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皇帝の隠し子は精霊の愛し子~発覚した時にはすでに隣国で第二王子の妻となっていました~  作者: 黒木メイ
第一部『ベッティオル皇国編』

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精霊の愛し子は瀕死状態の小鳥を保護する

 リタが住む村は、ベッティオル皇国の北に隣接するボナパルト王国との国境近くにある。『村』とはいっても、住んでいる人間はリタだけだ。昔はそれなりの人数が暮らしていたが、作物が育ちにくい土地柄のせいもあって、世帯交代のタイミングで皆外へと出て行ってしまった。『住む価値がない村』。それが、皆からの評価だった。


 けれど、リタにとっては違う。むしろ、ここは『楽園!』だ。

 十六歳の少女が一人で住むには十分すぎる一軒家。広い土地に、いつでも美味しい野菜がとれる畑。村の周りには果実がたわわに実る木がたくさん生えている。自然に囲まれた環境で、友達というよりもはや家族のような動物たちと暮らす悠々自適な生活。

 村を捨てて出て行った人々が今の村を見たらさぞ驚くだろう。だが、そんな日はこない。彼らにとってはもう忘れ去られた過去なのだから。




 朝日が窓から差し込んでくる。光にうながされ、リタは目を覚ました。パチリと目を開くと、目の前にはぶたっ鼻……いや、ぷっぴぃの鼻があった。鼻をヒクヒクさせながら、じっとリタの顔を覗き込んでいる。リタが起きたのを確認すると、ぷっぴぃは「プピッ!」と機嫌よく鳴いた。その鳴き声につられて、リタの表情が綻ぶ。


「おはようぷっぴぃ」

「プピッ!」


 上半身を起こすと、当然のように膝上に乗ってきた。ぷっぴぃの黄金の産毛を優しく撫でる。ぷっぴぃは気持ちよさそうに目をとろんとさせ……次の瞬間「プギィイイイイイイ」と悲鳴をあげた。


「ど、どうしたの?!」


問いかければ、ぷっぴぃがぐるりと方向を変え、お尻を向けてくる。


「……お尻を引っかかれたの?」

「プピッ!」


 そうだというように、ぷっぴぃは顔をこちらに向けて頷いた。次いで、素知らぬ顔で毛づくろいをしているネロを見た。どうやら犯人はネロらしい。


「もう! また喧嘩したのね。……ネロ」


 叱る時の声色で名前を呼べば、ネロは耳をピクリと動かしたものの、こちらには一切顔を向けようとしない。怒られるとわかっているからだろう。なら、なぜぷっぴぃに手を出すのか。

 ぷっぴぃとネロは、出会った当初から仲が悪かった。それは今も変わらない。隙あらば喧嘩をしている。


 傷薬をぷっぴぃのお尻に塗った後、こっそり逃げ出そうとしていたネロを捕まえた。


「ネロ。ぷっぴぃにごめんなさいは?」


 目と目を合わせようとするが、ネロは顔を背けて絶対にこちらを見ない。これもいつものこと。溜息を漏らすと、ネロの体がびくりと震えた。ちらっと顔色をうかがうように横目で見てくる。


「そんな悪い子には、今日一日ブラッシングしてあげません!」


 ネロから手を放すと、ネロは目に見えて狼狽え始めた。リタは知っている。ネロがブラッシング好きなことを。普段はツンツンしているが、ブラッシングの時はまるで別人(猫)のように甘えてくるのだ。


 か細い声で「ミャー」と鳴き、すり寄ってくるネロ。抱き上げたい気持ちを抑えて無視をする。何度かすり寄ってきた後、とうとう諦めたのか、ネロは重い足取りでぷっぴぃの元へと歩いて行った。

「ミャッ」

 一部始終を見ていたらしいぷっぴぃは、仕方ない、とでもいうように鼻を鳴らし、ネロの鼻先と己の鼻先をくっつけた。ネロは逃げ腰だが、我慢して受け入れる。そして、これで許して、とでもいうようにネロはリタの元へと戻ってきた。


「よくできました」


 満面の笑みで迎え入れると、ネロはさっそくブラッシングをねだった。

 リタはネロ専用のブラシを手にして己の膝をたたく。素直に膝上に乗ったネロを優しくブラッシングする。ネロは満足そうにまぶたを閉じた。


 一休みした後、リタは今日も今日とて畑仕事をしに外に出た。

 数日前に植えたばかりの野菜が、もう食べごろを迎えている。リタの畑では、気候も収穫時期も関係ない。リタの都合に合わせて育つし、いつ収穫しても鮮度も味も抜群だ。魔訶不可思議な現象が起きているのだが、リタはそんなことを知らない。リタにとってはこれが普通だから。


 リタが必要分を収穫すると、残りの作物をもらいに森の動物たちがやってくる。ウサギのような小動物から、クマのような大きな動物まで。彼らはむやみやたらに畑を荒らすこともしないし、たまにお礼を持ってきてくれる、いい子たちばかりだ。


「今日は湖に行こうかな。一緒に行く人~!」


 正確には人ではないのだが、外にも聞こえるように玄関のドアを開いてリタが声をあげれば、ぷっぴぃが「プピッ」と真っ先に声を上げ、どこからともなくアズーロが姿を現しリタの肩に乗った。そして、マロンもひょっこりと土から顔を出す。今日のお供はこの三匹らしい。


 日よけ帽子をかぶって、かばんを持って出発する。


「じゃあ、ネロとロッソはお留守番よろしくね~」


 返事はなかったが、ネロはぴくりと耳を動かし、ロッソもどこからともなく顔を出した。玄関の扉を閉め、一人と三匹は湖へ向かう。

 村から一歩外に出れば、そこはもう森だ。まるで人目から村を隠すように、木々が村の周りに生えている。その木の中には、リンゴのような果実が取れるものもある。リタは赤く実った美味しそうなリンゴをいくつか取ってかばんの中に入れた。


 湖につき、さっそく魚釣りを……ではなく、すぐ傍にある薬草の群生地へと足を向けた。アズーロを湖に降ろしてから。


「私たちは先に薬草を採っていよう」

「プピ」

 そうだね!とでもいうようにぷっぴぃが先頭を歩いていく。その先には、小さな白い花がたくさん咲いていた。

 リタは白い花、ではなく緑色の三角の形をした葉っぱに手を伸ばした。傷薬の材料に必要なのは葉っぱの方だ。今朝ぷっぴぃのお尻に使ったせいで、あと少ししか残っていない。今日中には作っておきたい。リタが採取している間、アズーロは湖で遊び、ぷっぴぃは大人しく地面に転がっている。背中がかゆいのか、時折地面に擦り付けているが、薬草の上ではしないように気をつけている。マロンはというと……


「え、コレくれるの?」

 マロンのちっちゃな手には、白い花が握られていた。コクンとマロンが頷く。リタの頬が真っ赤に染まった。


「嬉しい。ありがとう!」


 リタは受け取った白い花を、耳の上に挿す。


「どう?」


 マロンは「似合っている!」とでもいうように、コクコクと何度も頷いた。


「えへへ」


 リタとマロンがほんわかムードになっているのを邪魔するように、ぷっぴぃが「プピプピ」と鳴いた。見れば、ドンドンと地面を足踏みしている。


「どうしたの?」と問いかければ、その足元には散らばった白い花。どうやらぷっぴぃもマロンに対抗して花を採ってきたらしい。ただ、無理やり食いちぎったせいでボロボロだ。手を使えないので仕方ないのだが。


「ありがとう~」


 花を集めてかばんにしまう。マロンは呆れた視線をぷっぴぃに向けたが、ぷっぴぃは満足げな顔をしていた。


「あ、アズーロ」


 びしょびしょになって登場したアズーロは、湖での水浴びを存分に楽しんできたようだ。そのまま薬草の群生地に突っ込んでいく。アズーロが跳ねるたびに、水がキラキラと光を反射して薬草に降りかかる。たまに口から水らしきものがこぼれている。おそらく、あれがアズーロ流の水やりなのだ。

 今のうちにと、リタは湖で魚釣りをすることにした。湖のほとりにある休憩小屋から釣具を持ち出す。釣り始めてすぐに魚が数匹釣れた。これもいつものことだ。専用の袋に入れて持ち帰る。


「さあ、帰るよ~」


 リタが呼びかければ、皆集まってきた。道なき道を歩く。目に見える道がなくとも、家までの道はもう体に染みついている。鼻歌まじりに歩いていると、いきなりぷっぴぃが「プピッ!」と鳴いた。その鳴き声には、なにかを警戒するような鋭さが混じっていた。

 驚いて足を止める。その間にアズーロが跳ねて、前方の草むらの中へと入っていった。


「アズーロ!」


 慌てて追いかけようとしたが、マロンとぷっぴぃに足止めされる。

 あぶない。もう少しで二人を踏むところだった。

 ホッとしたのもつかの間、なにかの鳴き声が聞こえてきた。アズーロではない。今度こそリタは二匹を抱えて駆けだした。――アズーロになにかあったら!

 その一心だった。

 しかし、走った先にいたのは元気なアズーロと、ぐったり横たわったびしょびしょの小鳥。


「ア、アズーロ?!」


 緑色の小鳥が気絶してひっくり返っている。水に濡れているところを見るに、犯人はアズーロだ。慌ててぷっぴぃとマロンを降ろす。リタが小鳥に手を伸ばすよりも早く、二匹が動いた。ぷっぴぃが小鳥に体当たりをする。小鳥が宙を舞う。着地点には、いつの間にかマロンが堀った穴があった。そこに小鳥がすぽっと収まる。マロンはさっと土をかぶせた。そして、三匹は何事もなかったかのような顔でこちらを振り向いたのだった。


 一部始終を見ていたリタは怒った。

「一体なにをしてるの?! 無駄な殺生はしちゃだめでしょう! こんな小さな鳥は食べても美味しくないんだから!」

 すると、その声に反応したかのように、穴の中から小鳥が飛び出してきた。

「生きてる!」

 リタの声に小鳥がビクリと震える。

「大丈夫よ。怪我の手当てをするだけだから、こっちにおいで」

 小鳥は迷うそぶりを見せた。だが、三匹からの鋭い視線を受け、ちょこちょこと歩いてリタの手のひらに乗った。


 そして、リタは小鳥を家に連れ帰ったのだ。残っていた傷薬をたっぷり塗ったおかげか、小鳥の怪我はすぐに治った。

 怪我が治ったのなら次は栄養補給を! とリタは小鳥のえさをとりに家の外へと出た。


 家の中にいるのは動物たちだけ。水を飲んでいる小鳥の周りに、全員が集合している。リタから注意されたため手は出さないが、その雰囲気は殺伐としている。


『そろそろ水飲むフリ、やめたら?』


 最初に沈黙を破ったのはネロ。

 小鳥がビクリと体を震わせ、慌てて顔を上げる。


『は、はいっ。すみません!』

『謝る必要なんかないわよ。それより、どういうことなの?』


 ネロが鋭い眼光で小鳥を睨みつける。

 睨みつけられた小鳥は『ど、どういうというのは?』とビクビクしながらも聞き返した。


『あなたがここにきた理由を教えなさいって言ってるのよ。その理由によってはあなたを始末……はリタが許さないだろうから、ここに監禁するわ』

『ひっ』


 怯える小鳥は助けを求めるように他の動物たちに視線を向けた。だが、皆ネロの意見に賛成なのか、口を開こうとはしない。諦めて、小鳥は口を開く。


『じ、自分はその……人捜しをしにきただけで』

『人捜し?』

『は、はい』


 ここら辺に住んでいるのはリタだけだ。ということは、小鳥が探しにきたのはリタに違いない。その理由もなんとなく予想がついた。


『あいつに命令されたの?』


 小鳥は勢いよくぶんぶんと首を横に振った。


『今回は、完全に自分の独断です。ダニエーレがここ数日お嬢さんのことばかり考えているようだったので、生存確認だけでもしておこうと思って自分が勝手に動いただけで……』

『今回は……ねえ。今頃気にし始めたってことはなにかあったんでしょう?』

『ま、まあ。その……皆さんがここにいるということがその答えかと』

『ふんっ。それならあんたは黙っていなさい』

『え?』


 どうしてと小首を捻る小鳥。ネロは目を細めて小鳥を見た。


『いいから』

『でも……お嬢さんのためにもダニエーレには伝えた方がいいんじゃあ。こんなところで一人で暮らしているよりは、お城で暮らした方がもっといい生活が』

『こんなところ、だと?! それに、リタは一人じゃねぇ!』

 ロッソが小鳥に吠える。熱気がまとわりつき、小鳥はむせた。アズーロがその間に割って入る。

『ロッソ。それ以上はダメ。リタにバレちゃう』

『ちっ』

『シルフ』

 アズーロは小鳥……いやシルフと向き直った。


『今日一日泊まって行きなさい』

『え?』

『ちょっとアズーロ?』

 ネロがどういうつもりなのかと見つめる。アズーロは穏やかな口調で言った。

『実際に暮らしてみたらわかるでしょう』

『ああ、それはいいね』

 アズーロの意見に賛成するように、マロンも頷く。

『……ぷっぴぃはどうなのよ』

 皆の目がぷっぴぃに向く。普段はけんかばかりのネロとぷっぴぃだが、いざという時はきちんとぷっぴぃに意見を求めるあたり、ネロもぷっぴぃのことを認めてはいるのだ。

 ぷっぴぃはじっとシルフを見つめた後、言った。

『アタシもアズーロの案に賛成。それでもシルフの気持ちが変わらないなら、その時は……その時よ。それに、なんだかんだリタは優しいから、今すぐシルフを追い出したりはしないでしょう。勝手にいなくなったりしたら、リタは心配するだろうし』

『それは、そうね』

 とネロも納得した。


 シルフの意見を聞くことなく決められた『強制お泊まり』。シルフは仕方ないと受け入れた。自分は彼らの中でも一番下っ端だ。それに、彼らの逆鱗に触れかけたのだ。これくらいで済んで良かったと思うしかない。

 普段から情報収集で飛び回っているシルフは、ダニエーレの側にいないことも多い。きっと、疑われもしないだろう。そんなことより、気になるのは……。

『どうして皆さん本名で呼び合わないんですか?』

 シルフの問いに、皆は顔を見合わせると、どや顔でシルフに向き直ったのだった。

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