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年上の後輩社員に毎日ドキドキさせられています  作者: 陽ノ下 咲
本編

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第二十一話:突然の異動

主な登場人物紹介

花村(はなむら)美穂(みほ):二十六歳。会社員三年目。総務部総務課所属。何事にも一生懸命で、誰に対しても親切。裏表のない性格。


真壁(まかべ)悠人(ゆうと):二十九歳。キャリア採用で入ってきた年上の後輩。美穂に一目惚れして、関わっていくうちにもっと好きになり、告白し、恋人になった。


 春の足音が、少しずつ街に響き始める三月のこと。

 朝の通勤時間、美穂は、家を出る時は着ていたコートを脱いで手に持ちながら、会社のビルへと歩いていた。


(あったかいな。もう、そんな季節なんだ……。今年の一年、あっという間だったな)


 心の中で呟きながらエレベーターに乗り込んだ。悠人と出会ってから、毎日が幸せで、ゆっくり大事に過ごしたいのに、時間があっという間に過ぎていく。気がつけば次の春はすぐそこまで迫っていた。


 出会いと別れの季節。新年度を目前にした会社の空気も、どこかざわついていた。


 そして、そのざわつきの中心にいたのが、悠人だった。


「真壁くん、本社異動なんだって?」


 昼休み、食事を終えて少し早めに自分の席に着いておこうと総務課のフロアに戻ってきた時、誰かが口にしたその言葉に、美穂は思わず足を止めた。

 近くでファイルを閉じていた同僚が「え?本当ですか?」と驚く。課長が静かに頷いた。


「うん。今朝、辞令が出たよ。……まあ、彼、キャリア採用だったし、最初から本社行きって話ではあったんだけどね。だけど、一年で異動は、やっぱり早いよ」


 課長の声には、寂しさと誇らしさが滲んでいた。


「……真壁くん、仕事できるからね。本社の誰かが目をつけたんだろうなあ」


 その言葉に、周囲は静かに頷く。

 悠人の突然の異動。美穂は驚きを隠せなかった。



 その日の退社後、二人は美穂の家で顔を合わせた。

 食卓に並んだのは、彼の好きな肉じゃがと豆腐のお味噌汁。美穂が早めに退社して準備したものだった。


「本社……行くんだね」


 一口食べた後、美穂がそっと呟いた。悠人は、箸を止めて彼女を見た。


「うん。……話、ちゃんとできてなくてごめん」


「ううん、聞いたよ。課長から。……でも、決まってたことなんでしょ?」


「そう。キャリア採用の時点で、遅かれ早かれってのは。でも、こんなに早いとは思わなかった」


 悠人の目には、悔しさとも寂しさともつかない感情が揺れていた。


 美穂はそっと微笑んだ。


「……仕方ないよ。悠人が頑張ってたから、引っ張られたんでしょ?すごいよ」


「……ありがとう」


 静かに時間が流れる。二人の間には、言葉にならない感情がゆっくりと広がっていた。


 やがて、美穂がポツリと漏らした。


「でも……寂しくなるなぁ」


 それは、本音だった。仕事中も会えた今までが、当たり前になっていたからこそ、その当たり前がなくなることに、ぽっかり穴が空いたような気がした。


 けれど、すぐに自分を叱るように、笑顔を作る。


「でも……会えないわけじゃないし。電話だってできるし、……うちでも会えるんだし」


「絶対、来る。美穂も俺の家、いっぱい来て」


 悠人が即答した。その言葉に、美穂の頬が少し緩む。


「……じゃあ、お互い頑張ろうね。新年度だし、私も後輩の指導とかあると思うし」


「うん。俺も、新しい環境に慣れなきゃ」


 お互いにエールを送り合うように、そっと指を絡めあった。



ーーー


 そうして、四月になった。


 満開の桜の下を、新入社員たちが緊張した面持ちで歩いていく。

 美穂の職場にも新しい顔ぶれが加わり、彼女はその中の一人、新卒で総務課に配属になった、草刈(くさかり)涼介(りょうすけ)の指導係を任されていた。

 これまで悠人が座っていた席には、今は草刈が座っている。


「美穂さん、これって、こういう進め方で合ってますか?」


 草刈が、爽やかな笑顔で近づいてくる。どこか犬っぽい雰囲気のある好青年。人懐っこく、すぐに職場に馴染んだ彼は、一生懸命仕事に励んでいて、美穂も好感を持てた。


「うん、それで合ってるよ。草刈くん、確認してくれてありがとう」


「よかった……。あの、美穂さんの説明、すごく分かりやすいです。話し方も優しくて、……いつも癒されてます。俺、美穂さんと同じ職場で良かったです」


「え、あ、ありがとう。そう言って貰えたら嬉しいな」


 美穂は後輩からの真っ直ぐな褒め言葉に、少し照れながら微笑んで、デスクに視線を落とした。


 草刈の視線には、尊敬以上の好意が滲んでいたが、美穂はそれに気づかなかった。

 元々恋愛面に鈍感で、悠人に心を向けている彼女には、草刈からの眼差しは、ただの『敬意』にしか見えなかった。


ーーー


 一方、悠人は本社で目の回るような日々を過ごしていた。

 移動して早々から責任の重い案件が多く、会議は連日、メールも終わりが見えない。

 帰りも遅いので、前みたいに美穂と電話出来る時間も取れずにいた。


 けれど、彼のスマホには、毎晩通知が届く。


《今日もお疲れさま。会社のツツジが満開になったよ。凄く綺麗だから、写真送るね。》


《おつかれさま!今日の晩ご飯、親子丼作ったよ。悠人の分も、心の中で用意しておいた!》


 そんな、何気ない日々のメッセージ。

 悠人はどんなに忙しくても、それに必ず返信していた。


《美穂も仕事、お疲れ様。写真ありがとう!凄く元気出た。会社のツツジ、綺麗だよね。去年見たのがなんか懐かしいな。》


《え、いいな。親子丼食べたくなってきた。俺も今日は親子丼にしよ。》


 いつもとは違う環境に疲れても、美穂からのメッセージを見ると、心の奥にあたたかい灯が灯るようだった。


 忙しくて会えない日が続いても、二人は互いを思いやり、限られた時間を工夫して、離れていても繋がっていることを確かめ合っていた。


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