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年上の後輩社員に毎日ドキドキさせられています  作者: 陽ノ下 咲
本編

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24/40

第二十四話:営業部の氷室さん

主な登場人物紹介

花村(はなむら)美穂(みほ):二十六歳。会社員四年目。総務部総務課所属。何事にも一生懸命で、誰に対しても親切。裏表のない性格。


真壁(まかべ)悠人(ゆうと):二十九歳。キャリア採用で入ってきた年上の後輩で、恋人。美穂に一目惚れして、告白し、付き合った。四月の人事移動で本社に移動した。


明石(あかいし)(わたる):二十六歳。美穂の同期。営業部営業課所属。美穂とは時々帰りに飲みに行ったりしていた仲の良い同僚。美穂への気持ちに気付いて告白したけれど、振られた。


氷室(ひむろ)玲奈(れいな):悠人と同期の中途採用。営業部営業課所属。凄く綺麗で、仕事も出来る女性。


草刈(くさかり)亮介(りょうすけ):二十二歳。新卒で入社した新入社員。総務課に配属され、指導担当の美穂に淡い恋心を抱いた。


 美穂の誤解から、悠人と喧嘩をしてしまい、話し合ってわだかまりを解決する事が出来た翌日のこと。


 美穂は昨夜の悠人の言葉や、一緒に過ごした濃厚な時間を思い出しては、幸せで口元がニヤけてくるのをなんとか抑えつつ出社した。


 平静を装って同僚に挨拶し、デスクに着く。

 隣にはすでに草刈が来ていて、心配そうに美穂を見ながら声をかけてきた。


「花村さん、あの後、彼氏さんと大丈夫でしたか?」


 昨日までは名前で呼びだったのが、今日は苗字になっていた。

 人懐こい草刈に名前で呼ばれる事をこれまで気にしていなかったが、本来、よほど仲の良い人でも無い限り、社会人なら苗字の方が自然だ。昨日悠人に言われたこともあるし、この距離感の方が良いと思った。

 美穂は呼び方のことには特に触れずに、微笑んで話を続けた。


「あ、うん。ごめんね、突然あんな風になって驚いたよね。あの後は、大丈夫だったよ」


 ふと、あの時、草刈が何か言いかけていたのを思い出した。


「そういえば、草刈くん、あの時何か言いかけてたよね?」


 すると、草刈は


「あ、いえ、全然大したことではないので、忘れてください」


 と、少しだけ頬を染めて、片眉を下げて答えた。

 そして、明るく周りにしっかりと聞こえるくらいの声で言った。


「でも花村先輩、彼氏いたんですね。すごくかっこ良かったです。あの人って確か、本社の真壁さんですよね?」


 それで、総務課のみんなに悠人と美穂が付き合っている事が知れ渡ることになった。


「え、そうなの!?」


「おめでとう!」


「私は、もしかしてそうかもって思ってたよ〜。花村さんの態度、ちょっと違ったし」


 部署の人達がそれぞれ祝福してくれて、少し恥ずかしいけれど、凄く嬉しかった。


 元々、別に隠したかった訳でも無いし、今回の件で、知っている人が増えたらいいなと思っていたところだったので、草刈に心の中で感謝した。



 その日の業務を終えて会社から出ようとした時、出入り口の前に、少し背を丸めた氷室玲奈の姿が見えた。

 美穂が「お疲れ様です」と挨拶して会社から出ようとすると、氷室が声をかけてきた。


「……あの、花村さん、お話ししたいことがあるのですが、少しお時間もらえないですか?」

 

 自分に用事があると思っていなかった美穂は驚いた後、頷いて、戸惑いながらも答えた。


「はい、大丈夫です……」


「ありがとうございます。近くのカフェに入ってもいいですか?」


 そう聞いてきた氷室に美穂も同意し、二人はカフェへ向かった。


 カフェの扉を開けると、店内は静かな雰囲気で、落ち着いた空気が漂っていた。

 テーブルに着き、飲み物を頼んだ後、氷室は美穂を見て、大きく頭を下げて謝った。


「花村さん、本当に……ごめんなさい!」


 美穂は驚きの表情を浮かべる。


「え……?」


「同期での飲み会の事で、花村さんに誤解を与えてしまって。今日、真壁くんに聞きました。私、何とお詫びして良いか……。本当に、……申し訳ないです」


 氷室の目が真摯であることを感じ、美穂もすぐに謝罪の言葉を返した。


「いえ、私の方こそ。……私が勝手に誤解しただけなので、氷室さんは気にしないでくださいね」


 そう言って微笑むと、会ってから移動中もずっと緊張していた氷室がほっと一息いて、やがて小さく笑みを浮かべる。


「花村さん、ほんとに優しいですね。……明石さんが好きになるのも分かるなぁ……」


「氷室さん、……明石くんの事好きなんですよね。すみません、実は昨日、悠人、……真壁さんと話した時に流れで教えてもらってしまって」


 美穂が謝ると、氷室がふわりと笑いながら言う。


「いえ、誤解させた私が悪いので、大丈夫ですよ。それから、真壁くんの事も、名前のままで構わないです」


 そして少し頬を赤らめて、続けた。


「私、入社してからずっと、明石さんの事が好きなんです……。最近、ちょっと避けられている気がして、すごく悲しくて。それで昨日、集まった同期に話を聞いてもらっていたんです」


 そこで一度言葉を止めて、心から申し訳なさそうに続ける。


「真壁くんと並んで座ってたのは、纏めてお会計してるのを待ってただけで。……私あの時、結構酔ってたから。でも本当にそれだけなんです。そのせいで、花村さんに誤解させてしまって、……本当にすみませんでした」


 美穂は、誠実に話してくれるその話をじっと聞きながら、心の中で何かが少しずつ溶けていくのを感じた。


(……氷室さんって、凄く誠実な人なんだな。それになんか、……可愛い人だ)


 氷室が話す言葉は、どこか不器用で一生懸命で、想像していたよりずっと純粋で可愛い人だと思った。


 玲奈が頼んだコーヒーと、美穂が頼んだカフェオレが届き、一旦喉を潤して、玲奈がぽつりと言った。

 

「実は私、最初の頃、花村さんに嫉妬してたんです」


「え?」


「明石さん、花村さんの事好きだったから」


「ああ……、そっか」


「だから、真壁くんと付き合ってくれて、勝手だけど嬉しかったんです。それで明石さんに告白する勇気も湧いたので」


「告白したんですか!」


「はい。それから、好きになってもらおうといろいろ頑張ってるところなんです。……今、またなんか避けられちゃってますけど。でもやっぱり諦められないから」


 そう言って少し悲しそうに微笑む氷室の姿が、とても美しかった。


「氷室さんって、……真っ直ぐで素敵な人ですね。なんかこの短時間で好きになっちゃいました。……きっと、明石くんにも、氷室さんの想いは伝わると思います」


 思ったことを伝えると、氷室は少し驚いた顔をして、その後嬉しそうに笑った。


「花村さんだって凄く素敵な人です。……私も花村さんの事、好きになりました」


 その一言で、二人して少し照れながら、笑い合った。

 さっきまでのぎこちなさはもうなくて、そこにあるのは素直に分かり合えた喜びだけだった。


 一気に打ち解けた空気の中、美穂がぽつりと言った。


「実は私も、氷室さんに嫉妬した事があります。……歓迎会の飲み会の時、悠人と並んでる氷室さんが凄くお似合いに見えて」


 そう言うと、氷室が綺麗な眉を片方下げて、笑いながら言った。


「……ああ、でもその時にはもう、真壁くん、花村さんの事しか見えてなかったですよ」


「え、そうなんですか?」


 驚いて、頬がぽっと熱くなる。


「はい。ていうかあの人、ずっと花村さん中心過ぎてちょっと面白いっていうか、呆れるっていうか……」


 玲奈はくすっと笑って、続ける。


「私の事応援してくれるのも、花村さんから明石さんを遠ざけたいからだってはっきり言ってきたんですよ」


「そ、そうなんですか?」


 悠人の意外な一面を知って、ぽかんとしてしまった。

 そんな美穂を見て、氷室が言う。


「真壁くんって、側から見てても、本当に一途な人だと思います。……あ、でも教えたのは内緒にしてくださいね」


 そう言っていたずらっぽく微笑む氷室の姿が、とても可愛いと思った。


「はい。内緒にしますね。教えてくれてありがとうございました」


 美穂がそう言って微笑むと、氷室もつられて笑顔になった。

 ただ、どこかまだ壁を感じるようで、少しだけ躊躇いながら、言った。


「あの、花村さん。……よかったらもっと砕けた話し方で話してもらえると嬉しいです。花村さんの方が先輩なんですし」


 氷室からのその言葉に、美穂はしばらく考えてから、柔らかく微笑んで、氷室を見た。


「じゃあ、……玲奈ちゃんって呼んでもいい?」


 氷室は目を丸くして、嬉しそうに頷いた。


「もちろん。嬉しいです!」


「玲奈ちゃんも、よければ美穂って呼んで。今日話して、私、玲奈ちゃんともっと仲良くなりたいと思ったし。私、今、二十六歳だけど、年齢も多分そんなに違わないよね?」


「私も今、二十六歳です」


「同い年なんだ!え、じゃあ玲奈ちゃんもタメ口で話してよ。その方が嬉しい」


「いいの?……じゃあ、美穂ちゃんって呼ぶね」


 そう言ってとても綺麗な笑顔で笑った。美穂は氷室のその笑顔を見て、とても嬉しい気持ちが湧いてきた。


「今日はそろそろ帰らないといけないから、また今度、時間がある時に、明石くんの話も詳しく教えてよ」


「うん。聞いて欲しい」


 そう言って笑い合っていると、美穂のスマートフォンから着信を知らせるバイブが鳴った。

 美穂は手を伸ばし、画面に表示された名前を確認した。


「……あ、悠人からだ」


 氷室は微笑みながら言った。


「気にしないで出ていいよ」


 美穂は「ありがとう」、とお礼を言って電話を取る。


「もしもし、ごめんね、今ちょっと……」


『何してるの?』


 受話器越しの悠人の声が、少しだけ不安そうに聞こえた。その声に、心配してくれてるんだなと分かり、嬉しくなって、美穂は顔を赤らめながら、答えた。


「……あ、ちょっと職場の近くのカフェで氷室さんと話してて。すごくいい子で、仲良くなって」


 その言葉に、悠人はしばらく沈黙した後、少しだけ笑いながら言った。


『そうなんだ。良かった。……俺もすぐ帰るから、良かったらそこで待っててよ。一緒に帰ろ。美穂が嫌じゃなかったら、氷室さんも一緒に送るから、そう伝えて』


「え、カフェまで来てくれるの?」


『うん、せっかくこっち戻ってるのに、一緒に帰らないのもったいないし。美穂に少しでも会いたいから』


 美穂はその言葉を聞いて、思わず笑みを浮かべた。


「……ふふ、私も会いたい」


『うん、待ってて』


 その声は少し甘くて、とても嬉しそうだった。


「それじゃ、後でね」


電話を切ると、美穂は氷室に向き直り、笑顔を向けた。


「電話ごめんね。もうすぐ、悠人が迎えに来てくれるみたい。玲奈ちゃんもここで一緒に待たない?」


「ありがとう。でも私は真壁くんが来るまでに帰るね。……なんか、今の電話の様子見てるだけで、なんかお腹いっぱいになっちゃった」


 氷室はふふ、と柔らかく笑いながらそう言うと、席を立った。


「今日は本当にありがとう。美穂ちゃんと仲良くなれて、すごく嬉しかった。今度またゆっくり話そうね」


「うん、こちらこそありがとう、玲奈ちゃん。また話そう。今度は恋バナ聞かせてね!」


 そう言った美穂に氷室は小さく頷くと、立ち上がって美穂に手を振りながら、カフェを後にした。



 この後日、美穂と氷室が会ってその日のうちに名前で呼び合ってタメ口で話すほどに仲良くなった事を知った悠人が、そこにまでちょっと嫉妬して、その姿を見た氷室がまた呆れるのだが、それはまた別のお話。




見つけてくださり、本作をお読みいただき、誠にありがとうございます!


【次回予告】

次回から三話にわたり、玲奈と明石の恋の話を投稿します。

美穂と悠人とは、またテイストの違った恋愛模様を書いていきます。 


玲奈は明石を、明石は美穂を好きという、叶わない片思い連鎖の状態からスタートする二人。二人の恋がどうなっていくのか……。


ぜひお読みいただけると嬉しいです!


陽ノ下 咲

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