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不穏な皇家、一方なにも知らず変態ぷっぴぃに説教するリタ

 精霊殿から出てきたアドルフォ。その表情は入る時と変わらない。

 いったいどちらだ。失敗か、成功か。

 誰も動かない中、アデライデがアドルフォに近づいた。


「ア、アドルフォ。どうだったの? どんな精霊と契約をしてきたのかしら。私に聞かせてちょうだい」


 固い笑顔を浮かべるアデライデに、アドルフォはほほ笑みかけた。

「母上」

「な、なにかしら?」

「期待に応えられず申し訳ありません。やはり精霊は私の呼びかけに応えてはくれませんでした」


 さらっと答えたアドルフォにアデライデは、いやその場にいる全員が固まった。いち早く我に返ったのは、そうなるだろうと予測していたダニエーレとステファニアだ。


「父上、お返しします」

「あ、ああ」


 受け取った宝石箱。ダニエーレは中身が全てそろっていることを確認して頷き返した。


「あ、ありえないわ。皇帝陛下!」

「……なんだ?」

「もう一度、もう一度アドルフォに機会を与えてくださいませ」

「ならん」

「なぜですか?! このままではアドルフォが皇帝になれないではないですか! それとも、他にふさわしい者がいるとでもっ」

「母上、落ち着いてください」


 アデライデを諫めたのは他でもないアドルフォ。アデライデは信じられないという表情でアドルフォを見やり、そして息を吞んだ。アドルフォの顔に浮かんでいるのはいつもと変わらない笑顔。そのはずなのに妙な迫力がある。


「この場には身内しかいないとはいえ、母上は皇后なのですからそのように取り乱してはいけませんよ」

 どこかで聞いた言い回し。アデライデの頬に朱が差す。

「なっ。わ、私はあなたのためを思って」

「その気持ちはありがたいですが、私はそんな母上を見たくはありません。なにより、する必要がない。そうですよね。父上?」


 アドルフォの視線がダニエーレに向けられた。穏やかな声色に反して、その視線は鋭い。ダニエーレの脳内で警鐘が鳴る。ダニエーレは態度には出さないように気をつけ、頷き返した。


「ああ。精霊に選ばれようが、選ばれまいが皇太子はアドルフォで決定だ。そのようにすでに議会でも話を進めている」


 ダニエーレとアドルフォ以外の皆が驚く。


「そんなのありかよ」


 納得いかない表情でクラウディオが呟いた。精霊に選ばれなかったのはクラウディオも同じだ。皇太子になりたいとは思っていないが、自分と同じく精霊に選ばれなかったアドルフォがなぜ皇太子に選ばれるのか。納得できなかった。


「おかしいじゃねえか!」


 声を張り上げたクラウディオに皆の視線が向く。


「どうして、俺やマルコはダメでアドルフォはいいんだ?! それに、ステファニアはまだ『精霊の儀』を受けてもいないんだぞ? せめてステファニアの番を待ってからだって」

「お兄様」


 ステファニアが一歩前に進む。いつもは皆の後ろでにこにことほほ笑んでいるだけのステファニア。だが、今日は少し雰囲気が違った。その違いを本能的に感じ取ったのか、クラウディオが口をつぐむ。


「私はすでに皇位継承権を放棄しています」

「なっ」

「ですから、私が『精霊の儀』をすることも皇太女になることもありません。そして、お兄様方の条件は皆同じ……であった場合、皇太子の座にふさわしいのは……」


 あとは濁したが、言いたいことは伝わったらしい。クラウディオは眉間に皺を寄せ、今度はマルコを見る。


「おまえはそれでいいのか?」


 コクコクと必死に頷くマルコ。この場にいる全員はすでにアドルフォが皇太子になることに納得しているのだと気付き、クラウディオは舌打ちをして視線を逸らした。


「兄上も納得してくれたようですし、この話はこれで終わり……でいいですよね父上?」

「ああ」

「ではいきましょう母上」

「え、ええ」


 アドルフォが次期皇太子だと聞いてアデライデも冷静さを取り戻したようだ。ただ、それでも不安が完全に消え去ったわけではない。


「大丈夫ですよ。精霊と契約できなかったのは残念ですが、他国では精霊の力に頼らずに国を治めるのが普通。私に、ソレができないと思いますか?」

「そんなことは……」

「母上、私を信じてください。最初は反発もあるかもしれませんが……それも次第に収まりますから」


 そうしてみせるという意思が透けて見える。揺らぎない態度のアドルフォを見てアデライデも完全にいつも通りに戻った。


「そうね。あなたならやれるわ」

「はい」


 仲良く城へと戻って行く親子。前回と同じような展開だが、各々のまとう雰囲気は違う。クラウディオは王城とは別の方向に向かって歩いて行った。残された三人。


 ステファニアは顔色が悪いものの、どこかホッとした様子のマルコに声をかけた。


「マルコお兄様」

「ステファニア……」

「大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」

「でしたら、私たちも戻りましょう。……お父様も。お父様?」


 ステファニアの二度目の声がけでダニエーレは我に返った。すぐにほほ笑みを浮かべ「私たちも戻るか」と呟く。歩きだすダニエーレとマルコ。ステファニアはその数歩後ろを歩いた。じっとダニエーレの背中を見つめながら。

 ――これでいいはずなのに、嫌な予感がするのはなぜかしら?

 終始ほほ笑みを浮かべていたアドルフォの瞳に宿る狂気の色を見たからか。それとも、ダニエーレがアドルフォへ向ける視線に気づいてしまったからか。ざわつく心臓をドレスの上から押さえ、ステファニアは歩き出した。



 ◇



「えいやーっ!」


 というかけ声とともにリタは畑を耕す。そこは以前、ピーマンを植えていた区画だった。今日から別の野菜を植えるため、一度耕しなおすことにしたのだ。

 今、圧倒的に足りないのは小麦。一人増えたくらいでさして食事量は変わらない……と思っていたけれど、甘かった。男性の食事量はすごい。あの細い体のどこに入るのか。アルと一緒に暮らし始めてから、小麦の消費量が倍になった。


「これで本当にできるのか? 私は素人だが、こんな狭い畑でこんなにたくさんの種類の作物が育つというのが信じられないのだが? 前々から感じていたがココはいろいろとおかしくないか?」


 ぶつぶつと呟いているアルを放置し、リタはマロンと一緒に小麦をまいていく。そして、アズーロと一緒に水をやった。アルに手伝ってもらわないのは、単に戦力にならないから。というわけではないが……なぜかリタがこの作業をやらないと作物がうまく育たないからだ。


 生前、母は言った

「リタが愛情を注げば注ぐほど、食物は育つのよ」

 と。


 その言葉のとおり、リタが愛情を注げば注ぐほど、食物は育った。やはり、母の言葉は正しい。ただ、愛情の注ぎ過ぎには注意だ。規格外すぎる大きさの野菜が育ち、収穫が大変になってしまう。愛は与えすぎるのもよくないのである。ほどよく。ちょうど良い距離を保つのが大事だ。それは畑にも、森にも、動物にも、きっと人間に対しても……。


「アル~」

「どうした?」

「そこの野菜収穫しておいてくれない? 私たちが食べきれる分だけでいいから」

「……わかった」


 諦めたような表情で頷き返し、早々に腕まくりを始めるアル。アルの白い腕が現れた。畑仕事を始めてからは、若干健康的な色になってきた気がする。が、それでも白い。何より細い。筋肉がついていないわけではないようだが……少なくともリタが知る男性の中では一番細い。

 けれど、そんなことを口に出したら拳が飛んでくるだろう。もしくは、いつもの十倍くらいの暴言を吐かれる。見た目に反してその中身はなかなか凶暴なのだ。


 ――最初に会った時はまるで王子様みたいだと思ったんだけどな~。


 今となってはまるで口うるさいお母さんのようだ。いや、意外とポンコツで精神年齢もリタとさほど変わらない印象があるから、お母さん、ではなく兄(姉?)あたりか……。


「マロンどうしたの?」


 マロンが指を差した先には緑の塊があった。見覚えのある小鳥が倒れている。考えるよりも先にリタは駆け寄った。

 急いで、けれどむやみやたらに揺らさないように慎重にヴェルデを抱える。そして、家へと足早に戻った。


 焦った様子で帰ってきたリタに気づき、くつろいでいたぷっぴぃたちも体を起こして集まる。


「プピッ?!」

「しっ」


 ヴェルデを診る。そして、深い溜息を吐いた。


「気絶、しているだけみたい」


 外傷はない。けれども、安心はできない。目に見えないところにケガを負っている可能性や、病気の可能性もある。ヴェルデが精霊だとは知らないリタは本気で心配していた。


「なにがあった?」


 後ろから声をかけられ、ビクッと体を揺らした。

 すっかり、アルの存在を忘れていた。


「あ、えっと……たまに遊びにくる子が倒れていたから様子を見ているの」

「鳥? 生きているのか?」

「生きているわ」


 ムッとした顔で言い返したリタに、アルは驚いた顔をして……少し申し訳なさそうな顔で「そうか」と返した。


「……たしかに、寝ているだけのようだな」

「え?」


 アルに言われてヴェルデを見ると、先程とは違い、健やかな顔で寝息を立てている。その周りにいるぷっぴぃたちも「プピッ」と言い、「安心していい」と言っているようだった。リタはホッと息を吐く。いつもの三角ハウスを机の上に移動させ、その中にヴェルデを入れてやった。


 ヴェルデが目を覚ましたのは夕飯時。匂いにつられたのか三角ハウスから出てきた。


「おはよう」


 リタの声がけに、ヴェルデが頭を下げ返す。寝起きのヴェルデに水、そして好物の豆とトウモロコシを用意した。早速がっつくヴェルデ。好きなだけ食べた後、満足げに顔を上げ……そして、アルを見て固まった。アルは興味深げにヴェルデを見ている。


「よくなついているのだな」

「でしょう~。うちを気に入ってくれてるんだと思う」

「か、もともと人に飼われていた鳥か。人に慣れているようだしな」

「この近くで捨てられたってこと?! そんなまさかっ。ヴェルデ! そうなの?!」


 ヴェルデは慌てて首を横に振る。が、リタの心配そうな視線は変わらない。困っていると、「にゃ~」とネロが鳴いた。その声を聞いた途端ヴェルデは羽ばたき、ネロの隣に着地する。そこに集まる他の動物たち。どうやら動物会議が始まるらしい。邪魔はしないでおこうと、それ以上の詮索はリタも止めた。


 腹が落ち着いた頃合を見計らってリタはアルに声をかけた。


「アル。そろそろお風呂、入る?」

「ん? ああ」


 アルの瞳が輝く。珍しく浮かれているようだ。「貧血症状が落ち着くまでは入浴禁止!」とリタから止められていたせいだろう。ようやく解禁だ。

 着替えと体を拭く布を渡せば、意気揚々と出て行った。

 風呂は外にある。以前は村で共同で使っていた薪風呂だ。普段はガス風呂に入っているらしいアルは初めてだと、別の意味でも嬉しそうにしていた。


 アルを送り出してから数十分。なんだかそわそわする。心臓が落ち着かない。深呼吸して、ネロのブラッシングで気を紛らわせようとした。そして、ふと気づく。


「あれ? ぷっぴぃは?」


 いるはずのぷっぴぃがいない。『まさか!』と立ち上がったと同時に外から「リタ!」と名前を呼ぶ声が聞こえてきた。慌てて家を飛び出す。


 外にある薪風呂は一応覗き見防止の柵で囲われている。外から声をかける。


「どうしたの?!」

「ぷっぴぃが!」


 アルの切羽詰まった声を聞いて、リタは入口の鍵を開けて中に飛び込んだ。


「ぷっぴぃ!」

「リタ、ぷっぴぃがっ」

「ぷっぴぃっ」


 アルの手に抱えられているぷっぴぃはぐったりしていた。


「もしかして一緒のお風呂にいれたの?」

「あ、ああ。ぷっぴぃも入りたそうにしていたから……でも、ぷっぴぃには熱すぎたんだな。すまない。私のせいで」

「う、ううん」


 なんとなくぷっぴぃの行動が読めてしまった。アルは自分を責めているようだが、おそらく悪いのはぷっぴぃだ。いつもはぬるま湯を桶にはって、そこにぷっぴぃを入れてやるのだ。今までリタと一緒に入ろうとしたことなんてなかった。つまり……ぷっぴぃはただアルと一緒のお風呂に入りたいがために無茶をしたのだ。そもそも、ついていった時点で下心しかなかったはず。


 内心呆れながらも、アルに気にしないでと言おうとして顔を上げた。そして、言葉を失う。


「っ!」


 濡れた髪の毛。上気した肌。細いと思っていたが、想像よりきちんとついている筋肉。そして……おそらく下を向いたら未知の物体が……。

 リタはぷっぴぃをアルの手から奪い取り、勢いよく後ろを向いた。


「ぷっぴぃは私に任せて、アルはお風呂の続きをどうぞ。風邪はひかないようにネ!」


 返事を聞く前にその場を飛び出した。


「ぷっぴぃ~。次からはアルのお風呂についていったらダメだからね!」

「プピィ~」


 水分補給をして、体を冷やして、すっかり元気になったぷっぴぃに説教をする。が、どうやら反省はしていないらしい。とても不服そうな表情を浮かべている。そんなぷっぴぃにネロが呆れた目を向けた。


「はあ」


 リタは諦めてぷっぴぃから視線を外した。下心も恋心もないはずなのに、脳裏からアルの姿が消えてくれない。男性への免疫がないせいだろうか。

 ――落ち着け心臓! せめてアルが帰ってくるまでにっ。

 リタが呻き声を上げる一方、ぷっぴぃは壁の方を向いてなにやらプヒプヒ鼻を鳴らしていた。その顔はだらしなくにやけきっている。たまたま目にしてしまった者は「あれは見てはダメだ!」とばかりに、さっと視線を逸らしたのだった。

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