間違いなく君は天使だ②
前回は匣郎が信じていた人に裏切られてしまいましたね。
しかし、どうやら希望の兆しが。
ぜひお楽しみください。
地下の扉が開くと、目の前には無数のモニターが壁一面に並び、電子機器の青白い光が空間を照らしている。
機械音が微かに響き、空調の静かな音が心地いい。
「ここが俺たちの拠点だ」
男は誇らしげに言った。
広々としたリビングにはソファやテーブルが整然と配置され、デジタルスクリーンが壁に埋め込まれている。
その隣には個室が幾つもあり、それぞれがプライベートな空間になっているらしい。
さらに地下深くには射撃場が設置され、照明やターゲットは最新鋭のテクノロジーだ。
壁際には銃のメンテナンスルームも完備されており、専門の工具と機材がずらりと並んでいる。
男は無造作に銃を取り出し、手早く点検しながら言った。
「戦うだけが全てじゃない。メンテナンスも戦いの一部だ。分かるか?」
彼の声は落ち着いていて、どこか頼りがいがある。
動きには細やかな気遣いが隠れていた。
そう、彼はクズマー太。
金髪のセミロングが風に揺れ、すらりとした中性的なスタイル。
一見すると柔和な雰囲気だが、粗野に見えて実は面倒見が良く、口は悪いが仲間思い。
時折見せる笑顔は温かく、たまに毒舌を吐きながらも、誰よりもチームを守る強さがある男だ。
「ここがお前の居場所だ、匣郎。困った時は俺に頼れ」
彼の声には揺るぎない確信が込められていた。
僕は静かに頷いた。
こんな場所に、こんな人がいるなんて、想像もしなかった。
けれど――間違いなく、匣郎はここで新しい一歩を踏み出すのだ。
リビングを後にして、クズマー太に案内されて銃のメンテナンスルームへ向かった。
未来的な照明が淡く輝き、壁に埋め込まれたデジタルパネルが静かに光を放つ。
扉が開くと、そこには一人の男がいた。
黒いジャージに身を包み、背中には大きな黒い羽根がゆったりと広がっている。
その姿は、まるで悪魔のようだった。
「あいつが、夜行∞HIROだ」
クズマー太はそう言いながらも、どこか親しげに「ヒロ」と呼んだ。
匣郎は無意識にその羽根から視線を外せず、心の中で思った。
(この人、まじで悪魔じゃないか……)
ヒロは視線に気づいたのか、少しだけ眉をひそめたが、口元には穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ヒロ、こいつは匣郎。今日から仲間な」
「はじめまして、匣郎」
その声は予想外に落ち着いていて、どこか静かな優しさを感じた。
匣郎はぎこちなく、「は、はじめまして……」と返す。
お互い少し緊張しているのが分かる。
クズマー太は笑いながら言った。
「まあ、最初はみんなそんなもんだ。すぐ慣れるさ」
ヒロは静かに銃のメンテナンステーブルに向かい、手袋をはめる。
その動きは丁寧で確かだ。
クズマー太はそんな二人を見て、くすっと笑った。
「ふたりとも、初対面で妙に緊張してるな。面白いもんだ」
そう言うと、仕事の電話が入ったのか、腰にかけていた無線機を手に取った。
「俺はちょっと仕事があるから、先に行くぜ。あとはヒロが面倒見てくれるから安心しろ」
その言葉に背中を押されるように、クズマー太はさっと基地の出口へと向かった。
二人きりになった空間に静寂が広がる。
ヒロは少し戸惑いながらも、銃の整備テーブルに戻り、僕に視線を向けた。
「匣郎、銃のことは詳しい?」
匣郎は首を振った。全く知識はない。
昔は銃を持ち歩くこと自体が犯罪だったらしいけど、このご時世、武装せずに出歩く方が危険だ。
「そうか……まあ、最初はみんなそうだ」
ヒロの声はゆったりとしていて、どこか落ち着く。
彼は銃のパーツを一つ一つ丁寧に見せながら説明を始めた。
「これはM4カービンの軽量タイプ。扱いやすくて、俺もよく使うんだ」
その話を聞いているうちに、匣郎は少しずつ興味を持ち始めた。
銃というのはただの武器じゃなく、手入れやカスタマイズを楽しむものなんだと知った。
「匣郎、似た者同士だな」
突然ヒロが言った。
「え?」
匣郎が振り向くと、彼は静かに微笑んだ。
「俺も人付き合いはあまり得意じゃない。こうやってじっくり時間をかけて、少しずつ距離を縮めるタイプなんだ」
匣郎もそうだと思った。どこか似ている。
「よし、匣郎のために銃をカスタマイズしてやる。自分だけの一丁を持つのは、きっと特別なことだ」
あれから、3日が経った。
基地での生活にも少しずつ慣れ、僕は自然と朝一番に起きてキッチンに立つようになった。
掃除、洗濯、片付け……気がつけば、家事全般を僕が担当していた。やることが明確な分、むしろ気が楽だった。
「うわ、めっちゃ整理されてるじゃん……」
クズマー太がいつもの無造作な歩き方でリビングに入ってきて、テーブルの上を見て驚いた。
「昨日まで散らかってたのにな。なあヒロ、これ見ろよ。匣郎、めっちゃ気が利くわ」
「……うん、ほんとだ」
ヒロも頷きながら、キッチンの棚に並べられた食器の整然とした並びをじっと見ている。
「生活スキル高すぎる……」
ぽつりと呟いたその声に、僕は思わず笑った。
「いや、なんか落ち着くんですよ、やってると」
「ありがたいけどさ? 逆にプロかと思ったわ。前世どっかの主夫だった?」
「うーん……かも?」
「ノリいいな」
クズマー太が楽しそうに笑って、匣郎の頭を軽くくしゃっと撫でた。
その日の午後。ヒロに呼ばれて、銃の整備ルームに入った。
「……完成したよ」
ヒロがゆっくりと手を伸ばし、メンテナンス台に置いてあった黒とシルバーの精悍な銃を差し出す。
「これ……」
「君のために、カスタマイズしたNGSW-R。反動は抑えめ、グリップは少し細くしてある。扱いやすさ重視」
細部にまで気を配られた設計に、ただ見惚れた。
軽く持ってみると、手に吸い付くように馴染む。
「……かっこいい」
「うん。匣郎に似合うと思ってた」
ヒロの声は、少しだけ誇らしげだった。
「ありがとうございます、ヒロさん」
この感触を、誰かが「僕のために」考えてくれたんだと思うと、胸の奥が熱くなった。
自分の居場所は、きっとここにある——そう思えた。
「どういたしまして。俺も……こういうの、久しぶりだったから」
少しの沈黙のあと、ヒロがふっと表情を緩めた。
「今日は……外で飯でも食べようか」
「え?」
「歓迎会。匣郎がチームに入ったお祝い」
「俺も賛成〜!」後ろから突然声がして、クズマー太が両手を広げながら現れた。
「ちょうど仕事も終わらせてきたところだし。ヒロもたまには外の空気も吸わねぇと」
「……うん、行こっか」
匣郎は自然と笑っていた。ここの空気にも、人にも、少しずつなじんできたことが、嬉しかった。
読んでいただきありがとうございます。