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プロローグ

 石原莞爾(いしわらかんじ)ほど毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい人物も珍しいでしょう。才幹抜群、卓見奇偉、機略縦横、清廉潔白、簡素清貧、作戦の天才、智仁勇兼備の名将、世界的第一級の兵学者、明治健軍以来もっともすぐれた軍人、奇想天外の妙法を独創する人、などの評価があります。また、石原莞爾を部下に持った本庄繁(ほんじょうしげる)大将や多田駿(ただはやお)大将は次のようなことを述べています。

「石原がそばにいると、どんな場合においても安心して落ち着いた気持ちになれる。作戦そのほか難関に直面したとき、彼は先の先まで見通して、その結論をズバリと発言するので、その成果について少しの疑念も起こらなかった」

 反対に悪評も少なくありません。放言家、毒舌家、ハッタリ屋、奇行家、傍若無人の反逆児、組織紊乱(びんらん)者などといったものです。石原莞爾は、立場の弱い者や下級者に対してはあふれるような温情を持っていましたが、意見を異にする上級者に対しては厳格かつ強情な批判者となりました。衆人環視の中で将軍を面罵したことさえあります。なかでも石原莞爾が関東軍参謀副長だった頃、直属の上司たる東條英機参謀長と激しく意見を対立させ、ついには「東條上等兵」などと悪口雑言の限りを尽くしたことはよく知られています。

 自信家ゆえに自己保身ということに無頓着だった石原莞爾は、組織遊泳術には関心がなく、寸鉄人を刺すような論理を展開して上官を真正面から批判し、上官の気を悪くするようなことをズケズケと平気で口にしました。つまり、上司に人を得ない場合、うまく使われるということができませんでした。石原莞爾に対する悪評の多くは、そのために生まれたもののようです。

 石原莞爾は陸軍幼年学校生徒の頃から注目を集める秀才でした。試験勉強をほとんどしないまま陸軍士官学校にも陸軍大学校にも合格して周囲を驚かせました。やがて、満洲事変によって世界を驚かせます。そして、支那事変当時には参謀本部作戦部長という要職にあり、日本陸軍の作戦立案をその手中に握っていました。ところが、大東亜戦争の直前に忽然(こつぜん)と歴史の表舞台から降りてしまいます。その数奇な人生は、日本近代史に現れたトリックスターとでもいうべきです。


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