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年上の後輩社員に毎日ドキドキさせられています  作者: 陽ノ下 咲
本編

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12/40

第十ニ話:ドライブデート

主な登場人物紹介

花村(はなむら)美穂(みほ):二十五歳。会社員三年目。総務部総務課所属。何事にも一生懸命で、誰に対しても親切。裏表のない性格。


真壁(まかべ)悠人(ゆうと):二十八歳。キャリア採用で入ってきた年上の後輩。美穂に一目惚れした。美穂を前にするといつもの様な余裕のある行動が取れない自分に戸惑う。


 夏の空が眩しく輝いている七月中旬の土曜日の朝。

 今日は真壁とのドライブの日。美穂はクローゼットの前で、昨日の夜に何度も迷って決めたワンピースを手に取った。

 可愛くて清楚な雰囲気が気に入って買った、一番お気に入りのモスグリーンのワンピース。


 「……うーん。どうだろ。似合ってる、……よね?」


 鏡の前でひとり呟いて、髪を整えながらも、心臓がドキドキしていた。

 この日のために美容室にも行ったし、メイクにも気合を入れた。それでもやっぱりどうしても、


(……真壁さん、可愛いと思ってくれるかな)


 そんな不安と期待が入り混じった感情が、ずっとつきまとっていた。


 玄関を出てアパートの階段を降りると、真壁が車の横に立って、こっちに手を振っていた。


「おはようございます、花村さん」


 優しい笑顔で迎えてくれて、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 そしてその私服姿を見た瞬間、美穂の心臓が跳ね上がった。


 黒のシャツに、ベージュのパンツ。黒い髪の毛はワックスで軽くセットされていて。シンプルだけど、すごく似合っている。

 職場ではスーツ姿しか見たことがなかったから、いつもと違うその姿に、なんだかどぎまぎしてしまった。


「真壁さん、私服、……似合ってますね」


 会った瞬間から、もうキュンとして胸がいっぱいになってしまったけれど、なんとかそう伝えると、真壁は少し照れたように笑った。


「ありがとうございます。……花村さんも、すごく、……可愛いです」


(嬉しい……。良かった……)


 ほっとすると同時に、顔が熱くなるのがわかった。

 視線を逸らしたくて、慌てて車の方に向かう。


「じゃあ、出発しましょうか。どうぞ」


 真壁がそう言って助手席のドアを開けてくれた。


「はい、ありがとうございます。お邪魔します」


 助手席に腰掛けると、以前車に乗せてもらった時にも香ったリネン系の香りがふわっと香ってきて、緊張した心を少し落ち着かせてくれた。

 

 エンジンがかかり、車が静かに走り出す。


 ハンドルを握る指先に、迷いがない。

 横顔が凛としていて、言葉にできないほどかっこよかった。


 「今日は花村さんとゆっくり話せる場所がいいなと思って、車にしたんです。二人きりだから話しやすいと思って」


 その言葉に、思わず顔を向けた。


「でも今は、こんなに可愛い花村さんを独り占めできるから、車で良かったなって思ってます」


 息が止まりそうになった。

 だけど、言った本人も照れたように笑っていて、心臓がもう、ずっと忙しい。


「そんな、……独り占めなんて……」


「本気ですよ」


 即答だった。

 その声のトーンも、目の色も、冗談じゃないとわかる。


 ブワッと身体全体が熱くなった。



 車が静かに走り出してからしばらくの間、ふたりの間には心地よい沈黙が流れていた。


 気まずいわけじゃない。

 ただ、隣にいるのが真壁だから、妙に緊張してしまって、言葉がすぐに出てこなかった。


「花村さんは、好きな食べ物とかありますか?」


 運転席からふいにかけられたその声に、少し驚いて、慌てて顔を向けた。


「えっと、……オムライスが好きです。卵多めに使ってる、ふわふわしたのが特に」


「オムライスか……。なんか花村さんっぽいですね」


「そうですかね。よく子ども舌だって言われるんですけど、やっぱり美味しくて」


「……花村さん、職場で好きなカフェオレ飲んでほっとしてる時とか、凄く幸せそうじゃないですか。ああいう、好きなものを幸せそうに食べたり飲んだりするところ、俺は良いと思いますよ」


 そう言ってくれた声が、すごく優しくて。


「ふふ……、やっぱり真壁さんは優しいですね。ありがとうございます」


 笑い合った空気の中で、美穂は少し安心して言葉を続けた。


「職場の近くに、個人経営の洋食屋さんがあるんです。真壁さん知ってますか?路地裏の……」


「いや、知らないです。そんなとこあったんですね」


 そう言われ、弾んだ声で言う。


「そこのチーズデミグラスオムライスが絶品で、頑張った日のご褒美にしてるんです」


「へえ、いいですね」


 楽しそうに相槌を打ってくれた真壁に、提案してみる。


「真壁さんも、頑張ったご褒美にどうですか?」


「ご褒美に、ですか?」


「はい!ちゃんと、今日は頑張ったぞって日に行ってくださいね」


「じゃあ、その時は……一緒に行ってくれますか?」


 彼がそう聞いてきて、


「もちろん!私、案内しますよ」


 張り切りながら笑顔で答えた。


「……んー、ちゃんと意味が伝わってない気がします」


 少し残念そうな声。


「え?」


 そう聞き返すと、さっきよりも甘い声で彼が言う。


 「オムライスも楽しみですけど、俺にとっては、……花村さんとご飯を食べることが、何よりのご褒美なので。だから一緒に行ってくれませんか?」


 言葉の意味が、じわじわと胸に染み込んでくる。顔が熱い。


「で、でもそれだと、……真壁さんのご褒美なのに、……私にとってのご褒美になっちゃいます……」


 照れながらそう言うと、助手席の空気がふわっと甘くなった気がした。

 

 彼の方を見ると、耳まで顔を赤くしていて、更に頬が熱くなった。

 

 小さく息を吸い、気を取り直して、今度は美穂が訊き返す。


「真壁さんは、好きな食べ物ありますか?」


 真壁は少し考えてから言う。


「んー、そうだな、和食は全般的に好きですね。魚とか、味噌汁とか……あ、肉じゃが。なんか今、食べたい気分です」


「和食かぁ……。なんだか私も肉じゃが食べたくなってきました」


 そう言うと、彼は楽しそうに笑った。


「肉じゃがって、家庭によって味が違うじゃないですか。うちは白だし多めで、わりとさっぱりめでした。花村さんの家はどんな味付けですか?」


「うちは、みりんと砂糖が多めで、ちょっと甘めでした」


 一瞬、想像してしまった。

 台所に立って、エプロン姿で肉じゃがを作る。その向かいで、真壁が「美味しい」って笑いながら箸を進める姿。


(なんか、それ、すごくいいな……)


「……よかったら、今度作ってきましょうか?」


 自分でも驚くほど自然に出てきた言葉だった。

 彼が息を呑み、黙った。運転している手が、ほんの少しだけ緊張している様に見えた。

 その様子に、よく考えると手作り料理を振る舞われるのは無理な人も多いよね、と思い美穂は咄嗟に謝った。


「あ、すみません。嫌ですよね、手作りとか……」


「そんなわけない」


 食い入るように、強く、でも優しく言われた。


「すごく、嬉しいよ。それ……約束ですよ?」


「はい……」


 胸の奥に、ぽっと明かりが灯った気がした。


 会話が進むごとに、心の距離も少しずつ近づいている気がして、車内の空気はどんどん柔らかくなっていった。


「そういえば真壁さんの誕生日っていつなんですか?」


「九月十八日です」


「そうなんですね!あと二ヶ月くらいですね。何お祝いしようかな」


 美穂がそう言うと、真壁は驚いた声を出した。


「え、祝ってくれるんですか?」


「当然です!真壁さん、何か欲しいものとかありますか?」


 そう聞くと少しの間があった。

 どうしたのかな、と彼の顔を見ると、進行方向を向いている表情が、一瞬凄く切なそうに見えた。

 けれどそれは本当に一瞬で、すぐにいつも通りに戻った。


「……花村さんが、祝ってくれる気持ちだけで充分嬉しいですよ」


 優しい声でそう言ってくれた。

 さっきの真壁の表情に、少しどぎまぎしてしていると、今度は彼に聞かれた。


「花村さんは誕生日、いつですか?」


「私は一月二十日です。お医者さんに、十九日の明朝に生まれるって言われてたのになかなか生まれなくて、結局生まれたのは次の日の夜だったって、親に言われました」


「なんか花村さんらしいエピソードですね」


「我ながら、のんびりしてますよね」


 そう言ってふふ、と笑い合った。


「ね、俺も、花村さんの誕生日にお祝いしても良いですか?」


「え、凄く嬉しいです!」


「やった。じゃあ楽しみにしててくださいね」


 優しい声でそう言ってくれる。


「楽しみにしてますね……」


 この会話だけでもう既に幸せで、美穂の心がほんのり温かくなった。


「……休みの日は、何してますか?」


 真壁にそう聞かれて、美穂は少し考えて答える。


「ドラマ見たり、ですかね。録画して溜めた分を一気見したりして」


「どんな内容なんですか?」


「今期、一番流行ってる恋愛ドラマなんですけど、小説原作の作品があって、それがすごくよくて……原作も読んで、泣きました」


「ああ、確かに今流行ってますよね。……へえ、あれってそんなによかったんですね。読んでみようかな」


「ぜひ……。あと、カフェ巡りも好きです」


「カフェ巡りですか。あ、……花村さんの家の近くにあるブックカフェ、知ってます?」


「え? 知らないです」


 そう言うと、真壁が、


「すごく落ち着く雰囲気で、ゆったり本が読めるんです。花村さん、好きそうだなって思って。……良かったら今度行きませんか?」


 そう提案してくれて。


「行ってみたいです!」


 美穂は嬉しくて、笑顔で即答した。


 また一つ、次の約束ができたことに、嬉しい気持ちが増していく。


「真壁さんは、お休みは何をしてるんですか?」


「本を読んだり、映画を観たり、……わりと地味な休日ですよ」


「どんな本、読むんですか?」


「実用書とか、ビジネス本も読むけど、小説ならミステリーとか推理物が好きですね」


「なんか読む本までかっこいいですね」


 美穂が尊敬の眼差しでそう言うと、真壁は照れた様な声で、


「そんなことないと思うけど。でも、花村さんにそう言ってもらえるなら、悪くないですね」


 そう言った。


「おすすめの本、ありますか?」


「うーん、そうだな……。今度映画になる恋愛ミステリーがあるんですけど、それは花村さんも好きかもしれないです。映画を見てから読むのもいいと思いますよ」


「じゃあ、……映画が公開されたら、一緒に観に行きませんか?」


 今度は美穂からのお誘いに、


「いいですね、行きましょうか」


 真壁が嬉しそうに微笑みながら頷いた。


 話せば話すほど、真壁としたいことが、どんどん増えていく。


 知りたいことも、話したいことも、たくさんある。


「……一緒にしたいことがたくさん出来て、嬉しいです」


「俺もです」


 車の中で交わした言葉ひとつひとつが、静かに、確実にふたりを繋げていった。


 そうして二人を乗せた車は、優しい空気をまといながら目的地へと進んでいった。


 

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