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リタ(ぷっぴぃ)はアルの祖父母に会って早々にやらかす

 ブルーノは王都に向かって馬を走らせていた。


「まったく。人使いの荒い(あるじ)ですね」


 悪態づきながらも、口角は上がっている。

 それは、こうして忙しいことこそが、アルフレードに信用されている証拠だからに他ならない。


 第二王子のアルフレードには腹心と呼べる部下が少ない。なりたい、という志願者はたくさんいた。けれど、それを片っ端から切り捨ててきたのはアルフレードだ。


『私を王太子にしてみせる? なに馬鹿げたことを……。なぜだと? 私にその気がないことを知っていながら、聞くのか? それともただの情報不足か? どちらにしろ、私の部下には相応(ふさわ)しくないな』


『ほう、私の専属騎士に? たしか、おまえには年頃の妹がいたな。よくご存じで、だと? 当たり前だ。次に私の前に現れたら、問答無用でひっ捕らえようと思っていたからな。どうした? 顔が青いぞ。……ちっ。逃げたか』


『またか。おまえら全員兄上の派閥のものだろう。私に近づくだけ時間の無駄だぞ。どうせやるなら、私にではなく、私の意志を無視して勝手に動いている自称第二王子派のやつらにしろ。わかったか? わかったなら、さっさと行け』


 そうしてアルフレードの側に残ったのは、中立の立場でただ仕事を全うするだけの部下と、ブルーノのようなアルフレード個人に忠誠を誓った者のみ。前者には今回のような仕事は頼めない。必然的に、後者に大切な仕事が集中する。


「それにしても……あれには驚きましたね」


 思い出すのはリタに対するアルフレードの態度。あんなアルフレードを見るのは初めてだ。同志たちに教えてやりたいが、皆己の目で見ない限りは信じないだろう。


 ブルーノの口角がさらに上がる。この先の未来を想像して。



 ◇



 一方、リタは緊張した面持ちでダイニングルームにいた。隣にはアルフレード。その前にアルフレードの祖父マイケル。マイケルの隣は空席だ。


「リタと呼んでもいいかね?」

「あ、はい!」


「もちろんです」と力強く頷き返したリタを見て、マイケルは相好を崩す。リタはその笑みに思わず見とれた。歳を取っていてもわかる。マイケルはアルフレードと同じタイプだと。若い頃はさぞモテたことだろう。


「リタは元気だね」

「はい! それが取柄で、っていや、あの、す、すみません」


 お貴族様相手になにをやっているのだと、われに返る。けれど、マイケルは首を横に振った。


「謝る必要はない。元気でよろしい、という意味で言ったのだからね」

「あ、ありがとうございます」

「それに、幼いうちからませた口調の子どもよりはマシだ。君の隣にいるアルフレードなんか、君くらいの時にはもう面白味もない人間になっていたからねえ……」

「ああ……」


 ついアルフレードに視線を向け、納得してしまう。恥ずかしいのかアルフレードは全く視線を合わせてくれない。


「おじい様、そんなことよりおばあ様はどうしたんですか?」


 そういえば、とマイケルの隣を見る。空席のそこは本来ならアルフレードの祖母、シュテファニーが座る予定だったのだろう。マイケルは途端に眉尻を下げた。


「それが、突然体調を崩してしまってね」

「昨晩はお元気そうでしたが……」

「そうなんだが、どうやら食あたりのようで……。妻もリタに会うのを楽しみにしていたんだがねえ」

「医者は?」

「今回は連れてきていないんだ。今、近くの町医者を呼び寄せている」

「……私のせいですね。すみません」

 申し訳なさそうな顔でアルフレードがマイケルに頭を下げる。マイケルは苦笑しながらも首を横に振った。

「いや、気にすることはない。原因はおそらく、昨日食べた魚料理だろう。普段王都では食べられない魚を使っているからと、シュテフィはおかわりまでしていた。そのせいだろう。現に、少し食べただけの私は大丈夫だからね」


「あの!」

 手を挙げたリタに視線が集まる。


「症状が軽いのなら私が診ましょうか? 食あたりの薬なら私にも作れますし」

「君が? ……ああ、そういえばリタは薬師だったね」

「は、はい。あ、いや、でもちゃんとしたお医者様を待った方がいいですよね」


 室内にいる使用人たちからの無言の圧に、速攻提案を取り消す。けれど、マイケルはふむ、と白い口ひげを一撫ですると頷いた。


「妻にも聞いて、よければ診てもらうことにしよう。町医者もリタも妻にとっては初めて会う相手だ。選ぶ権利は妻にある」


 使用人は驚いたようだが、黙っている。そうと決まれば、リタたちは手早く食事を済ませた。


 リタは一度部屋に戻り、荷物を持って廊下に出た。


「あれ、アル待っててくれたの?」

「ああ」

「……ごめんね」

「なんのことだ?」

「その、勝手なことしたから」


 ずっと表情が硬いからてっきり怒っているのだと思ったが、違うらしい。アルフレードが呆れたように笑いを零し、リタのおでこを軽く突く。


「いまさらだろ」

「う゛、そ、それはそうなんだけど……」

「それに、リタの薬師としての腕は信用しているからな」

「! へへっ」


 アルフレードの案内で、シュテファニーの寝室へと向かう。ノックをして中に入ると、ベッドで横になっている茶色い髪の女性がいた。リタは息を吞む。が、すぐにわれに返った。


 リタたちが入ってきたのに気づいたシュテファニーが上半身を無理やり起こそうとしたからだ。慌ててかけよる。


「無理しちゃダメ! そ、そのままでいいですから」


 そう言って、シュテファニーの体を支えながら元の位置へと横たえた。ついでにシュテファニーの顔を覗き込む。――思ったよりも顔色が悪い。

 リタの眉間に皺が寄った。


「あなたがリタね。手を貸してくれて、ありがとう。それと、こんな格好で……ごめんなさいね」

「病気の時は余計なこと気にしちゃダメですよ」


 少しキツメに言うと、シュテファニーは驚いたように目を丸くし、少しだけ笑みを浮かべた。


「あ、あの、さっそく症状を聞いてもいいですか?」

「ええ、もちろん。といってもたいしたことないのよ? その」


 言い辛そうな顔をしているので耳を近づけると、小声で教えてくれた。

 ふむ、嘔吐と下痢。と。


「しばらく大人しくしておけば治ると思うの」

「……そうですね。でも、辛い時間は短い方がいいと思うのでお薬を作りますね」

「あら、リタが作ってくれるの?」

「はい。調理場を貸していただけることになったので。出来上がるまで、ちょっと待っていてください。あ、安心してくださいね! 薬を作る過程はアルのおじいちゃんにしっかり見ていてもらいますから!」

「ふふ。そうね。あなた、しっかり見ていてあげて」

「ああ」


 シュテファニーの部屋を出て、ぞろぞろ歩いて移動する。貴族のお屋敷というのは広すぎる。移動するだけでも大変だ。


「それ、私が持とうか?」

「え、大丈夫だよ。でも、ありがとうね」

「いや。つらくなったら言えよ」

「うん」


 リュックだから平気なのに。ああ、アルは細いからこんな小さな荷物でもキツイんだろうな。なんて心の中で言っているうちに調理場に着いた。

 キッチンの端っこをお借りし、材料や器具を広げる。


「材料はコレです。ゲンという葉っぱでコレを煎じて飲みます」

「ふむ……見たことがある葉っぱだ」

「はい。他の材料は厨房にあるものをお借りできるみたいなので……」


 水とか助かる。早速、ゲンを小鉢にいれゴリゴリ擦っていく。できるだけ小さく、飲みやすいように。

 ――アルのおばあちゃんがはやくよくなりますように。

 心の中で何度も唱えていると、『ぷぴっ!』とぷっぴぃの鳴き声が聞こえた気がした。


「これを煎じます」


 袋に入れ、コンロを借りて煮だす。水量がだいたい半分くらいになったら濾して、出来上がり!


「これをおばあちゃんに! って、毒味が必要ですよね。私が!」


 と、飲もうとしたらアルが私の手からカップを奪った。そして、一気に飲む。


「っ!」

「ア、アル?! そんな一気に飲んだら、熱いに決まってるでしょ!」


 慌てて冷えた水をもらいアルに渡す。アルは(もだ)えながらも水を飲んだ。


「ふむ、問題はなさそうだな」


 ――あ、あのアルのおじいちゃん。アルが今大丈夫ではなさそうですけど。……それはいいのか。


 再び、皆でぞろぞろと廊下を歩いて、シュテファニーの部屋へ。

 コンコンとノックをする。が、返事はない。もう一度しようとしたタイミングで「うっ」という声が聞こえてきた。


「失礼します!」


 返事はなかったが、仕方がない。扉を開け、ベッドの隣のテーブル上に置いてあった、たらいを掴んでシュテファニーに差し出した。


「ここに!」


 間一髪、シュテファニーがそこに吐き出す。もうすでに何回も吐いているのだろう。胃液も混じっている。かなり、苦しそうだ。リタはシュテファニーが落ち着くまで背中を撫で続けた。


「……ご、めんな、さいね」

「今は無理に話さないで」

「でも、私のせいで、それ」

「いいんです。これくらい。というか、服は洗えば奇麗になるんですから」


 しかも、この服は事前に用意してもらっていたものだ。私のものではない。と、シュテファニーの吐しゃ物がわずかについた服を見おろす。

 近すぎたせいで汚れてしまったが、過去には母のゲロを思いっきりかけられたことがあるのだ。これくらい平気。それよりも……


「み、水をちょうだい」


 シュテファニーが伸ばした先の水差しをアルが取ろうとした。慌てて止める。


「吐いたばかりだから、後三十分くらいはなにも飲まない方がいいです。口をゆすぐ程度なら構いませんが……薬を持ってきたので、それも吐き気が落ち着いてからにしましょう」

「そう、リタがそう言うなら」


 素直に頷くシュテファニー。


「リタ、今のうちに着替えてこい」

 アルフレードの提案に、マイケルも「そうだな」と頷く。

「彼女の着替えをここに。リタ、ここでお風呂も入るといい」

「え。あ、ありがとうございます」

「いや。それじゃあ、私たちは隣の部屋にいるから」

「はい」


 男二人が出て行き、シュテファニーと二人になった。といっても使用人が数人残っているので完全に二人ではないが。すぐに着替えを持ったメイドが戻ってくる。リタの部屋付きメイドだ。


「こちらがお風呂場です」

「リタ、いってらっしゃい」

「あ。はい。……いってきます」


 使用人に案内され、入浴する。リタ付きのメイドは、心得ているように中には入ってこず、浴室の前で待ってくれるらしい。よかった。と、思った自分が甘かった……。


「あ、あれ……」


 すっきりしてお風呂から出ると、ドレスを持ったメイドが待っていた。しかも、その後ろには数人のメイド。

 ――着替えって、一人で着られないドレスなの?!


 ドレスを着るのが初めて、ってわけではない。だから知っている。この手のドレスは一人で着るのは基本無理だということを。

 遠い目になったリタにメイドがにっこりとほほ笑みかける。


「お手伝いいたしますね」

「……よ、よろしくお願いいたします」


 ドレスに着替え終わると、ついでに軽くヘアセットとメイクまでされてしまった。

 ――絶対わざとでしょコレー!!!! そ、そんなにダメだったのかな。


 ワンピースにすっぴんはお貴族様的には許されなかったらしい。郷に入っては郷に従え、という母からの教えを思い出した。


 全てを受け入れたリタは、重い足取りで、シュテファニーがいる部屋へと戻った。すでにアルフレードたちが戻ってきているとも知らず。


「リタ、か?」

「ア、アル」


 首をかしげるアルに狼狽え、次いで睨みつける。なぜそんな反応なのだ、と。

 アルフレードはリタの表情を見て本人だと確信したらしい。


「その格好はどうしたんだ?」

「……聞かないで。それより、おばあちゃんは?」

「リタ。私はここにいますよ。さあ、こちらへいらっしゃい」

「え。あ、はい」


 てっきりベッドにいると思っていたのに、シュテファニーはソファーに腰かけていた。どうやらリタが思っているよりもドレスに着替えるのに時間がかかったらしい。

 シュテファニーの着替えも終わっている。リタはシュテファニーの顔をじっと見つめた。さきほどよりも顔色がいい。すでに薬を服用した後なのか、症状も落ち着いているようだ。


 ――これなら大丈夫そう。


 リタはドレスをさばきながら早歩きで、シュテファニーに近寄った。誰かが驚いているような気配を感じたが、無視してシュテファニーの隣に座る。


「おばあちゃん、今は気持ち悪くないですか?」

「ええ。リタのおかげでね。ありがとう」

「いえ。私は別にたいしたことしていないから……。それよりも、おばあちゃんが元気になって本当によかった」


 言っているうちに、少しだけ涙が浮かんできた。慌てて、耐える。――今泣いたら絶対皆を困らせる。

 おばあちゃんの茶色の髪と、ベッドにいる姿を見て、勝手に過去の母と重ねて泣いた。なんて、そんな失礼なことを口にできるわけがない。


 けれど、シュテファニーはまるでリタの気持ちを理解しているかのように、そっとリタを抱きしめた。リタも抱きしめ返す。


 ――あったかい。心臓が鳴ってる。生きてる。


 リタは息を吐き出した。リタが体を離すと、シュテファニーも離れる。


「リタ」

「はい?」


 今度はマイケルがリタに話しかけた。


「私からも感謝を。ありがとう」

「そんな。私はそこまで言われることは別に……それに、まだ完治したわけでもないのに」

「それなんだが……」


 いきなり口を挟んできたアルの表情を見て、リタは頬を引きつらせる。――ま、まさか。


「一応、この後くる医者にも診てもらう予定だが、おそらく完治している」

「え”」

「むしろ、病気にかかる前よりも元気になった気がするのよ。今なら脂っこいお肉だって、甘いスイーツだって食べられそう」

「こらこら、病み上がりなんだから無理はダメだぞ」

「もちろん、わかっていますよ。でも、夕飯は一緒にできそうよ」


 その証拠のようにシュテファニーのおなかがクーと鳴った。驚いてリタが見やれば、シュテファニーは恥ずかしそうに頬を染める。すかさず、マイケルがテーブルの上の『すりおろしりんご』をシュテファニーにあーんしていた。なんて仲のいい夫婦かしら。と、現実逃避してみる。

 テーブルの上にある空のお皿数枚は見ないフリをして。


 ポン、とリタの肩にアルの大きな手が乗った。

 思わずアルを見上げ、へへへ、と空笑いしたのは仕方ないと思う。

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