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年上の後輩社員に毎日ドキドキさせられています  作者: 陽ノ下 咲
本編

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17/40

第十七話:温泉旅行の夜に

主な登場人物紹介

花村(はなむら)美穂(みほ):二十五歳。会社員三年目。総務部総務課所属。何事にも一生懸命で、誰に対しても親切。裏表のない性格。


真壁(まかべ)悠人(ゆうと):二十九歳。キャリア採用で入ってきた年上の後輩。美穂に一目惚れして、関わっていくうちにもっと好きになり、告白し、恋人になった。


「ちょっと恥ずかしいから、先に入ってて」


 脱衣所まで一緒に行った後、視線をそらして頬を赤らめながらそう言う美穂に、悠人はふっと笑みを浮かべた。


「うん、分かった。待ってるね」


 そう言って、悠人は先に露天風呂へ向かった。


(ほんとに、優しい人……)


 脱衣所に一人残った美穂は、静かに息を吐いた。

 どきどきが止まらない。けど、それは不安や怖さじゃなくて、純粋に、悠人への愛おしさからくるもので。

 ふー、とゆっくり息を吐いて、タオルを胸に巻いて脱衣所を出た。


 視線の先。


 湯気の中、悠人が肩までお湯に浸かっていた。

 濡れた髪が額にかかり、普段よりも少し無防備な表情。


 その姿があまりにも自然で、かっこよくて、見てはいけないものを見てしまった気がして、美穂は慌てて視線を逸らした。


(……だめ、変に意識しすぎ……)


 心を落ち着けようとしながら洗い場で身体を洗い、再度タオルを巻いて、露天風呂の縁に移動する。

 そして縁にタオルをそっと置いて湯の中へ、彼の横に身を沈めた。


「美穂」


 呼ばれた声の方を見る。

 悠人がじっと、美穂を見ていた。月明かりと湯気に照らされた瞳は、確かな熱を宿していて。


「凄く綺麗だ」


 悠人は恍惚とした表情で、そう言った。


 美穂はそんな悠人の瞳に、目を奪われてしまった。

 ただ、じっと、悠人を見つめる。


 そして、数秒の沈黙が続いた後、


「ね、……もう少し、近づいてもいい?」


 悠人が静かに聞く。その言葉に、美穂の心臓はドキリと跳ねた。


「う、うん……」


 美穂が頷くと、悠人は静かに移動して、美穂の背後にぴたりと身体を寄せた。

 そして、そっと後ろから、包み込むようにお腹に腕を回される。


 背中に直に感じる彼の体温。湯の熱と混ざり合って、心臓の鼓動が急に早くなる。


「ふふ、心臓の音、すごい」


「だって……緊張してるもん」


「俺も、緊張してる」


 悠人の声が、耳元にふれる。そして、ふいに囁かれるような声が届いた。


「美穂、空……見て」


 その言葉に、彼の腕の中からそっと顔を上げる。


 広く深い夜空の中に浮かぶ、満点の星。


 都会では見られない、ひとつひとつがくっきりと瞬く星たちが、空いっぱいに散りばめられていた。


「……綺麗……」


「うん。本当に、綺麗だ……。この景色も、美穂と一緒に見れてよかった」


 その一言に、胸がじんわりとあたたかくなった。


「また一つ、思い出が増えたね」


 そう言って振り向くと、先程まで空を見ていた彼の瞳が、まっすぐに美穂を見つめていた。


 そっと、唇が重なった。リップ音と共に唇が離れる。

 もう一度。啄む様なキスを繰り返していくうちに、キスは深いものに変わっていく。

 悠人の舌が唇に侵入してきて、美穂は一瞬怯んだ後、おずおずと受け入れる。

 舌と舌が絡み合い、気持ち良さで脳が蕩けて、くらくらとしてくる。


「これ以上は、のぼせそう……」


 美穂はくたっとしながら悠人にもたれかかった。


 顔を見合わせると、お互い茹でだこみたいに真っ赤になっていて、ふふ、と笑った。


「そうだね。……もう出ようか」


 美穂は頷きながら、少し名残惜しさも感じていた。

 すると、悠人が美穂の方を見て、聞いてくる。


「でも、ちょっと名残惜しいから、明日の朝、もう一回入らない?」


「うん、私も同じ事思ってた」


そう言ってまた、笑いあった。



 お風呂から上がったあと、二人は浴衣に着替えて畳に座った。髪を乾かしたあとの美穂は髪の毛をヘアクリップで束ねていた。


「美穂、可愛い」


 悠人がぽつりと言ったその言葉に、美穂の頬がぱっと赤く染まる。


「悠人も、かっこいいよ……」


 美穂がそう言うと、悠人が美穂の真横に移動してきて、耳に触れるくらいの距離でそっと囁いた。


「美穂、……触ってもいい?」


 熱を帯びたその声は、とても真剣なものだった。


 美穂は一瞬だけ目を見開いて、


「……うん、触ってほしい」


 そう小さく答えた。

 悠人の手がそっと美穂の頬に触れ、指先で輪郭をなぞるように撫でる。

 そして、唇を重ねた。そっと触れる、やさしいキス。唇が離れ、今度は美穂からキスを返す。

 気づけば、悠人の腕の中に抱き寄せられていた。畳の上、ふたりの影が重なり合う。


「……布団、行こっか」


「……うん」


 ヘアクリップが外されて、悠人が美穂に覆い被さるような形で布団の上で横になり、見つめ合ったまま、しばらくの沈黙。


「……美穂、怖くない?」


「ううん。怖くはない。でも……あの、私……初めてで……うまく出来ないかも」


 その言葉に、悠人の動きが止まる。


 何も言わない彼に、不安になって、美穂は慌てて続ける。


「あ、ごめん……引くよね、二十五にもなって、経験なくて……」


 社会人になるまでにも、仲のいい男友達は何人かいたけれど、恋人がいたことはこれまで一度もない。 

 こんなふうに、誰かを強く想って胸が苦しくなるほど恋をしたのは、これが初めての事で。


 全てが初めてだから、悠人の反応が、少し怖い。


「引くわけない」


 悠人の声が、震えを含んでいた。


「……むしろ、嬉しすぎるよ」


「……え?」


「美穂の初めて、俺が貰えるなんて、……嬉しすぎる」


 その言葉に、美穂の目に涙が滲んだ。嬉しくて、安心して、心がじんわりと熱くなった。


「初めてが、悠人でよかった……」


 そう囁くと、悠人が唇を強く重ねてきた。

 噛みつくような、熱を帯びたキス。呼吸が絡み合い、唇が離れても、視線が外れない。


「……あんま煽らないで。大事に、優しくしたいのに……我慢できなくなる」


 そう言うと、悠人は美穂の上に身体を重ねた。


 夜の帳の中で、ふたりの心と体は、静かに結ばれていった。



ーーー


 朝日が、障子越しにやわらかく差し込んでいた。

 静かな温泉宿の朝。

 畳の上に敷かれた布団の中で、美穂はまどろむように目を開けた。


 まだぼんやりと靄がかかった頭の中で、昨夜のことを思い出す。


 悠人に、抱かれたこと。彼の手が、自分の髪を撫でてくれたこと。熱の籠った「愛してる」の声。恥ずかしくて声を押し殺していると、「聞かせて」と囁かれたこと。

 そして、どんな瞬間も、彼がずっとやさしくしてくれたこと。


(……幸せだなぁ)


 布団の中、静かに寝息を立てている悠人の胸元に顔を埋める。

 裸の肌に、彼の体温が優しく伝わってくる。 


 照れくさいけれど、幸せで満ち足りていて、心は驚くほど穏やかだった。


「……ん、美穂……起きた?」


 寝ぼけたような声で、彼が目を開ける。

 かすれた声。いつものスマートな雰囲気より、ずっと無防備で愛おしい。


「うん、おはよう……」


「……おはよう。……昨日のこと、後悔してない?」


「するわけないでしょ」


 すぐさまそう返して、続ける。


「凄く幸せだったもん……」


 そう言って、彼の胸に顔をうずめた。悠人の腕が自然と背中にまわり、やわらかく抱きしめてくる。


「……嬉しい。俺も、幸せだった」


 ふたりしてふふっと笑い合った。

 笑顔を交わしただけで、またキスしたくなる。悠人の手が、美穂の頬に添えられ、ゆっくりと唇を重ねた。


 朝の光の中で交わすキスは、昨夜よりもやさしくて、静かに心を満たしてくれる。


「……でもなんかね、まだ信じられない。なんか夢みたいで」


「……信じてよ。夢だったら、悲しい」


 その一言に、頬が赤くなり、胸がきゅんと鳴った。

 頬を真っ赤に染めた美穂を見て、悠人は幸せそうに笑うと、首元にキスを落とした。


「美穂、可愛すぎる。……ねえ、もうちょっと、このままでもいい?」


「うん。……わたしも、もうちょっとこうしてたい」


 静かな朝、ふたりは布団の中でくっついたまま、温もりを分け合った。



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