茉那は全部話した。
叩かれたこと。
頭をぶつけられたこと。
濡れ衣を着せられたこと。
体育のこと。
毎日のように繰り返されていたこと。
そして。
ずっと我慢していたこと。
「……全部です。」
声が震える。
「ずっと言えなかっただけです。」
先生は文助を見る。
「本当ですか?」
文助は首をかしげた。
「そんな前のこと、覚えてないです。」
茉那の手が震えた。
「それに、鬼ごっこの時は事故でした。」
「違う……。」
「本のことも、桃江さんが嘘をついてると思って……。」
「違う!」
茉那は声を上げた。
「事故じゃない!」
先生はしばらく二人を見つめた。
そして。
「桃江さんも感情的にならないようにしてください。これからはお互い仲良くしましょう、ね?」
その言葉に。
茉那の胸が締めつけられた。
「……。」
また。
自分が悪いみたいになっている。
でも。
今回は違った。
相談室の外から、別の声がした。
「先生。」
永野先生だった。
「少し、いいですか。」
担任が振り返る。
永野先生は茉那を見る。
「茉那さん。」
「はい……。」
「保健室に来ない?」
その声は静かだった。
でも。
茉那には、それが救いのように聞こえた。
* * *
次の日。
教室へ入ることができなかった。
足が止まる。
昨日のことが頭から離れない。
気づけば。
茉那は保健室の前に立っていた。
「失礼します……。」
ガラガラ。
「はい、どうぞ。」
永野先生が振り返る。
「茉那さん?」
「……少しだけ、ここにいてもいいですか。」
「もちろん。」
それだけだった。
何も責めなかった。
茉那はベッドに座る。
そして。
気づけば泣いていた。
「……言っても、信じてもらえないから。」
永野先生は静かに言った。
「私は聞くよ。」
「最後まで。」
「途中で止めたりしない。」
その一言で。
茉那は、全部話した。
文助のこと。
担任のこと。
今まで我慢していたこと。
何度も「大丈夫」と言ってしまったこと。
永野先生は、一度も話を遮らなかった。
話し終わったあと。
「少し背中、見せてもらってもいい?」
茉那はうなずいた。
洋服をめくる。
永野先生の表情が変わった。
「……これは。」
茉那は小さく笑った。
「見えない場所だから、大丈夫かなって。痛いけど。」
永野先生はゆっくり首を振った。
「大丈夫じゃない。」
その言葉を聞いた瞬間。
茉那はまた泣いた。
「……やっと。」
「うん。」
「やっと言ってもらえた。」
「大丈夫じゃないって。」
永野先生は何も言わず、茉那が泣き止むまでそばにいた。
* * *
それから。
茉那は毎朝、登校すると保健室へ行くようになった。
授業へ行ける日は行く。
苦しくなった日は保健室で休む。
「今日はプリント整理、手伝ってくれる?」
「はい!」
お掃除したり。
石鹸を詰め替えたり、原液を薄めたり。
そんな時間だけは、心から笑えた。
保健室では。
無理に笑わなくてもよかった。
「茉那ちゃん。」
「はい?」
「今日は笑ってないね。」
「……笑ったほうがいいですか?」
「ううん。」
永野先生は笑った。
「笑いたいときに笑えばいいよ。」
「……。」
茉那は少しだけ笑った。
その笑顔は、作り笑いではなかった。
* * *
ある日の五時間目。
ガラッ。
担任が保健室へ入ってきた。
「桃江さん、またここですか。」
茉那の肩が震える。
「授業を抜け出して、毎日保健室ですか?」
「それではサボりと同じですよ。」
その前に。
永野先生が立ち上がった。
「違います。」
「桃江さんには、ここにいる必要があります。」
「必要だから、私が利用を認めています。」
担任は眉をひそめた。
「ですが……。」
「この子の話を、もう一度きちんと聞いてください。」
「そして。」
永野先生はまっすぐ担任を見る。
「『お互い仲良くしましょう』だけで終わらせないでください。」
保健室が静かになる。
「この子は、何度も助けを求めています。」
「それを、本人の我慢だけで解決してはいけません。」
担任は何も言えなかった。
「……分かりました。」
担任が出ていく。
ドアが閉まる。
茉那は小さくつぶやいた。
「先生……。」
「ん?」
「……ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
* * *
その夜。
茉那は机に向かった。
ノートを開く。
今日あったことを書く。
『今日は保健室で花に水をあげた。』
『永野先生が話を聞いてくれた。』
『お母さんも私を信じてくれた。』
ペンが止まる。
少し考えてから。
もう一行、書いた。
『私は、本当は助けてほしかった。』
その文字を見つめる。
そして。
小さく息を吐いた。
「……書けた。」
今までなら。
全部「大丈夫」で終わらせていた。
でも。
今日は違った。
「大丈夫じゃない。」
そう書けた。
それだけで、少しだけ胸が軽くなった。
* * *
翌日。
彩が茉那のところへ来た。
「茉那。」
「ん?」
「……話してくれて、ありがとう。」
茉那は目を丸くする。
「え?」
「私、気づいてたのに。」
彩は少しうつむく。
「もっとちゃんと聞けばよかった。」
「彩……。」
「ごめん。」
茉那は首を振った。
「ううん。」
少しだけ笑う。
「私も言えなかったから。」
「でも。」
彩は茉那の手を握る。
「これからは、言ってよ。」
「うん。」
「私も聞くから。」
「……うん。」
今度の「うん」は。
ちゃんと本物だった。
* * *
それから学校では、少しずつ状況が変わっていった。
母親との面談。
永野先生からの報告。
彩から聞いたこと。
そして、これまでの出来事。
一つずつ確認されていった。
文助への指導も行われた。
茉那と文助を同じ状況に置かないよう、席や移動の方法も変更された。
すぐに全部が解決したわけではない。
怖さが消えるまでにも時間がかかった。
それでも。
茉那は一人ではなくなった。
* * *
放課後。
茉那は保健室で手紙を書いていた。
『お母さんへ』
その文字を見つめる。
最初は何を書けばいいのか分からなかった。
でも。
今なら書ける。
『今まで、学校であったことを言えなくてごめんなさい。』
『ずっと大丈夫って言ってたけど、本当は大丈夫じゃなかったです。』
『でも、お母さんが気づいてくれて嬉しかった。』
『信じてくれてありがとう。』
便箋の最後。
茉那は少し考えてから、こう書いた。
『これからは、少しずつ本当のことを言えるようになりたいです。』
封筒を閉じる。
これは。
さよならの手紙じゃない。
助けてもらったことへの。
ありがとうの手紙だった。
* * *
季節が変わっていく。
茉那は少しずつ学校へ戻っていった。
毎日ではない。
まだ保健室へ行く日もある。
怖くなる日もある。
それでも。
「おはよう。」
そう言える日が増えた。
ある朝。
教室の扉の前で深呼吸する。
「……よし。」
ガラッ。
「おはよう!」
彩が振り返る。
「おはよう、茉那!」
その声に。
茉那は笑った。
今度の笑顔は。
無理に作ったものではなかった。
* * *
卒業の日。
「茉那!」
彩が駆け寄ってくる。
「卒業だよ!」
「うん!」
颯汰も笑う。
「なんか、あっという間だったな。」
「ほんとだね。」
「俺は受験落ちちまって、茉那とは同じ学校にいけねぇ。でも——高校で待っててくれ!」
「もちろん!」
茉那は校舎を見る。
いろんなことがあった。
楽しいことだけじゃなかった。
怖かったことも。
悔しかったことも。
何度も泣いた。
でも。
助けてくれた人がいた。
信じてくれた人がいた。
「ありがとう。」
茉那は保健室へ向かった。
「永野先生。」
「茉那ちゃん。」
茉那は、新しい学校の制服を着ていた。
少し光沢のある青いリボン。茉那の、新しい制服での一番のお気に入り。
そして。
一枚の手紙を差し出す。
「これ。」
「手紙?」
「うん。」
永野先生が受け取る。
「今まで、本当にありがとうございました。」
「……こちらこそ。」
永野先生は笑った。
「新しい学校でも、無理して笑わなくていいからね。」
茉那は少し笑う。
「はい。」
そして。
「でも、笑いたいときは笑います!」
「それが一番。」
二人で笑った。
* * *
校門を出る。
彩と颯汰が待っていた。
彩が、颯汰と二人で写真を取ってくれた。
「じゃあ、行こっか。」
「うん!」
三人で歩き出す。
春の風が吹く。
茉那は空を見上げた。
あの日。
「明日も笑えるかな。」
そう思っていた。
今は違う。
明日も笑えるかどうかなんて。
まだ分からない。
悲しい日もある。
苦しい日もある。
それでも。
「助けて」と言っていい。
「大丈夫じゃない」と言っていい。
笑えない日は、笑わなくてもいい。
そして。
笑っている人を見ても。
それだけで「大丈夫」と決めつけない。
「ねえ、彩。」
「ん?」
「今日、ちょっと寄り道しない?」
「いいよ!」
「颯汰も!」
「俺も?」
「もちろん!」
三人の笑い声が、春の道に響く。
茉那は笑っていた。
その笑顔は。
もう、誰かに見せるためのものではなかった。
自分が笑いたいから。
笑っていた。
* * *
数年後。
誰かが言った。
「あの教室には、昔すごく明るい子がいたんだって。」
「いつも笑ってた子。」
「だから、みんな思ってたんだって。」
「大丈夫だって。」
でも。
その言葉を聞いた人は、首を横に振った。
「違うよ。」
「笑ってたから、大丈夫だったんじゃない。」
「笑っていても、苦しいことはある。」
「だから、ちゃんと聞かなきゃいけないんだ。」
「『大丈夫?』って聞いて。」
「『大丈夫』って返ってきても、それだけで終わらせない。」
保健室の窓際には、今も白い花が飾られている。茉那が好きな花。
その横には、小さな文字。
『笑顔を大切に』
そして、その下には。
もう一つ。
『笑えない日も、大切に』
白い花が、春の風に揺れる。
あの日。
誰にも言えなかった「助けて」は。
ちゃんと誰かに届いた。
一度ではなく。
何度も。
そして茉那は。
今日も生きている。
笑いたいときに笑い。
泣きたいときに泣き。
困ったときには、誰かの手を取る。
誰かが困っていたら。
今度は、自分から手を差し出す。
「大丈夫?」
その言葉を。
今度こそ、本当の意味で。
誰かに届けるために。
卒業式の日。
最後のホームルームが終わり、教室には少しだけ静かな時間が流れていた。
「……卒業、かぁ。」
茉那は窓の外を見る。
春の空は、いつもより少しだけ明るく見えた。
小学校では、いろんなことがあった。
楽しかったことも。
苦しかったことも。
泣いたことも。
笑ったことも。
そして。
「じゃあね!」
「また高校でな!」
彩や颯汰と別れる。
三人とも、同じ学校には進まない。
「……寂しいな。」
茉那が呟くと、彩が笑った。
「でも、また遊べるよ。」
「うん!」
颯汰も頷く。
「学校が別になったくらいで、友達じゃなくなるわけじゃねぇだろ。」
「そうだね。」
茉那は笑った。
今度は、無理に作った笑顔じゃない。
本当に笑っていた。
「じゃあ、またね!」
「またな!」
「またね!」
三人は、それぞれ別の道へ歩き出した。
* * *
そして。
数週間後。
中学校の入学式。
体育館。
新入生たちが並んで座っている。
茉那は少し緊張しながら、周囲を見回していた。
知らない人ばかり。
小学校の友達は、ほとんどいない。
「……緊張するなぁ。」
小さく呟いた、そのとき。
隣から声がした。
「ねえ。」
「ん?」
振り向く。
そこには、一人の女の子がいた。
「私、隣の席なんだけど。」
「ほんとだ!」
座席を見る。
茉那が34番。
その隣が35番。
「私、夜凪由佳。」
「私は桃江茉那!」
「茉那ちゃん?」
「うん!」
「よろしく!」
「よろしく!」
それだけだった。
本当に、それだけだった。
なのに。
なんとなく。
「この子、話しやすいな。」
茉那はそう思った。
由佳も同じだったらしい。
入学式が終わる。
新入生たちは、それぞれの教室へ移動する。
「A組ってどこだろ。」
「こっちじゃない?」
「ほんと?」
「たぶん!」
「たぶんなんだ!」
二人で笑う。
教室へ向かう廊下でも。
「由佳ってどこから来たの?」
「東雲市!」
「えっ、東雲市!?」
「うん。」
「私、黎明市!」
「え、近いじゃん!」
同じ県。
隣の市。
そして学校は黎明市。
「じゃあ通学、どうしてるの?」
「バス!」
「私も!」
「え、同じじゃん!」
「でも私、歩いても帰れるくらいだから、バス乗らなくてもいいんだけどね。」
「いいなぁ!」
「でも毎日歩くのは嫌だから乗る!」
「分かる!」
また笑う。
教室に着く。
黒板には、
**1年A組**
と書かれていた。
「私34番!」
「私35番!」
「前後じゃん!」
「ずっと隣じゃん!」
「やった!」
この日から。
二人は、自然と一緒にいるようになった。
* * *
中学校生活が始まった。
小学校とは違う。
教科ごとに先生が変わる。
校舎も広い。
授業も少し難しい。
でも。
「給食だー!」
「茉那、今日なんだろ!」
「献立表見てない!」
「えー!」
「由佳、見た?」
「見てない!」
「じゃあ二人とも知らないじゃん!」
「給食来てからのお楽しみ!」
「それだ!」
そんな毎日だった。
休み時間になると話す。
給食を食べながら話す。
帰りの支度をしながら話す。
そして。
いつの間にか。
「茉那。」
「ん?」
「今日プリ撮らない?」
「撮る!」
「やった!」
放課後。
二人でプリクラを撮った。
「見て!」
「え、待って、これ盛れすぎ!」
「ほんとだ!」
「誰!?」
「私たち!」
「違う人になってる!」
二人で笑いながら、落書きをする。
「これ名前入れよ。」
「茉那&由佳!」
「いいじゃん!」
「親友っぽい!」
「親友でしょ?」
「……!」
茉那が一瞬止まる。
「うん!」
笑った。
「親友!」
それから。
二人でいろんなことをした。
プリクラを撮った。
放課後に寄り道した。
スマホでくだらない動画を撮った。
お互いの好きなキャラを教え合った。
そして。
二人だけのキャラクターを作った。
「じゃあ、この子が茉那!」
「え、私これ!?」
「うん。」
「じゃあ由佳はこっち!」
「なんで!?」
「なんとなく!」
「ひどい!」
笑う。
「でも、かわいい。」
「でしょ?」
そんな時間が増えていった。
いつしか。
「茉那!」
「由佳!」
名前を呼ぶだけで、どちらも笑うようになっていた。
「そういえばさ、由佳は部活何に入ったの?」
「え?女バレだよー!茉那は?」
「科学部ー!」
「え、かっこいい」
「ありがとう!女バレかー、運動部行けるの流石だわ」
かっこいい。普通にかっこいい。でも、科学部も楽しい。
* * *
季節が過ぎる。
夏。
秋。
そして。
2025年11月。
修学旅行のプラン決めが始まった。
「班決めるよー。」
先生の声。
茉那は由佳のほうを見る。
すると。
由佳がこちらを向いた。
「茉那!」
「ん?」
「一緒の班にならない?」
「あ。」
茉那は少し困った顔をした。
「ごめん!」
「え?」
「もう先約あるんだ。」
「あ、そっか。」
由佳は笑った。
「じゃあ、また今度一緒になろ!」
「うん!」
その場では、それだけだった。
茉那も笑っていた。
でも。
数分後。
「…………。」
茉那は思った。
「……由佳と一緒にすればよかった。」
後悔。
めちゃくちゃ後悔。
「なんで断ったんだ私……。」
けれど。
もう遅かった。
茉那の班は決まっていた。
星村琉。
野村千。
田中ツインの二人。
そして。
桃江茉那。
「……男子しかいないじゃん。」
茉那は班を見渡した。
「私以外、全員男子じゃん。」
しかも。
琉と千は、塾が一緒だった。
もともと、この三人は普段から顔を合わせることがあった。
田中ツイン以外は仲良くしてるイツメンか。まぁ、いいや。琉いるし。
人数の都合で合体した。
「まあ、いいか。」
最初は。
本当にそう思っていた。
* * *
最初のプラン決め。
「どこ行く?」
「ここじゃね?」
「いいんじゃない?」
普通だった。
ちゃんと話して。
ちゃんと意見を出して。
ちゃんとパソコンに入力していく。
茉那も楽しくやっていた。
「ここ、もう少し時間取ったほうがよくない?」
「確かに。」
「じゃあ変更しよう。」
順調だった。
……最初は。
* * *
少しずつ。
空気が変わっていった。
「ここどうする?」
「……。」
誰も答えない。
「これ決めないと進まないよ?」
「別によくね?」
「いや、よくないでしょ。」
琉も、だんだんやらなくなった。
千は最初から、
「俺、こういうの苦手だから任せるわ。」
という感じだった。
田中ツインの二人も、そのうち参加しなくなった。
そして。
気づけば。
「……私、結構やってない?」
茉那がパソコンを見る。
スライド。
文章。
時間。
移動経路。
細かい部分まで。
ほとんど茉那が作っていた。
「まあ……。」
茉那はため息をつく。
「やるしかないか。」
修学旅行だ。
ちゃんと決めないと終わらない。
だから。
やった。
何度も直した。
調べた。
考えた。
「よし。」
ある程度完成した。
ところが。
「ここ違くね?」
琉が言った。
「え?」
「こっちのほうがよくね?」
そして。
勝手に変更する。
「……。」
茉那は黙った。
「そこ、ちゃんと理由があってそうしてたんだけど。」
「でもこっちのほうがよくね?」
「……そうかな。」
何度も。
何度も。
こんなことが続いた。
そして。
茉那が意見を言うと。
「じゃあもうお前が全部やれよ!」
バンッ!!
パソコンが閉じられた。
「…………。」
茉那は固まる。
「またか。」
そう思った。
別に喧嘩を売ったわけじゃない。
「こうしたほうがいいんじゃない?」
提案、ただ、それだけ。
* * *
そして部活中。
就寝時間を見てみると
「20時30分?」
茉那は画面を見る。
「ちょっと早くない?」
でも。
言い方を間違えたら、また怒られそうだ。
だから。
かなり言葉を選んだ。
「このままでもすごくいいんだけど、ここは22時30分とかにしたほうが、時間に余裕もできるし、自由時間も取れるようになって、もっと良くなるんじゃないかな?」
これなら。
大丈夫だろう。
そう思った。
すると。
「知らねぇよ! もう、勝手にやれよ!」
バンッ!!
また。
パソコンが閉じられた。
「………………。」
周囲の先輩たちが無言になる。
仲良くしている3年生の先輩が、
「……!」
びくっ。
と肩を震わせた。
茉那は。
もう驚かなかった。
直立不動。
「またか。」
ただ。
内心では。
めちゃくちゃ腹が立っていた。
「なんで私が、そこまで気を遣わなきゃいけないの?」
言葉を選んで。
何度も説明して。
実際に作業もして。
なのに。
何もやっていない人から文句を言われる。
「……。」
茉那は拳を握った。
そして。
ついに。
限界が来た。
「私が全部やってたのに、文句ばっか言わないでよ!」
声が響いた。
静かになった。
先生も来た。
「桃江さん、落ち着いて。」
「……はい。」
キレた自分にも非はある。
それは分かっている。
でも。
「そこまで追い込んだのは誰だよ。」
心の中でそう思った。
* * *
それでも。
プランは完成した。
発表も無事に終わった。
そして。
結果発表。
「第4位!」
「……。」
茉那は目を丸くした。
3位までが、学年代表としてプレゼンに出る。
つまり。
あと一つ。
「惜しい……。」
でも。
同時に。
「ちょっと嬉しい。」
自分がかなり作ったスライド。
何度も直した。
何度も考えた。
それで。
4位まで来た。
「……頑張ったな、私。」
そう思った。
すると。
琉が言った。
「4位かぁ。惜しかったな。もうちょっとスライドをうまく作れれば違ったかもな。」
「…………。」
茉那は琉を見る。
そして。
笑った。
「うん、そうだね。」
少し間を置いて。
「4位で良かったよ。私が作ったスライドでここまでこれてびっくり!」
そして。
「このメンバーでもっかい代表プレゼンとか絶対無理だよー笑」
「……。」
「……。」
「……。」
全員、無言。
茉那も。
「私、何言ってるんだろ。」
と思った。
でも。
本当にそう思った。
もう一回、このメンバーでやれと言われたら。
絶対に無理。
* * *
帰り道。
茉那はスマホを見た。
由佳からメッセージが来ていた。
『今日どうだった?』
茉那は少し考える。
そして。
『4位だった!』
送信。
すぐに返信が来た。
『すご!』
『でも疲れたー』
『おつかれ!』
『由佳と同じ班だったらよかった……』
送ったあと。
茉那は画面を見つめる。
すると。
『私も茉那とやりたかった笑』
「……。」
茉那は笑った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!やっぱり、由佳と組めばよかったぁぁぁぁ!」
11月の冷たい風が吹く。
でも。
スマホの画面だけは、なんだか暖かく見えた。
そして茉那は。
心の中で、ひとつだけ決めた。
次に由佳から誘われたら、絶対に一緒にやる。
それと。
もう一つ。
琉。
次からは、せめて何かやってから文句を言ってください。
そして。
パソコンをバンッて閉じるのもやめてください。
先輩たちが毎回固まっています。
私はもう慣れました。
……いや。
慣れちゃ駄目だろ、これ。
茉那はそう思いながら、スマホをしまった。
「絶対ユルサナイ。」
その決意だけは。
妙に固かった。
---
### 2026年3月
修学旅行のプラン決めが終わってからも、私はしばらく琉と喧嘩状態だった。
というより。
喧嘩というより、必要なこと以外は話さない。
あれだけ色々あったのだから、当然といえば当然だった。
部活で顔を合わせることはある。
同じ学年だから、学校でも会う。
でも、前みたいに普通に話すことはなくなった。
「……」
「……」
目が合っても、逸らす。
そんな日々が続いた。
私はもう、あの件を思い出すたびに、
「なんで私、あそこまで我慢してたんだろう」
と思うようになっていた。
別に意見を言っただけだった。
それなのに、何度もパソコンを閉じられて。
何度も気を遣って。
最後には私まで怒って。
……今思い返しても、やっぱり納得いかない。
だから先生に、はっきりお願いした。
「来年は、できれば琉とはクラスを離してください」
そして、もう一つ。
「由佳とは一緒にしてください」
先生は苦笑しながら聞いていた。
まぁ、そりゃそうだ。
一年間一緒に過ごしてきて、私たちの仲がどれだけ深くなったかは、たぶん周りから見ても分かっていた。
入学式の日。
出席番号が前後だっただけの女の子。
それが今では。
休み時間になれば自然と隣にいる。
一緒にプリを撮る。
くだらないことで笑う。
キャラを作って遊ぶ。
給食を食べながら話す。
学校帰りにバスの時間まで喋る。
休日に遊ぶこともある。
そして何より。
何かあったら、まず話したくなる。
そんな存在になっていた。
同じ県に住んでいて、隣の市。
私が住んでいるのは黎明市。
由佳は東雲市。
学校は黎明市だから、二人ともバス通学。
私は家まで歩いて帰ろうと思えば帰れるくらいの距離だったけれど、それでも由佳と一緒にバス停まで向かうことが多かった。
「今日どうする?」
「んー、プリ撮りたい!」
「また?」
「また!」
「じゃあ行こ!」
そんな会話をしているだけで楽しかった。
だからこそ。
一年生最後の日。
教室で荷物をまとめながら、私は由佳に言った。
「来年も同じクラスになれますように!」
「ほんとそれ!」
「絶対一緒になろ!」
「うん!」
「じゃあ、また春休み明け!」
「またね、茉那!」
「またね、由佳!」
そう言って、私たちは別れた。
一年間。
長かったような。
短かったような。
色々あった。
でも、最後に思い浮かぶのは、やっぱり由佳とのことだった。
そして。
春休みが終わった。
---
### 2026年4月
クラス発表の日。
掲示された紙の前には、たくさんの生徒が集まっていた。
「えーっと……」
自分の名前を探す。
一年A組。
茉那。
その隣に書かれているのは。
二年B組。
「……B組か」
そして。
「由佳は……」
名前を探す。
上から。
下から。
順番に見ていく。
そして。
「あった!」
二年B組。
「……え?」
思わず、もう一度見る。
二年B組。
間違いない。
「一緒じゃん!」
そこへ。
「茉那!」
聞き慣れた声。
振り返る。
由佳がいた。
「由佳!」
「同じクラス!」
「ほんとだ!」
「やった!」
二人で顔を見合わせる。
そして。
「去年の願い叶ったじゃん!」
「ね!」
「やったぁ!」
一年間ずっと一緒だった。
そして二年生も。
また一緒。
ただ。
一つだけ違った。
「……あれ?」
「ん?」
「出席番号、結構離れた?」
二人で名簿を見る。
一年生のときは、
茉那、34番。
由佳、35番。
まさに隣だった。
けれど二年生では。
三つ違い。
「ちょっと離れたね」
「まぁ、三つだけだし!」
「それもそうか!」
「クラス一緒なんだからいいじゃん!」
「それな!」
また笑う。
出席番号が隣じゃなくても。
席が近くなくても。
そんなことは、もう大した問題じゃなかった。
一年間、一緒に過ごしてきた。
それだけで十分だった。
「今年もよろしくね、由佳!」
「こちらこそ、茉那!」
こうして。
私たちの二年生が始まった。
### 2026年4月~夏
二年生になって、由佳とまた同じクラスになった。
それだけで、毎日がちょっと楽しくなった。
そして、二年生になってから本格的に動き始めたものがあった。
一年生の頃。
私たちは、ある約束をしていた。
「ねぇ、由佳」
「ん?」
「一緒にYouTubeやろうよ!」
「いいじゃん!」
「やった!」
一年生の頃に勢いで決めた約束。
でも、ただ「一緒にやろう!」だけでは終わらなかった。
二年生になってから、少しずつ具体的なことを決めていった。
チャンネル名。
アイコン。
動画の内容。
撮影方法。
編集。
投稿頻度。
文末などの、口癖。
どんなキャラクターでやるか。
「これはどう?」
「いいね!」
「じゃあこれは?」
「それもいい!」
「じゃあ決定!」
二人で話していると、どんどん案が出てくる。
最初はただの思いつきだったはずなのに。
気づけば、
「これ、本当にやるんだ」
というところまで来ていた。
放課後、教室で話したり。
バスを待ちながら話したり。
メッセージで延々と相談したり。
「これどうする?」
「こっちのほうがよくない?」
「確かに!」
「じゃあそうしよ!」
そんなやり取りを何度も繰り返した。
まだ始めたばかり。
だけど。
二人で何かを作っていくのが、とにかく楽しかった。
そして。
季節は夏へ。
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### 夏、文化祭
文化祭の日。
朝から学校はいつもと違う雰囲気だった。
廊下には装飾。
教室からは楽しそうな声。
いつもより人も多い。
そして。
私たちはそれぞれの担当の仕事へ向かっていた。
そんな中。
ふと由佳と目が合った。
「……」
「……」
二人とも、一瞬止まる。
そして。
「可愛い!!」
「茉那も可愛い!!」
二人で笑った。
お互いにメイド服。
「似合ってる!」
「そっちも!」
「写真撮ろ!」
「撮ろ撮ろ!」
すぐにスマホを取り出す。
並んで。
一枚。
「もう一枚!」
「待って、今の顔変だった!」
「じゃあ撮り直し!」
また一枚。
二人で確認して。
「これいい!」
「めっちゃいいじゃん!」
笑う。
文化祭というだけで楽しいのに。
由佳と一緒だと、さらに楽しかった。
そして、文化祭といえば。
もう一つ。
「ねぇ」
「なに?」
「お化け屋敷行かない?」
「行こ!」
ということで。
二人でお化け屋敷へ。
「絶対怖くないよね」
「うん!」
「私たち、こういうの平気だから!」
「余裕余裕!」
完全に強気だった。
そして中へ。
暗い。
「……」
「……」
「茉那」
「なに?」
「ちょっと暗くない?」
「お化け屋敷だからね」
「そっか」
「うん」
しばらく進む。
何か出てくる。
「……あ」
「……」
「びっくりした」
「ね」
思ったより怖くない。
二人とも、案外平気だった。
「なんだ、余裕じゃん!」
「ね!」
そう言いながら進んでいく。
ところが。
あるお化け屋敷で。
前からではなく。
後ろから。
「……ん?」
背後から気配。
「茉那」
「なに?」
「後ろ……」
「え?」
振り返る。
そして。
追いかけてくる。
「「うわぁぁぁぁぁ!!!」」
二人で叫んだ。
「待って待って待って!!」
「走って!!」
「無理無理無理!!」
「来てる!!」
「分かってる!!」
二人で必死に逃げる。
さっきまでの余裕はどこへやら。
出口にたどり着いた瞬間。
「……」
「……」
二人とも無言。
そして。
「怖かったぁぁぁ!!」
「めっちゃ怖かった!!」
顔を見合わせて大笑い。
「最初、余裕とか言ってたのに!」
「ほんとそれ!」
「後ろから来るのは聞いてない!」
「反則でしょ!」
二人で笑いながら、その場を離れる。
文化祭の日。
メイド服を見て笑って。
写真を撮って。
お化け屋敷で叫んで。
結局最後まで。
私たちは二人で笑っていた。
文化祭が終わって、夏休み。
この夏は、まだまだ楽しい予定が残っていた。
ある日。
Mちゃんと由佳と一緒に、プールへ行った。
「楽しみ!」
「早く行こ!」
「今日めっちゃ遊ぼ!」
三人でわいわいしながら向かう。
プールに着いてからは、もうずっと遊んでいた。
水に入って、泳いで。
くだらないことで笑って。
休憩しながらまた話して。
気づけば、時間があっという間に過ぎていた。
「めっちゃ楽しかった!」
「ね!」
「また行きたい!」
帰る頃には、みんな疲れていたけれど。
それ以上に楽しかった。
こういう何気ない一日が、私は好きだった。
そして。
それから**8日後**。
また楽しみな予定ができていた。
Mちゃん、Cちゃん、そして由佳。
明日は、四人でカラオケ。
「明日楽しみだなぁ」
そう思いながら、私は眠る前に予定を確認する。
明日。
カラオケ。
由佳たちと一緒。
絶対楽しい。
うち、歌下手だけど、何を歌おうかな。
そんなことを考えながら。
私は明日を楽しみにしていた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
『笑っているから。大丈夫』のIfルート、いかがだったでしょうか。
このお話を書いていて、氷空が一番大切にしたかったのは、
**「笑っている人が、本当に大丈夫とは限らない」**
ということでした。
茉那は、ずっと笑っていました。
嫌なことがあっても。
怖くても。
苦しくても。
「大丈夫」と言っていました。
でも、本当は大丈夫じゃなかった。
そんな茉那が、誰かに話を聞いてもらって、助けてもらって、少しずつ変わっていく。
そして最後には、
「笑いたいから笑う」
というところまで辿り着きます。
このIfルートは、本編とは違う未来です。
本編では見ることのできなかった、茉那の「その先」を描きたくて、この物語を書きました。
友達と笑ったり。
喧嘩したり。
後悔したり。
遊んだり。
くだらないことで大笑いしたり。
そんな、ごく普通の日々。
でも。
その「普通」が続いていくことは、決して当たり前じゃない。
だからこそ、茉那にはこの未来を歩いてほしかった。
最後まで読んでくださったあなたが、もし今後どこかで、いつも笑っている人を見かけたら。
「この人は大丈夫だろう」と決めつけるのではなく、
「大丈夫?」
と声をかけてあげてください。
そして、自分自身が苦しいときにも。
無理に笑わなくていい。
「大丈夫じゃない」と言っていい。
誰かを頼っていい。
この物語が、そのことを少しでも覚えていてもらえるきっかけになったなら、作者として嬉しいです。
それでは。
茉那の「もしもの未来」に、最後まで付き合ってくださってありがとうございました。
また、どこかの物語でお会いしましょう。




