リタとアルは華麗なる逆転劇を陛下に捧げる
毒を口にした皇女を助け、一安心。かと思えばいきなり犯人扱いされたリタ。怒涛の展開に追いつけず、目を白黒させる。
今日初めて会ったはずの給仕係はリタを指さし、「あの人に頼まれました!」と主張している。
――なに言ってるの?
そう口にしようとした瞬間、一人の女性に遮られた。ギーゼラだ。左手に持った扇で口元を隠し、声高に述べる。
「まあまあまあ! なんてことかしら! 第二王子の婚約者が皇女様に毒を盛るなんて!」
ギーゼラの言葉に、観衆がざわつく。リタへ疑いの目が集まる中、示し合わせたかのようにダゴファ―伯爵が続く。
「おまえに指示を出したのは、あの女で間違いないんだな?」
「は、はい! 薬を入れたグラスを皇女様に渡すようにと頼まれました。ですが、私はその中身がどのようなものかまでは知りませんでした。ただ、言われたとおりに行動しただけです。本当です!」
「ほう。毒をグラスに入れたのはあの女だと」
「はい。私の目の前で入れたので間違いありません。あの方が薬師だということは知っていましたから、私はただの薬だと信じ……騙されたのです」
「まあ! なんて卑劣なやり方なのかしら。もしや……最初からそのつもりでアルフレード王子に近づいたのかしら?」
その一言で、一斉に皆がリタを睨みつける。多くの殺気を向けられ、さすがのリタも怯みそうになった。しかし、アルフレードが前に出てリタを庇ったことで、それもすぐに霧散する。
アルフレードはリタ以上に怒りを露わにし、ギーゼラを睨みつけている。そんな彼を見て、ギーゼラは少なからずショックを受けているようだった。
不意にぷっぴぃとネロの声が聞こえてきた。
『なにが「最初からそのつもりで~」よ! 演技が下手過ぎて、呆れちゃうわ。自分たちこそが犯人のくせに!』
――あ、やっぱりそうなんだ?
『ええ。あの給仕係も共犯者よ。あの小娘が給仕係に話しかけるところも、グラスに毒を入れるところも見ていたから間違いないわ』
――さすがネロ! あ、でも、それをこの場でなんて説明すればいいのか……。
ネロたちの存在をこの場で公表するわけにはいかない。どうしたものかと頭を悩ませていると、ぷっぴぃの『それなら大丈夫!』という声が脳内に響いた。
『あの小娘、私怨にかられて余計な行動をして、証拠を残しちゃってるから!』
――え?! 本当?!
『本当! 一つはリタのグラス。あのグラスにも毒が入っていたのはリタも気づいていたでしょ? アタシが教える前に飲むのやめてたし』
――ああ、うん。においが変だったから。
『アタシの憶測だと、もともとの計画にはリタに毒を盛る予定なんてなかったんだと思うのよね。だって、リタを犯人に仕立て上げるつもりなら、そんなことする必要なんてないもん。あの給仕係も小娘がリタのグラスに毒を入れた時、戸惑っている様子だったし』
――へえ……っていうか、すごい観察力だね!
『ふふん! きっとあの小娘はリタとアルのラブラブな様子を見て、嫉妬心に駆られ、衝動的に動いてしまったのよ。そして、そのせいで決定的な証拠品を手放す機会を失ってしまった』
――決定的な証拠品って?
『そ・れ・は! 毒を入れていた小瓶よ! 本来なら騒ぎが起きる前にリタに近づいて、こっそりドレスの下の巾着袋にでも入れるつもりだったんでしょう。でも、あの小娘はそうせず、リタが毒を飲む瞬間を自分の目で見ようとして、その機会を失った』
『いつまでも飲もうとしないリタをずっとイライラした様子で見ていたものね』
ネロが呆れたような口調で告げる。
――なにそれ、こわっ。
『ほんと、女の嫉妬って醜いよね~』
『それで墓穴掘ってるんだからざまぁないわね。……と、いうことで』
『さあ、リタやっちゃってよ!』
――うん! ありがとうね二人とも!
ここまで二人がお膳立てしてくれたのだ。絶対に逃がさないとダゴファ―親子を見据える。
追い詰められるどころか余裕綽々のリタに、親子がいら立ったように顔をしかめる。その表情がそっくりすぎて、内心笑ってしまった。
リタは国王を見やり、片手を挙げる。
「発言してよろしいでしょうか」
すぐさまダゴファー伯爵が口を挟む。
「はっ。今更言い訳したところで無駄だぞ」
「許可する」
「陛下!」
「おまえは黙っていろ」
「っ、」
渋々口を閉じたダゴファ―伯爵。そんな彼に冷たい視線を送りつつ、弁明の機会を与えてくれた陛下にぺこりと会釈する。興味深げな視線を向けられている気がするが、今は無視し、まずは給仕係に話しかけた。
「先ほど、あなたは『私に頼まれた』と言いましたね。その発言に間違いはありませんか?」
「はい。その髪色と、その瞳の色、間違いありません」
自信満々に給仕係が頷く。
「それはいつの話ですか?」
「え?」
「よーく思い出してくださいね。私はいつ、あなたに頼んだんですか?」
「それは……」
「あなたの話だと、私はあなたの前で毒を仕込み、それを皇女様に渡すよう頼んだんですよね? でも、私の隣にはずっとアル……アルフレード王子がいた。私はいつ、彼の目を盗み、そのようなことができたのでしょう?」
アルフレードを見やれば、リタの言葉が正しいとでもいうように頷いている。
「そ、それは……! パーティーが始まる前です!」
「へえ……パーティーの最中ではなく、始まる前に、ですか。では、それはいつ頃でしょう? 準備時間に私は行動を起こしたということですから、おおよその時間は限定できるはずですよね。……あなたの記憶があっているなら」
「……っ」
まさかこの場で自分の方が問い詰められるとは想定していなかったのだろう。目に見えて狼狽え始める給仕係。その時、ダゴファ―伯爵が口を開いた。
「これは誘導尋問だ! 記憶があいまいな給仕係を利用し、後々自分が有利になるよう誘導している。そうはさせんぞ! 陛下! これ以上は時間の無駄です。それよりも、さっさとこの女を捕まえ、調べましょう。なに、すぐに証拠は出てくるはずです!」
――まだ人が話している途中でしょうが! まあいい。給仕係の証言自体が信ぴょう性に欠ける、と周りに印象付けられただけで十分。
この場の主導権をなんとか取り戻そうとしている、ダゴファ―伯爵へと標的を変える。
「ダゴファ―伯爵はどうしても私を犯人にしたいようですね」
「どうしてもなにも、お前が犯人だろう。いかに凄腕の薬師とはいえ、毒薬の種類を瞬時に把握し、その場で解毒薬を作ってみせるなど実に怪しいではないか! あれこそ、おまえが犯人である証拠だ」
ダゴファ―伯爵の言葉に「たしかに」と頷く者が数名。
再びリタへの疑いの目が強まる中、自分の勝ちを確信しているような表情のダゴファー伯爵。
――次はその表情を崩してあげる。
「ではなぜ……犯人であるはずの私のグラスにも毒が入っていたんでしょうか?」
「……は? おまえのグラスにも毒が入っていた? いったいなにを言い出すかと思えばそんな……」
鼻で笑おうとしたダゴファ―伯爵はハッとした顔でギーゼラを見た。ギーゼラは顔をこわばらせ、ダゴファ―伯爵と目があった瞬間、逸らした。
――ギーゼラは私がグラスに口をつけていないから、毒に気づいていないとでも思っていたんでしょうね。
ギーゼラの反応を見て、己の計画が娘によって崩されたことを理解したのだろう。ダゴファ―伯爵の顔が忌々しげにゆがむ。が、それも一瞬。ダゴファ―伯爵はやれやれと首を横にふった。
「多少は知恵が回るようだが、私は騙されないぞ。おまえのグラスにも毒が入っていたのは、こうして怪しまれた時に言い逃れできるようにだろう。なんて狡猾な女だ。私が貴様の作戦を見抜けなければどうなっていたことか」
ダゴファ―伯爵の頭の回転の速さに感心する。が、それだけだ。残念ながらリタには、さらなる一手がまだ残っている。
リタはクスクスと笑った。場違いな笑いに訝しげな表情を浮かべるダゴファ―伯爵。
「その言葉……そっくりそのままお返しします」
「は?」
「あなたの作戦が成功していたら、どうなっていたことか。……残念でしたね」
「なにを……」
「陛下」
リタはおもむろに国王に視線を向けた。
真顔で「なんだ?」と返す国王。だが、その目は笑っている。この状況を面白がっているのだろう。内心嘆息しながら告げる。
「これ以上長引かせても時間の無駄なので、サクッと真犯人と証拠品を提示してもよろしいでしょうか」
リタの言葉にダゴファ―伯爵が口を挟もうとするが、それより先に国王は頷き返した。
「そうだな。サクッと頼む」
「はい。ではまず、証拠品を……」
スタスタとギーゼラの元へと歩いていく。
――えっと、どこに隠し持ってるんだったっけ?
『右手に持ったままよ』
――ありがとう。
リタはおもむろに畳んだ扇を振り上げると、力いっぱいドレスに隠れているギーゼラの手を打った。予期することも、反射的によけることもできなかったギーゼラはあまりの痛さに小瓶から手を放す。
「あっ」
裾から転げ落ちる小瓶。慌ててギーゼラが手を伸ばすが、リタはそれよりも早く拾い上げた。
――ふん! そんなお上品な手つきに負けるわけないでしょうが。
「そ、それを返しなさい!」
「嫌です。というか、この流れで返すわけないでしょう。陛下、こちらが証拠品です」
「ち、ちが、それはただの栄養剤で」
「この中身と皇女様のグラス。そして、アルに預けている私のグラスの中身を調べてください。真犯人はもう言わなくてもわかると思いますが、ダゴファ―伯爵とその娘である彼女です。あ、給仕係の彼も共犯者ですね!」
予想外の展開故か、それともこの場ではなにも言わないのが得策だとでも思ったのか、ダゴファ―伯爵は口を閉ざしている。
国王はアルフレードが持っているグラスを一瞥すると、片手を挙げた。すぐに騎士が動き、証拠品を回収していく。リタも小瓶を渡そうとした。
その時、「だめっ!」とギーゼラが勢いよく小瓶に飛びかかろうとする。が、足がもつれたかのようにその場で倒れた。淑女のしゅの字もない見事な床へのダイブ。誰かが失笑を漏らし、それにつられたかのように何人かが笑う。うつ伏せのままのギーゼラから泣いているような、唸るような音が聞こえてきたが、同情心は浮かばない。
足が影に縫い付けられ、倒れた瞬間を見ていたのはおそらくリタとアルフレードだけだろう。
『ふんっ』
――ネロ。ありがとう!
誰も不自然さは感じていないようで、ホッとする。そして、今度こそ騎士に小瓶を手渡した。
「詳しい話は別室で聞こう。三人を連れて行け!」
国王の声かけで残りの騎士たちが動く。連れていかれる親子と給仕係。給仕係は早々に観念し、伯爵は当初の計画を崩したギーゼラを睨んでいる。そして、ギーゼラはこんな時でさえ、救いを求めるようにアルフレードを見ていた。そんなギーゼラの視線に気づいたのか、アルフレードが一度彼女を視界にとらえた。
ギーゼラの顔に喜びが走る。しかし、次の瞬間、アルフレードはギーゼラから視線を逸らし、リタの腰に手を回し、耳元で囁いた。
「リタ、疲れただろう。大丈夫か?」
その声はギーゼラにも届く。自分には決して向けられることはない甘い声。
以降、ギーゼラには一瞥もくれないアルフレード。彼女の目に宿っていた最後の希望が、音を立てて砕け散る。ギーゼラはおとなしく、騎士に引きずられ会場を後にした。
一時期は王太子の婚約者候補にも名が上がっていたギーゼラと、その父であるダゴファ―伯爵親子の終幕。そして、リタのおかげですみやかに解毒し、事件も解決できたとはいえベッティオル皇国の皇女に毒が盛られたという事実。
なんとも言えない空気の中、パーティーは終わりを迎えた。
◇
城内に用意された自分の部屋に戻ったリタは、お風呂も済ませ、すっきりとした体でベッドに転がっていた。そんなリタを労わるようにぷっぴぃたちが現れ、囲う。リタは手を伸ばし一番近くにいたぷっぴぃを抱きしめた。
「あー疲れたよー」
『お疲れ様リター』
『変なのに巻き込まれたら疲れもするわよね』
ネロも隣にきて慰めてくれる。
「だよー。昔、お母さんとした『お姫様ごっこ』に『悪役』が出てくることもあったけどさ……やっぱり本物の悪役って違うね。リアルな悪役を相手にするのってこんなに面倒なんだって身に染みたよ」
『あー……でもね、あれはまだかわいいほうよ』
「え?」
ロッソがネロの言葉にうんうんと頷く。
『王族や皇族に暗殺や、謀はつきものだからなー』
「えー」
ドン引きのリタにロッソはけらけらと笑う。
『でも、リタは黙ってやられる玉じゃねえだろ』
「当たり前でしょ。そんなやわな育てられ方はされてないし……命のやり取りっていう意味では私もそれなりに経験あるんだから。ビビってる暇があったら、こっちからヤるわ!」
リタの言葉にロッソは爆笑する。
『あー! やっぱ俺、リタのそういうところ好きだわ~!』
「え? そういうところってどういうところ?」
『だから、そういうところ~』
「わかんないって~!」
「もー!」と声を荒げるリタと、げらげら笑うロッソ。そんな二人を見てクスクス笑う皆。
「ずいぶん楽しそうだな」
「アル!」
「一応言っておくが、ノックはしたからな」
「ごめん。話が盛り上がりすぎて気づかなかったみたい。入って入って」
上半身を起こし、ベッドからアルフレードを手招くリタ。一瞬迷ったアルフレードだったが、素直に入室する。ぷっぴぃたちは黙りはしたが、姿は消さず、皆思い思いにくつろいでいる。
「で、あの後どうなったの?」
「給仕係は捕まった後、すぐに自白した。そのことを加味して、囚人労働施設に終身収容。そして……ダゴファ―親子は処刑が決まった」
「え」
正直、驚いた。あの毒が命を奪うものではなかったとはいえ、皇女を狙ったのだ。最悪そういうこともあるだろうな、とは思っていた。ただ、こんなに早くその判決が下されるとは思っていなかった。
「以前にも言ったかもしれないが、ダゴファ―伯爵にはもともと黒いうわさが多くあった。だが、彼を裁くための決定的な証拠がなかったんだ。今回を逃せば、次はないかもしれない、と陛下は判断した。実際、あの場でリタが真相を暴かなければ、いつものようにダゴファ―伯爵の思い通りになっていただろう。陛下もリタに感謝していたよ。おかげで表立って家宅捜索や捜索差押ができるようになったってな。そのうち余罪の証拠も見つかるはずだ」
「そっか……」
「ギーゼラについては、本人の希望だ」
「え?」
「最初、あの女も囚人労働施設に入れる予定だったんだが、本人がそれを拒んだ。それなら、毒杯を選ぶと」
「毒杯を……」
「ああ」
『あの女、アルに完全に振られたから生きる希望見出せなくなって、死のうとしてるだけじゃない?』
『ありえるわね』
ネロとぷっぴぃの言葉が響く。リタもその説が頭に浮かんだので、なんとも言えない顔になる。
『リタが気にすることないわよ』
『そうよ。自業自得なんだから』
『そうだぞ! あいつはリタに負けたんだ! 強いものが生き残るのは自然の摂理だろうが!』
ロッソの言葉にリタは納得する。
「一歩間違えれば私が死んでた可能性だってあったんだもんね」
「そうだぞ。だから、そんな顔をするな」
アルフレードがリタのおでこをピンと指先ではじく。ぷっぴぃたちもリタにくっついて、「そうだそうだ!」と言っている。
「わかった。もう気にしないことにする」
「ああ。それでいい」
「へへっ。今回も、みんなに助けられちゃったな~。ありがとうね! みんな!」
『えっへん!』と胸を張るぷっぴぃとロッソ。
『ふんっ』とまんざらでもない様子のネロ。
穏やかな様子で彼らを見守る、安定のアズーロとマロン。
「私からも皆に感謝を。君たちの力に頼らずに……と言っているのに毎回これだからな。不甲斐ないばかりだ」
苦笑するアルフレード。すぐに反応したのはぷっぴぃ。
『アルはそんなこと気にしないでいいの! リタを守るのは私たちにとって当たり前のことなんだから。それにアルだってきちんとやっていたじゃない。最後のあの女への態度、あれ最高だったもの! あの女のこの世の終わりのような顔!』
愉快愉快とぷひぷひ高笑い?しながら足踏みするぷっぴぃと、
『まあ、あれについては私も同意見ね』
とご機嫌に喉を鳴らすネロ。
「リタ。彼女たちはなんて?」
「え、あ、いや、その……アルはそんなこと気にしないでいいのよって。リタを守るのは私たちにとって当たり前のことだからって。それと……最後のアルのギーゼラへの対応を褒めてます」
アルフレードは「ああ」と頷く。
「ああいう輩にはあれが一番効くからな。だが、リタへの仕打ちを思うと……正直物足りない。本当ならもっと痛めつけてやりたい。地獄をみせてやりたいところだったんだが、毒杯など楽な道に逃げやがって。くそっ」
――そんなに?! 毒杯が楽な道って……もしかして、ギーゼラにも余罪はあったの?
そう疑ってしまうくらいに、心底悔しそうなアルフレード。そして、そんなアルフレードに共感するように頷くネロとぷっぴぃ。そして、ロッソがアルフレードの近くまで行き、前足を上げ、アルフレードの腕にぴとっとくっつける。
「慰めてくれているのか?」
「た、たぶん?」
最近のアルフレードの自分への態度をどうとらえていいのか。考えようとすると、思考が停止する。その先は考えない方がいい、とでもいうように。
リタはすっかりみんなと馴染んでいるアルフレードからそっと視線を逸らした。




