第8話 - タリア・ウルジェンタ
エルフ王国で噂されている存在。その人物と、私はついに対面した。
――タリア。私はエルフ族の旅人、リサとしてこの地に潜んでいる。
各地で出没する《レッドウルフ》によって王国が混乱に陥る中、彼女が持つ魔力の異質さは、嫌でも伝わってきた。
タリアの両目は、黒いアイマスクで覆われている。それは――視界を封じてなお、脅威であることの証。
(目を閉ざしているのに……それでも、はっきりと感じる。あの瞳には“何か”が隠されている)
恐怖の色は、彼女の立ち姿には一切ない。むしろ、視線を向けているのは私の方だった。
――まるで、正体を見透かそうとするかのように。
「リサさん、ですよね?この混乱に乗じて、私を捕まえに来たんですか?」
落ち着いた声。
「ん? 違うよ、タリアさん。ただ……エルフ王国で、かなり厄介な状況に置かれてるって聞いたから」
「冒険者ギルドから、ですか」
彼女は苦笑した。
「否定はしません。でも信じてほしい。私が追われているのは――王族の都合です」
“王族”。その言葉を、彼女はためらいなく口にした。エルフ王国は、本来なら初心者向けの安全地帯。弱い魔物、簡単なクエスト、手厚い保護。
――かつて、私もここでそれを体験した。
(なのに、今は違う……王族が動くほどの異変。そして、タリアが“標的”になっている理由)
情報が必要だ。
「ねえ、タリアさん。あなた、本当に何か“悪いこと”をしたの?」
「それは――」
その瞬間。轟音と共に、二体の《レッドウルフ》が現れた。全高、八メートル以上。一体はタリアの背後。もう一体は、私の背後。狭い路地の家屋が、粉砕される。
それでも――
私たちの集中は途切れなかった。牙が迫る。私は右手を掲げ、タリアは、ゆっくりとアイマスクに手をかけた。
「醜い獣……地獄へ落ちなさい。――《シルバー・バレット》」
「私の意志に従って、爆ぜろ。――《アルカナ・ドミナ》」
一瞬。タリアの背後にいたレッドウルフの頭部が、完全に消滅した。そして、私の背後の個体は――内部から、理由もなく爆散する。私たちは同時に跳び退き、崩壊した建物に囲まれた、やや広い道へと着地した。
静寂。瓦礫の中で、互いを見つめる。
タリアの瞳――蒼く輝く、魔眼。そして彼女は、私の魔法を見て、目を見開いていた。
「……リサさん。あなたほどのエルフ、聞いたことがない」
「それはこっちの台詞。ねえ……その目のせいで、追われてるんでしょ?」
少しの沈黙。
「……隠しきれませんね」
彼女は静かに語った。
「本名は、タリア・ウルジェンタ。エルフ王家第一王女です。この目は《アルカナ・ドミナ》。破壊、死、催眠……あらゆる事象を支配する“呪われた魔眼”」
「……だから王族に?」
「ええ。でも私は、この力を悪には使わない」
そう言って、彼女は再び目を覆った。
(――いい目だ)
(欲しい)
だが今は、まだだ。
「安心して。あなたの居場所、誰にも言わない。約束する」
「……約束、ですか」
冷たい声。
「同族の“約束”には、もう飽きました」
なら――
「じゃあ、贈り物をあげる」
「……え?」
私はローブの中から、一つの指輪を取り出した。黒い魔石。三日月の刻印。タリアの表情が変わる。
「指輪……?この魔力……強すぎる」
「《ルナ・ヴェイル》。外見、魔力、気配、ステータス。全部、完全に隠せる」
「正気ですか!?こんなもの、王国なら――」
「信じてほしいだけ」
彼女はしばらく指輪を見つめ、そして――受け取った。
「……わかった。あなたを信じます、リサさん」
私は微笑む。
「じゃあ……タリアお嬢様、って呼ぶ?」
「や、やめて!タリアでいい!」
少しだけ、頬を赤らめて。彼女は先を歩き、私たちは再び、細い路地へと消えていった。
――この先に待つものが、彼女の運命を、そしてこの世界を揺るがすことになるとも知らずに。




