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年上の後輩社員に毎日ドキドキさせられています  作者: 陽ノ下 咲
本編

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第十五話:九月のブックカフェ

※美穂が真壁を名前で呼ぶようになったことから、以降は表記も「真壁」ではなく「悠人」に変更しています。


主な登場人物紹介

花村(はなむら)美穂(みほ):二十五歳。会社員三年目。総務部総務課所属。何事にも一生懸命で、誰に対しても親切。裏表のない性格。誕生日は一月二十日。


真壁(まかべ)悠人(ゆうと):二十八歳。キャリア採用で入ってきた年上の後輩。美穂に一目惚れして、関わっていくうちにもっと好きになり、告白し、恋人になった。誕生日は九月十八日。


 九月の上旬。美穂と悠人が付き合い出して二ヶ月ほどが経過した。


 付き合い出してからの二ヶ月間、丁度繁忙期と重なったこともあり、美穂はかなり忙しい日々を過ごしていた。

 

 大変ではあるけれど、隣で一緒に仕事をしている悠人の姿を見ると、美穂の胸が温かくなって、とても元気をもらえた。

 同じ様に疲れているだろう悠人に何かしてあげたくて、ドライブの時に約束した肉じゃがを作り、お弁当に詰めて持っていき、人気のないところでこっそり渡したら凄く喜んでくれて、美穂も凄く嬉しい気持ちになった。 

 毎日職場で会っているのに、夜にも会いたくなって、短い時間だけでもと、しょっちゅうビデオ通話をしたし、タイミングの合う日は彼が家まで送ってくれて、その時は必ずキスをして。


 最初こそ緊張して少しぎこちなくなってしまっていた距離は二ヶ月の間に少しずつ縮まってきて、幸せな日々を過ごしていた。


 そして、やっと少し落ち着いて、ゆっくりと過ごせる休みの日。

 二人は、美穂のアパートから少し歩いた場所にある、こぢんまりとしたブックカフェに来ていた。

 ここも、初めて二人で行ったドライブの時に一緒に来ようと約束をして、来るのを凄く楽しみにしていた場所だった。


 通り過ぎてしまいそうな外観に隠れ家のような趣があって、重たいドアを押すと、ほのかなコーヒーの香りと木のぬくもりが迎えてくれた。


 美穂は、小さく「わあ……」と声を上げた。

 店内の壁一面に並ぶ本棚、こだわりの椅子とテーブル。どこか外国の古い図書館のような、でも不思議と落ち着く雰囲気があった。


 柔らかい二人がけのソファに腰掛けながら、悠人が隣に座る美穂に言った。


「ね?いい雰囲気でしょ」


 微笑んだ彼は、どこか得意げだった。


「うん……すごく好き、こういう場所。静かで、落ち着くね」


「美穂、好きそうだなって思ってたから、気に入ってくれてよかった」


「えへへ、うん、ありがとう。悠人」


 お礼を言うと、悠人が嬉しそうに笑ってくれて、トクンと心臓が跳ねた。


「食事も美味しいんだよ。おすすめはミートドリアと、カフェオレかな」


「じゃあ、それにする」


 メニューを閉じ、店員に注文を伝えて、ふと彼の方を見る。

 すると、目が合って、また優しい笑顔で微笑んでくれた。


 こんなふうに、何でもない時間を一緒に過ごすのが、こんなにも幸せだなんて。


 胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。



 やがて運ばれてきた熱々のミートドリアからは、香ばしいチーズとトマトソースの香りが立ちのぼった。スプーンを手に取り、そっと口元に運ぶと、自然と笑みがこぼれる。


「……美味しい!」


「うん、なら良かった」


 美味しそうにドリアを食べる美穂を見て、悠人は蕩ける様に笑った。その顔を見て、美穂の胸はドキドキと高鳴った。



 幸せいっぱいでミートドリアを食べ終えて、カフェオレを飲みながら、美穂はそっと言葉を切り出した。


「ね、悠人。もうすぐ、誕生日だよね」


「ん、ああ。……覚えててくれたんだ」


「当たり前でしょ。誕生日お祝いするの、ほんとに楽しみだったんだから」


「嬉しい……」 


 嬉しそうな顔で照れている悠人に、きゅんとする。


「……それで、ちょっと提案があるんだけど」


「提案?」


 少し緊張するけれど、意を決して言った。


「……えっと、誕生日の週の土日、温泉で一泊旅行するとかどうかなって思って。悠人、最近忙しくしてるし、温泉でゆっくりしてリラックスしてほしくて」


 言った後すぐに、美穂はカップを両手で包むようにしながら目を伏せた。緊張で、耳まで熱い。多分、今、真っ赤になってる。

 少しの間の後。


「……いいの?」


「え?」


 顔を上げると、悠人がじっと美穂を見つめている。その瞳は真剣で、少し熱を帯びていた。


「一泊するって、……どういう意味か分かってる?」


 その言葉に、美穂の鼓動が跳ねた。

 一気に顔に熱が集まり、視線を逸らす。

 だけど、すぐに勇気を振り絞って、彼の瞳をまっすぐ見つめ返した。


「……うん。分かってる、つもり」


 悠人の表情が一瞬だけ固まった後、すぐに、堪らない様な表情になって、口元を手の甲で隠した。

 少しして口元から手を離すと、熱の籠った瞳で美穂を見つめ、低く甘い声で囁いた。


「……じゃあ、期待してるね」


 その瞳に、その声に、胸がキュンと締めつけられる。

 欲を孕んだ瞳で、美穂を見つめる彼の顔が、とても愛おしかった。



 そのあと、せっかくブックカフェに来たのだから、とお互い気になった本を手に取った。隣同士で静かにページをめくる。


 けれど、


(だめだ……。全然集中出来ない)


 先程の悠人の熱視線を思い出して、美穂は全く本に集中出来なかった。


 ふと、彼の方を盗み見る。


 悠人は、集中して本を読んでいた。


 細く整った眉が少しだけ動いて、時々ページをめくる指が止まる。読みながら何かを考えている表情は、仕事中とはまた違う、穏やかで静かな悠人の素顔だった。


(……かっこいい)


 ただ隣にいるだけで、胸がいっぱいになる。


「……ねぇ、美穂」


「え?」


 唐突に名前を呼ばれて、少し驚いた。


「さっきから、全然本読んでないでしょ。すごい視線感じるんだけど……」


「……えっ」


 図星だった。


 思わず顔が熱くなる。反射的に本で顔を隠すと、隣で小さな笑い声がした。


「美穂、かわいい」


「もう……!」


 唇を尖らせて抗議するけれど、心の奥では嬉しさがじんわりと広がっていた。


「でも、駄目だな。さっきの事が気になりすぎて、俺も本に全然集中出来ない」


 悠人は頬を赤らめつつ美穂の方を見ながらそう言うと、はにかんで笑った。


「私も……」


 真っ赤になりながら、そう返す。  

 見つめあって、ふふっと笑い合った。



 カフェを出た夕方。

 空はほんのりオレンジ色に染まり始めていて、二人はアパートまでの道を、少しだけ距離を縮めて歩いた。まだ暑さの残る時期だけれど、夕方の風は少し涼しくなっていた。

 ほのかな風を頬に感じながら、美穂が言う。


「今日はありがとう。すごく良い場所だったね。ご飯もカフェオレも美味しかったし」


「だったら良かった」


「……でも、緊張して全然集中出来なかったから、また来ようね」


「うん、そうだね。また来よう」


 そう言って二人とも、少し照れ臭そうにしながら笑いあった。

 隣を歩く彼の手が、すぐ近くにある。ふいに指が触れ合い、彼の大きな手が美穂の手に絡んで、そっと握られた。美穂もその手を握り返した。


「ね、さっきの温泉の話だけど…」


「……うん」


 そう言われ、美穂は彼の方を見る。

 悠人は、美穂の手をぎゅっと強く握った。


「……楽しみにしてるから」


「うん」


 美穂も、その手を強く握り返した。


 一泊するってどういう意味か。

 ちゃんと分かってて提案した。正直に言うと、そういう事は初めてで、少しだけ不安もある。

 けれどそれ以上に、悠人の誕生日を時間をかけてお祝いしたい思いが強いし、それに、美穂だって楽しみな気持ちは同じだ。



 その夜。シャワーを浴びて、ベッドに寝転んだ美穂のスマホが震えた。


《今日はありがとう。楽しかった。

 それと、美穂の提案、すごく嬉しかった。

 楽しみにしてるね。》


 そのメッセージを見て、思わず枕に顔を埋めた。


(だめだ……ニヤけちゃう……)


 返信をどうしようか悩みながら、ゆっくりと指を動かし返事を書いた。


《こちらこそありがとう。すごく楽しかったよ。

 旅行、私もすごく楽しみにしてる。最高の誕生日にしようね!》


 緊張しながらえいっ、と送信を押すと、すぐに既読の表示がついた。


 美穂は余韻を味わうようにスマホを胸に抱いた。


(好き……)


 恋をするって、こんなにも心が満たされるものなのか。

 幸せな気持ちで、心が満たされていくのを感じた。



 同時刻、悠人もベッドに横になりながら、今日のことを思い出していた。


 美穂の笑顔、さっきの手の温度、そして、美穂が「分かってるつもり」と言ってくれたときの、沸騰するかの様な高揚感。


 帰り道にも言ったけれど、もう一度、本当に楽しみである事を伝えたくて、美穂にLINEを送った。

 すぐに既読がついて、少しして返事が返ってきた。


《こちらこそありがとう。すごく楽しかったよ。

 旅行、私もすごく楽しみにしてる。最高の誕生日にしようね!》


 スマホの画面に書かれている、彼女からの言葉。


 勝手に頬がにやけてくる。


(……好きだ)


 自分らしく、何より、誠実に。

 この恋を、ちゃんと大事に育てていきたいと思った。


 そうして、ふたりの初めての一泊旅行が、少しずつ近づいていた。



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