小鳥(風の大精霊シルフ)のドキドキお泊り会
『どうして皆さん真名で呼び合わないんですか?』
シルフの質問に返ってきたのは、ドヤ顔。
――いや、それだけでわかるわけがない。
そう思いつつも、口には出せない。
シルフにもわかるように答えてくれたのはアズーロだ。
『アズーロという名はリタがつけてくれたの。すてきな名でしょう?』
と、ほほ笑むアズーロ……別名、水の大精霊ウンディーネ。
『俺のロッソっていう名前だって、なかなかいけてるぜ?』
胸を張って言ったのはロッソ。別名、火の大精霊サラマンダー。
『僕もマロンっていう名前、気に入っています』
嬉しそうに、照れくさそうにほほ笑んだのは土の大精霊ノーム。
『フンッ。私のネロっていう名前が一番に決まっているでしょ』
「皆、なにを言っているのかしら」と鼻で笑ったのは闇の大精霊ハデス。
「ぷっ」と笑い声が聞こえた。すぐさまネロが反応する。
『なによ、ぷっぴぃ。なにか言いたいことでもあるわけ?』
『ううん。別にぃ~』
『リタから最初に名前をつけてもらえたからって、調子に乗らないでくれる?』
『別に調子に乗っていないもん~。ただ……アタシの名前、ぷっぴぃっていう響き、とってもかわいいと思わない?』
『くっ』
否定できずにネロがぷっぴぃ……光の大精霊であるルミナを睨みつける。
睨み合っている二人をよそに、ロッソがそそそそとマロンに近づき、小声で話しかけた。
『なあ。ぷっぴぃって名前、かわいいと思うか? たしか、鳴き声からつけた名前だったよな?』
『ええ。僕はかわいいと思『『リタがつけた名前に文句を言うんじゃないわよ!』』
ネロとぷっぴぃの声がぴたりと重なった。思わず見つめ合い、フンッ!と顔を背ける。タイミングもぴったり一緒だ。
ロッソはおっかねえ~と体をすくめ、黙って聞いていただけのシルフもぷるぷると震えた。
『み、皆さん、あのお嬢さんにつけてもらった名前だから、気に入って使っているんですね』
ギスギスした空気をなんとかしようとシルフが話題を振れば、アズーロやマロンといった比較的穏やかな性格の持ち主たちが、その通りだと頷き返した。おかげで、若干空気が和らいだ気がする。
シルフがホッと息を吐いたタイミングで、「バンッ」と玄関の扉が勢いよく開いた。ビクッと体が跳ねる。
小さな家故、リビングから玄関が丸見えだ。扉を開けて入ってきたのはリタ。精霊たちがおしゃべりをピタッと止める。シルフも口を閉ざした。
「あれ? 皆もう仲良くなっているんだね?」
色とりどりの野菜をのせたざるを両手で抱えて入ってきたリタ。その量はどう見てもシルフだけの分ではない。皆が期待に目を輝かせた。
「せっかくだし、皆で一緒にご飯食べようか」
嬉しそうに鳴いた数匹。リタはその声を聞いてキッチンに立った。ロッソがいそいそとついていく。火を扱うキッチンはロッソにとって居心地の良い場所だ。
焼き魚は骨を取って身をほぐし、採ってきた野菜と果実は洗って食べやすい大きさにカット。そして魚の骨で出汁を取り、野菜の切れ端をたくさん入れて煮込んだスープ。各々動物のフリをしているが、中身は精霊だ。なんでも食べられるし、食事をしなくても死にはしない。けれど、彼らは皆リタと一緒に食事をするのが大好きだ。ついでに言えば、食事をする必要がないだけで、それぞれ『好み』というものは存在する。
ネロは魚、ロッソは肉・魚、アズーロは野菜・水、マロンは葉物・果物。ちなみに、ぷっぴぃは甘味に目がない。皆に共通しているのは……一番好きなものはリタが作った料理だということ。
食事をするという習慣がないシルフは驚いた。しかし、そこは空気を読んで皆の真似をし、リタが皿に乗せてくれた料理をくちばしでつつく。
「……(汗)」
じっと見られている。それがどういう意味なのかわからず、シルフはひたすら食べていた。
「君は、豆ととうもろこしが好きなんだね~」
ふむふむと頷きながら、リタはシルフのお皿にまめとトウモロコシを追加する。シルフは驚いて顔を上げた。無意識だったが、たしかに自分の口にはこの二つがあっているらしい。ありがとうという意味を込めて、シルフは頭を下げた。
「うんうん。たんとお食べ~」
そう言った後、リタも自分の食事に口をつけた。
皆、思い思いに食べた後、床にゴロンと転がる。ぷっぴぃなど、おなかを無防備にさらしている。シルフはそっと視線を逸らした。
衝撃的だった。自分の中の先輩たちは、いつだって威厳があり、同じ大精霊とはいえ自分とはかけ離れた憧れの存在だった。しかし、今目の前にいる彼らには、威厳の「い」の字もない。自分の中にあった『憧れの先輩像』が、これ以上見ていたら崩れ去っていく気がして目を閉じた。
「さて、それじゃあちょっと離れの方に行ってこようかな」
食後の片付けを終えたリタが再び玄関へと向かう。すでに外は日が暮れ始めていた。片手にはランプ。ロッソがしれっとその手に登っていく。シルフはその様子を黙って見ていたが、ドンと後ろから押され、前に出た。驚いて振り返れば、ネロが『あんたもついていきなさい』という顔をしている。戸惑いながらも、シルフはリタに近寄った。
「あれ? 君もくるの?」
シルフはコクリと頷き返す。
「そっか。その方がいいかも。おいで」
と、ランプを持っていない方の手を差し出してくる。シルフはその手のひらの上に乗った。
リタが言っていた離れとは、家を出てから数メートル先にある一軒家だった。
村を出ていったとある一家が住んでいた家。村にいた者たちは皆、出て行く際に、村に永住すると宣言していたリタ親子に持って行けないものを全て譲り渡した。単に処分が面倒だったのもあるだろう。家とはいいつつも、数世帯分のものを詰め込んでいるため、完全に物置小屋となってしまっているが。リタの家にはすでに物が溢れていて置けるスペースはなかったため、かなり助かっている。
家に入ると、シルフは物珍しそうにきょろきょろと中を見回した。大きさはリタの家とさほど変わらないが、物が溢れていて人が住んでいる様子はない。一応、部屋ごとに置くものの種類を分けているらしい。リタが入った部屋は、衣類ばかりが置いてあった。
リタはランプを棚に置くと、物色を始めた。ロッソが火の番をしている。シルフはロッソをじっと見つめた。
「えーと……あ、あった! これ、どうかな?」
尋ねられたシルフが驚いて顔を向ける。リタの手には、もこもこの子供用服があった。緑色の優しい色合いのものだ。質問の意図がわからず、シルフは首をかしげた。
「この色、好き?」
問いかけられて、緑色の服をじっと見つめる。好きか嫌いかと聞かれたら好きだ。シルフは頷き返した。リタはにんまり笑う。
「じゃあ、これを使おう」
家へと戻ると早速リタは裁縫道具を手にして、なにかを作り始めた。日が完全に暮れると、ランプだけでは手元が見にくくなる。リタは目を凝らすように顔をしかめた。それに気づいたからか、ぷっぴぃがこっそりと部屋を明るくした。リタは気づかずに作業を進めていく。その様子を見ていたシルフが、こそこそとアズーロに近づいた。
『あの……』
『どうしたの?』
『お嬢さんとは、皆さん契約をしているんですよね?』
『契約……いいえ。まだ仮契約っていうところかしら。リタは私たちの正体を知らないから』
『ええっ?!』「プピッ!」
シルフの声が思ったよりも大きかったのか、ごまかすようにぷっぴぃが鳴いた。けれど、リタは集中すると周りが聞こえない質らしく、全く気づいていない。シルフはそれを確認すると、再び口を開いた。
『先程からお嬢さんの目を盗んで話したり、力を使っているように感じたのは、そのせいだったんですね』
『ええ。バレたらバレた時だとは思っているけれど。積極的にバラそうとは皆していないわ。リタは『精霊』のことも『愛し子』のこともなにも知らないから。知らなくったって生きていけているのだから、わざわざ教える必要もないでしょう』
アズーロはリタをじっと見つめながら話す。その瞳は、まるで我が子を見つめる母のような、年の離れた妹を見つめる姉のような優しさに満ちていた。
『……お嬢さんがここで生きていくのなら、そうでしょうね』
棘を含む物言いに、アズーロの視線がシルフに向いた。口を開く、その前に割って入った鋭い声。
『なにが言いたいの?』
二人の会話に突然割って入ったのはネロ。ネロの威圧的な態度が苦手なシルフは及び腰になる。だが、それでも言うべきことは言わなければならない。
『だ、『大精霊』から選ばれた『愛し子』がここにずっといるわけにはいかないじゃないですか』
『なぜ?』
『なぜって……使命が』
『使命って?』
『こ、皇帝となって多くの人間を導く存在となることが『愛し子』の使命であり、自分たちはそんな『愛し子』の手助けをするために』
『なにそれ、初耳なんだけど』
『え?』
ネロの言葉に、きょとんと固まるシルフ。
――初耳? そんなわけがない。
シルフは他の精霊たちへと視線を向ける。けれど、皆ネロと同じ反応だ。
『え? え?』
困惑しているシルフに、ぷっぴぃが近づいた。
『その話、誰から聞いたの?』
『誰って……』
言葉が続かない。
『アタシたちではないのは確かね。アタシたちの認識とは全く違うもの』
全員に頷かれ、シルフは途方に暮れる。そんなはずがない。自分の中では当たり前の話だった。でも、たしかに先輩精霊たちから聞いた記憶はない。では、誰から?
『ダニエーレから聞いた気が……』
気はするが、それすら曖昧で不確かだ。もしかしたら先代の皇帝からだったかもしれない。ただ一つ言えることがあるとすれば、少なくともベッティオル皇国の人々は皆、それが常識だと思っているということ。それだけは間違いない。
そう伝えれば、皆沈黙してなにか考え込んでいるようだった。
ぷっぴぃが呟く。
『やっぱり、そういう認識になっていたのね……』
ぷっぴぃの言葉に首をかしげるシルフ。
『やっぱりって……本当は違うんですか?』
『うん』
きっぱりと言い切られて、シルフはたじろぐ。
『じゃ、じゃあ本当はどうなんですか? 自分たちの使命って』
『別に使命なんてないわよ』
『え?』
『アタシたちにも、愛し子にも使命なんてないの。なかったの! それなのにあいつらが……だからあの子はっ』
『ぷっぴぃ』
慰めるように、ぷっぴぃにアズーロが寄り添う。そんな二人をかばうように、ネロがシルフと対峙した。
『今、ようやく昔と同じ関係を結べる相手を私たちは見つけたの。だからもう、私たちにはかまわないでちょうだい。……できるだけでいいから』
シルフはすでに人間と契約を結んでいる精霊だ。主人であるダニエーレから命令されれば従うほかない。そのことを痛いほどに知っている。だから無理にとは言わない。……言えない。もう二度とあんなことは起きてほしくないから。
まだ関係性の浅いシルフへ、下手な仲間意識を作らないようにはしているものの、やはり放っておけないという気持ちが心のどこかにある。
他の精霊たちへの興味が薄いネロでさえそうなのだ。優しいアズーロやマロンは、特にその気持ちが大きいだろう。
シルフに説明をしなかったのは、ここにいる全員が同じ。説明をしていれば、シルフの判断が変わっていたかどうかは別として。皆少なからずシルフに罪悪感を覚えている。
沈痛な面持ちとなっている皆。そんな空気を消し去ったのはリタだった。
「できた!」
その声につられて、皆顔を上げる。
「見て見て」
リタが手にしているのは、もこもこの服と木材を使って作った小さな三角ハウス。小鳥が入る大きさだ。
「どうかな?」
遠慮気味のシルフは、マロンから手で押されてちょこちょこと歩き、ハウスの中へと入った。
「サイズぴったりだね! 住み心地はどう?」
聞かれたシルフは「いい!」とでもいうようにコクコク頷いた。そして、そのハウスの中で目を閉じて寝たフリをする。涙がにじんだのは、己の未熟さからか、それともリタの優しさに触れたからか……自分でもわからなかった。
皆が寝静まった夜。シルフはこっそりとリタの家から抜け出した。
『行くのね』
『! アズーロさん、それにマロンさんも……。はい。緊急の帰還命令が出たので』
『……そう』
『気をつけて。……無理しないように』
『はい。ありがとうございます』
二人に見送られ、シルフは飛び立った。
ダニエーレの元へと帰りながらも、シルフの意識はまだリタと先輩精霊たちに向いたままだ。この名残惜しさはなんなんだろうか。自分のためにリタが作ってくれた家を少ししか使えなかったから? それとも、なにもお礼ができなかったから? 挨拶もせずに抜け出したから?
――数時間しかいなかったのに……。
とても居心地がよかった。まるでずっと昔から一緒にいたかのように。平和で、温かくて、安心できて……。皆の前ではああ言ったけれど。
――皇城の方がよっぽど……。
「シルフ。ステファニアに毒が盛られた。犯人につながる情報を捜してきてくれ」
やはり、皇城にはあの温かさがない。