リタは友との時間を謳歌し、アルの甘すぎる視線に戸惑う
日が昇り始めるよりもはやく、使用人たちがようやく動き出す時間帯に、リタは外にいた。
「ん~」
背伸びをして、息を吐きだす。次いで、空になった肺に新鮮な空気を送り込む。
リタはこの感覚が好きだ。一日が始まったのを実感できるから。
「よし! 今日もやりますか」
やる気に満ちたリタの両脇にはぷっぴぃ、ネロ、アズーロ、マロン、ロッソ、ヴェルデと精霊たちが動物の姿で並んでいた。この時間帯、リタの畑に人は寄り付かない。かつ、もし誰かに見られたとしてもこの屋敷の住人なら大丈夫という安心感もある。
リタの目の前に広がっているのは、アルフレードがリタのために用意してくれた畑だ。左手にあるのが野菜用、右手にあるのが薬草用。そして、その奥にあるのが調剤小屋だ。
リタは腕まくりすると、まずは土の乾き具合や、畑になっている野菜や薬草の状態を見るべく歩き回り始める。とはいっても、小さな畑なのでさほど時間はかからない。精霊たちはリタの後ろに続くものもいれば、思い思いに動き回っているものたちもいる。
「うん。いい感じ」
リタは摘み頃の野菜たちを左手に持っている籠の中へ、ポイポイと入れていく。収穫した野菜の半分はコックに任せ、もう半分はリタが自分で使うものだ。精霊たちと一緒に育てた野菜は市場に出回っているものよりも品質が高く、なぜか元気になれると評判。リタも精霊たちも皆への日頃の感謝を込めて、野菜を大切に育てているのでそのおかげかもしれない――とリタは思っている。
ちなみに、リタが自分で使うその理由は、精霊たちもアルフレードもプロが作った料理よりもリタが作った料理を喜ぶからだ。だから、いつもリタは彼らへのご褒美やお礼になにかしらを作っていた。最近では調理場にリタ専用のエプロンも用意している。その姿を見にわざわざアルフレードが顔を出すこともあるので、リタがいる時間帯の調理場は妙な緊張感が漂っていた。
それもそうだろう。彼らの雇い主とその妻が仲良くしているのは大変喜ばしいことではあるが。リタがコックらにアドバイスを求め話しかけるたびに、主から無言の圧が降りかかってくるのだから。コックらの中では、できる限りリタに近づかないように、けれど彼女の邪魔もしないようにという暗黙の了解が共有されていた。特に若いコックに。
リタが野菜を収穫している横で、ロッソは高速移動しながら地面を這いまわり、ぷっぴぃはぷひぷひ言いながら背中を地面にこすりつけている。ネロはまだまだ眠いようで、丸くなって寝ている。
マロンはリタが収穫を終えたところから順に土に触れ、新しいふかふかの土の状態に戻している。ヴェルデが器用に嘴を使い、新しい種を植え、アズーロが水やりをしている。見事な連携でリタの出る幕はなさそうだ。
「あ!」
微笑ましい光景に目を奪われていたのが災いしたのか、リタは小石に躓き倒れそうになった。しかし、ふわっと風が巻き起こり体が元の位置に戻る。
「あぶなかった~……ありがとうヴェルデ」
『いえ』
気恥ずかしそうな声でヴェルデが応えた。それに対し、ロッソが声を上げる。
『おー。おまえ、力の使い方うまくなったな』
『え! 本当ですか?! あ、でもそれはマロンさんやアズーロさんが指導してくれたおかげでして』
『あら、ヴェルデが努力したからよ。ねえ』
『うん。そうだね』
先輩からの誉めの言葉にヴェルデは恐縮した様子だが、声色には嬉しいと思う気持ちがにじみ出ている。
(よかった。すっかり打ち解けているみたい)
アズーロやマロンが気にかけていたから大丈夫だとは思っていたが、ロッソが兄貴肌だったのは驚きだ。
不意に足を何かが突く気配がした。
「ネロ? どうしたの?」
寝ていたはずのネロがいつの間にか起きており、リタの足の甲に前足を置いている。
手を伸ばすと寄ってきたので、そのまま抱きかかえた。ネロは目を閉じ、リタの胸にすり寄る。リタは反射的に彼女の頭を撫でた。ネロは気持ちよさそうにされるがままだ。
「あー! ネロッてば抜け駆けして! 仕事してないくせにっ」
ぷんぷん声を上げたのはぷっぴぃだ。彼女は雑草抜きを手伝ってくれたらしく、口元が土で汚れている。彼女の足元には根っこから引っこ抜かれた雑草が散らばっている。
リタはネロを抱えたまま、しゃがみこんだ。
「ぷっぴぃ。お手伝いありがとうね」
ぷっぴぃの頭を撫で、ついでに彼女の土汚れを拭ってやると嬉しそうに目を閉じる。どうやら、これで機嫌は直ったらしい。
その時、「ふっ」と漏れ出たような笑い声が聞こえてきた。
「! ぷぴっ」
ぷっぴぃがいきなり体を起こしたかと思えば、振り向いた。リタも彼女の視線を追い、顔を上げる。
そこにいたのはアルフレード。白いシャツに黒のスラックスという軽装。なのに、輝かんばかりの魅力があふれ出ている。ぷっぴぃの目も輝いている。なんなら今にも涎が垂れそうだ。
「アル」
「リタも皆も朝から元気だな」
「ま、まあ……私たちにとってはいつものことだし。というか、アルこそまだ寝てなくてよかったの? 昨日も遅かったでしょ。あ、もしかして部屋を出る時にうるさくしちゃってた?」
「いや、自然に目が覚めただけだ。アンナに聞いたらもう起きているようだと言っていたから、きっとここだろうと思ってな」
「そっか……あ」
徐に近づいてきたかと思えば、アルフレードはぷっぴぃを抱え、リタが持っていた籠をも奪った。
「手伝う」
「あ、ありがとう」
「いや、今日は……納品の日だろう?」
「うん」とリタは頷き返す。
今日は王国騎士団への納品と、ステファニアに会いに行く日だ。
「なら、私も途中まで付き合う。せめて納品が終わるまで」
「え、でも……大丈夫なの? その、時間とか」
「ああ。そのつもりで、昨日は仕事を前倒ししておいたから」
そこまでしてくれているなら断るのは逆に失礼かと受け入れる。リタとしても、ひとりで納品に行くよりもアルフレードと行く方が心強い。
リタは歩きながら、そっと横目でアルフレードを見上げた。
「どうした?」
すぐさま気づかれ、アルフレードが首を傾げる。
リタは慌てて「なんでもない」と顔を逸らした。顔が熱い。
最近のアルフレードはおかしい。出会った当初はつんけんしていたのに、今はなんというか……甘さ80%増しという感じだ。
アルフレードが『本物の夫婦になりたい』と言い始めてから。もっと言えば、リタが瀕死のアルフレードをぷっぴぃたちと力を合わせ救った後からは特に甘くなった気がする。
そして、それ以上に変なのは自分自身。アルフレードの言葉や態度に逐一振り回されている気がしてならない。
(アルといると心臓が落ち着かない……)
◇
王国騎士団訓練場前で、リタとアルフレードを乗せた馬車は止まった。
姿は見えないが、訓練している騎士たちのかけ声が聞こえてくる。
彼らもきっとリタと同じように朝早くから起きて体を動かしているのだろう。すごいことだと感心する。
しかし、それとは別にリタはこの納品の時間が少々苦手だった。女性からの意味深な視線を浴びるのも苦手ではあるが、男性からの視線は別の意味で苦手なのだ。アルフレードと一緒にいる時はまだマシだ。ほとんどの視線がアルフレードの方に向くから。だから、今日はいつもよりも安心していた。
「あれ……今日はビンセントさんひとりですか?」
馬車から降りると待っていたのは、副団長のビンセントひとりだった。いつもなら、団長のレオポルトとふたりで迎えに来てくれるのだが。
ビンセントが淡々と答える。
「申し訳ありません。本日、団長は別件の仕事が朝から入っておりまして不在なのです」
「そうなんですね」
なるほどと頷いた後、どうしようかと馬車を見やった。今日はいつもよりも納品数が多いのだ。持ち切れるだろうかという不安が頭に過る。アルフレードは残念ながら戦力外だ。力仕事には向かない。
リタの表情から言いたいことは伝わったのだろう。
「中を拝見しても?」
「あ、はい。どうぞ」
ビンセントは確認した後、「この程度なら大丈夫です」と告げた。
そして、宣言通り軽々と傷薬やら酔い止めが入った箱を抱えたのだ。正直驚いた。団長のレオポルトは筋骨隆々で見るからに力持ちだが、副団長のビンセントはすらっとした体形なので言ってしまえば騎士らしくないのだ。
(も、もしかしてこれが細マッチョというやつ?!)
「す、すごい」
「……私もこう見えて騎士ですからね」
ビンセントの言葉でリタはギクッと体を強張らせる。
(しまった。……失礼かましまくっちゃった)
リタは反省して今度こそ口を閉じた。黙って歩くスピードを速め、納品目録と薬の処方控えを持って追いかける。その後にアルフレードが続いた。
なお、リタは気づいていなかったが、アルフレードは気づいていた。ビンセントの耳が赤く染まっていることに。アルフレードの眉間の皺がいっそう深くなる。――これだから、リタをひとりにしてはおけないんだ。次からも絶対に一緒に行こう。という心の声は本人以外には届かなかった。
改めて休憩室で納品の確認を三人でし、受領のサインをビンセントからもらった後、リタとアルフレードは王城へと馬車に乗り移動した。
(この後はステファニア姉様とのお茶会。例の各国の性質と、精霊について聞くのを忘れないようにしないと……)
頭の中で、先日したアンナとの議論の題目を整理しながら、リタは停車した馬車から降りようとした。
「……アル?」
出口をふさぐようにアルフレードの手が伸びてきており、リタは戸惑って彼の顔を見上げた。そして、息を呑む。
(ち、ちかい……)
「あ、あのアル。どうしたの? なにか話でも……」
「リタ」
「う、うん? ……もしかして、なにか怒ってる?」
じっとリタを見つめるアルフレードの顔は真剣で、なにかに怒りを抱いているようにも、焦りを覚えているようにも見える。
「……私が怒っているように見えるか?」
「……う、うん」
アルフレードは驚いたように目を丸くする。
(え?! なにそれ、どういう反応?!)
リタが戸惑っている間にアルフレードは自己解決したようで、しきりに頷いていた。
「そうかこの不快感が……これが……」
「え、今なんて? っていうか、怒っているのいないのどっちなの?!」
「いや、ちょっと待ってくれ」
片手でリタに制止をかけ、もう片方の手で己の口元を押さえて黙り込む。
リタは待てと言われたので待つことにした。が、正直アルフレードが何を考えているのかわからずもやもやしている。
しばらくしてアルフレードが絞り出したような声で呟いた。
「リタに対して怒ってるわけじゃない」
「……本当に?」
「本当に」
「じゃあ誰に怒ってたの?」
「誰に……いや、怒っていたわけでは……ない……」
「……そうなの?」
「ああ」
「……そっか」
気まずげな様子のアルフレードを見て、これ以上の追及はやめた。彼がしてほしくなさそうだったから。その後のアルフレードはいつも通りで、リタをステファニアのところまで紳士らしく、エスコートしてくれた。
なお、人間に見つからないように姿を隠し一部始終を見ていたぷっぴぃは『く~たまんないわ~嫉妬するアルも、鈍感リタも最ッ高』と悶えており、他精霊たちにドン引きされていたのだった。




