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【第一部完】皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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リタはアルフレードの発言に動揺する

 とんとん、と指先で机をたたく。アルフレードの視線の先には、受け取ったばかりの報告書。


「アンナ、ここに書いてあるのは事実か?」

「はい。うそ偽りのない事実ですよ。アルさま」


 リタ付きのメイドの言葉に、アルフレードは「そうか」と一つ頷いた。彼女は昔、アルフレードの乳母をしていた。彼女もまたアルフレードが信用する人物の一人。


 アルフレードはおもむろに立ち上がった。


「今、彼女は?」

「お部屋におります」

「少し話してくる。私が部屋に入った後は、しばらく誰も近づけないようにしてくれ」

「かしこまりました」


 側で控えていたロルフが応え、アルフレードは執務室を出て行く。完全に二人きりになるとアンナは口を開いた。


「ロルフ。私、アルさまとは数十年来の仲ですが、あのようなお姿を見るのは初めてですわ」


 微かに頬を上気させ、呟くアンナ。ロルフも頷き、同意する。


「私も初めてです。アルフレード様が他人を、しかも女性を連れ帰る、とおっしゃった時にはたいへん驚きましたが……リタ様をお迎えしてからは信じられないことばかりが続いています」

「ええ、ええ。私も同じ気持ちですわ。願わくは、リタ様には一時の間と言わず、ずっといていただきたいくらい」

「ほう。あなたの目から見てもリタ様はアルフレード様にふさわしい方だと?」

「あらやだ。私はリタ様のお世話を頼まれただけ、見定める資格なんてありませんよ。ただ、万が一を考え、アルさまの害になる方かどうか調べただけのこと……。今までのことを考えれば、念には念を……で調べておいた方が安心できますでしょう」

「そうですね。もしリタ様がなにかしら企んでアルフレード様に近づいたのであれば、今まで以上にアルフレード様は人嫌いになるでしょうから」

「ええ。あのいれこみようですもの」

「そうではなかったようで安心いたしました。となると……リタ様はコズウェイ公爵夫妻のお眼鏡にもかなったようですし、これはもしかするともしかする……かもしれませんね」

「まあ! あの気難しい方々が?」

「はい。あの父がわざわざ手紙を送ってきたくらいです。ブルーノから聞いた時もまさか、と思いましたが……リタ様には不思議な魅力があるようですね」

「ええ、ええ。リタ様がどこかの貴族の庶子、というのは間違いないでしょう。それだけの教養を持ち合わせている方です。にもかかわらず、そうとは思えないような感性も持ち合わせている。いい意味ですれていない、と言いますか……。そして、なによりリタ様と話していると、あたたかい気持ちになりますの。きっとアルさまもそんなところに惹かれているんじゃないかしら」

「ほう。と、そうでした! 人払いの手配をしなければ」

「そうでしたわね! ついつい話が盛り上がってしまって……私も手伝いましょう」

「助かります」


 いつもならこんな失態はしないのだが、存外私も浮かれてしまっているらしい。と、ロルフは反省しつつ足早に廊下を進む。

 リタの部屋に近づきそうな者たちには急ぎロルフから、他の者たちにはアンナが。皆、同じような反応をしていた。


()()アルフレード様が女性と二人きりで話を?! 人払いまでして?!』と。


 アルフレードが人嫌い、特に女性嫌いなのは周知の事実。特に彼に仕えている者たちは嫌というほど知っている。


 ――私たちが女主人に仕える日はこないと思っていましたが、もしかしたら……。


 命の恩人だとは聞いていたが、それを差し引いてもアルフレードの肩の入れようは普段の彼からは考えられない程だ。ここにリタを連れ帰ると聞いた時、皆彼女が恩を売って無理やりアルフレードに迫ったのだろうと勝手に思っていた。ところが、アンナがリタから聞いた話は全く違った。提案したのはアルフレードで、リタはその好意に甘えただけ。居座る気はなく、諸事情が片づいたら帰るつもり、だという。アルフレードもその話を否定しなかった。ということは事実なのだろう。

(諸事情……アンナの言うとおりであれば、お家問題でしょうか。または、凄腕の薬師としてどこぞの貴族か商人に目をつけられている可能性も。まあ、どちらにしろアルフレード様がついているなら大丈夫でしょう)


 アルフレードが連れてきたリタは、アルフレードの隣に並んでも遜色ないほどの美貌の持ち主。しかも、アルフレードを見るまなざしには好意はあれど、欲はなかった。一般的な年ごろの女性は皆なにかしらの欲をアルフレードに抱く者が大半だというのに。稀有な女性だ。むしろ、アルフレードの方が怪しい。ブルーノから聞いた道中の話も驚くべき点が多々あった。


 ――囲い込む気満々ではないですか?! 初恋は実らないと聞きますが、私たちは全力で協力いたしますよ。アルフレード様!



 使用人たちの間で妙なうわさが流れているとは知らないリタは、突然やってきたアルフレードを当然の如く部屋に招き入れた。


「この後調理場を貸してもらうようになっているから、あんまり時間はないんだけど」

「ああ、それなら大丈夫だ。話はすぐにすむ」

「よかった。で、話って?」

「リタは淑女教育を受けたことがあったのか?」

「え?」


 首をかしげるリタ。


「淑女教育ってあの淑女教育だよね……私が受けたことあると思う?」

「……思う。最初は私の気のせいかと思ったが、他の者からも同様の指摘があった。リタの食事マナーやドレスの着方、歩き方は受けたことのある人のそれだ。それに、アンナからはダンスもできると聞いた」


 報告書には最低限の淑女教育は身についているとあった。他にもいろいろ書いてあったが、一番気になったのはその点。しかも、そう判断したのは王族の乳母を務めていた女性だ。忖度かと思ったが、彼女のあの様子だとそれもないようだ。となれば、この機会にその経緯を聞いておきたかった。


「ええ……ああ!」


 そういうことか、と手を打つリタ。どうやら心当たりがあるらしい。


「『お姫様ごっこ』のおかげかも」

「『お姫様ごっこ』?」

「そう。お母さんとよくしていたの。商人が持ってきたドレスを着てお姫様ごっこをする……って、やだ、あれってもしかして淑女教育だったの?!」


 騙されたという表情を浮かべるリタ。


「どおりで遊びのわりに厳しかったはずだわ」

「その『お姫様ごっこ』とはどういうものだったんだ?」

「え? だから、ドレスを着てお姫様ごっこをするのよ。私がお姫様、お母様はその時その時で役割が違ったわ。王子様になってダンスをする時もあれば、同じお姫様になってお茶会をしたり」


 ふと視界に入ったカップ。


「たとえばこうやって」


 姿勢を正し、音を立てずにソーサーからカップをとる。そして、口をつけたフリをしてまた音を立てずに戻した。淑女の笑みを浮かべ、アルフレードを見据える。どう見ても貴族令嬢の振る舞い。アルフレードは息を吞んだ。が、次の瞬間いつものリタに戻ってしまった。


「まあ、私ができるのは取り繕うだけで、紅茶の種類なんて知らないけど。私の専門はハーブティーだからね!」

「ぷっ」

「ぷ?」

「い、いや、なんでもない。たしかにただの『お姫様ごっこ』ではなかったようだな」

「やっぱり。で、それがどうしたの?」

「いや、ちょっと確認したかっただけだ。……リタの母上はわかっていたのだろうな」

「なにを?」

「いずれ、リタの存在が誰かにバレることを」


 アルフレードの言葉にリタははっと目を見開く。


「そう、だね。私が恥をかかないようにって教えてくれたのかも」


 脳裏に母の顔が浮かぶ。黙り込んだリタを見て、アルフレードも口を閉じた。が、次の瞬間、勢いよくリタはアルフレードに視線を向けた。その表情は至って真剣だ。


「ねえ。もしかして、私ってアンナに疑われていたってこと? 今も? それともアルが調べさせたの?」

「まさか。リタの事情を知る私がいまさら調べさせるわけがないだろう。おそらく、形式的なものだ。今まで私に近づこうとする女性は腹に一物抱えている者ばかりだったからな。後は……」

「後は?」

「私の妻にふさわしいかどうかを見定めるための調査も兼ねていたのだと思う。多分」

「は?」


 リタの表情を見て、苦笑するアルフレード。まさかアルフレードが連れてきたリタを調査しようとするとは思っていなかった。が、そのおかげでリタの無害性が証明された。(実際は怪しいところだらけなんだが)


「すまない」

「え? なんでいきなり謝るの」

「勝手に詮索されて嫌だっただろう」

「いや……別にそれはかまわないけど、理由があっての行動だっていうのはわかったから。た、ただ私がアルの妻ってありえないでしょ! ちゃんと訂正してくれた?」


 今度はアルフレードがきょとんとする番。アルフレードはしばらく考えた後、「いや」と首を横に振った。


「なんで?!」

「なんで、と言われても……別に私はそう思われて構わないからな」


 思いがけないアルフレードの発言に言葉を失うリタ。


「い、いやいやいや」

「実際、リタとはなんども夜をともにしているし、こうして私有の邸宅にも迎えているんだ。他の理由を考える方が面倒だろう」

「い、いいかた!」


 事実だけども。


「それだとアルが困るんじゃないの?! ほら、身分的にも」

「いや、むしろ好都合だ。面倒な見合い話も断れるし、兄上が立太子するまでの時間稼ぎもできる。女避けにもなる。ほら、いいこと尽くしだ」

「え、ええ。……アルがいいっていうなら、いい、のかな……」

「ああ。だからリタは気にする必要はない。それとも、本当に私の婚約者になるか?」

「?!」


 ずい、と顔を近づけられ驚いて一瞬呼吸が止まった。


「な、なななな」

「生涯独身を貫くつもりだったが、リタが相手なら結婚するのもいい気がしてきた。楽しい毎日を過ごせそうだからな。……そんな顔をするな。リタにその気がないことも、ここにいるのが一時的なものだということも理解している。そういえば、いまさらだが、そういう相手はいるのか?」

「そういう?」

「結婚したい相手、だ。聞かずにここに連れてきてしまったが……一応昔はあの村にも人はいたんだろう? 幼い頃婚約の約束をした相手とか」

「い、いるわけないでしょ! いたら、アルと同じ部屋で寝泊まりなんてしません。それに、私もアルと一緒で結婚願望がないから。親があんな感じだし、私もほらけっこうな訳ありだし」

「そうか? 人を選ばなければ結婚はできるだろう」

「え?」

「私ならリタの事情を知っている。その上、リタを守るだけの権力も知恵もある。どうだ?」


 じっと見つめられ、リタの顔は一気に真っ赤に染まった。


「ど、どうだって言われてもっ」


 視線を泳がせながらもごもご言っていると、急にアルフレードとリタの間で炎が生まれた。慌ててアルフレードが離れる。


「ロ、ロッソ?!」

「うちのリタをからかうんじゃねえ」


 リタの肩の上でふんっと鼻息荒いロッソ。


「からかっていない。本気だ」

「なお悪いわ!」

「ま、まあまあ! そろそろ約束の時間だからここまでにしよう。ね?!」


 時間だ時間だ~とわざとらしく立ち上がるリタ。アルフレードも続いて立ち上がった。そそくさと部屋を出て行った二人に、舌打ちをするロッソ。部屋の端では、ぷっぴぃとアズーロが暴れるネロを二人がかりで抑え込んでいた。荒れる者たちを見ながらマロンは苦笑する。心の中では『アルフレードくん、なかなかの優良物件だと思うんだけどねえ。まあ、まだまだかわいいリタ()を嫁に出したくない気持ちもあるけど』と思いながら。



 調理場を借りたリタは無心で料理を作っていた。どんどん出来上がっていく料理。あまりの気迫に、手伝う気でいたコックたちが、端っこで見ているだけになっている。


「ここにあるのは食べていいのか」

「ア、アル?!」


 作っているところを見られると集中できないから、と追い出したアルフレードがいつのまにか戻ってきていた。


「ど、どうぞ」

「ああ」


 リタの許可が降りて、すぐに食事に口をつけたアルフレード。コックたちはそれを見て驚く。アルフレードの口角が上がる。


「こっちもいいか」

「いいけど、あんまり食べるとディナーが入らなくなるよ」

「どちらにしろ、残すんだから変わらないだろう」

「そういうのよくないと思う……って言いたいけど、貴族様って残ったものを下の者に下げるのよね」


 となるとダメとも言えない。アルフレードはそんなことまで知っているのかと目を瞬かせた。


「リタ」

「なに?」

「改めて淑女教育を受けてみないか?」

「え?」

「嫌なら無理にとは言わないが……自分がどの程度の知識を持っているのか気にならないか? それに、公に出ることはなくとも、おばあ様やおじい様の家に遊びに行くことはあるだろう。いいところ、みせたくないか?」

「う゛」


 たしかに。今後なにがあるかわからないし、知識はつけておいて損はない。


「ちなみに、先生はアンナだ」

「やる」


 知らない先生なら悩んだが、アンナなら安心だ。リタは今度こそ頷いた。アルフレードがほくそ笑んでいることには気づかずに。


「今度の立太子の礼。行くか? 来月だから間に合うと思うが」

「え?」

「私のパートナーとして」

「い、行くわけないでしょ!」

「ふっ。なら私は独り寂しくいくとしよう」

「べ、別に今までだって一人だったんでしょ」


 アルフレードはよくわかったなと笑った。そもそも連れて行くつもりはなかったらしい。内心安堵しながら、リタはふいっと顔を背ける。

 ――まだ死にたくないもの。

 着飾った女性たちからの恨みのこもった視線を想像して、ぶるりと震えた。

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