【5分小説】心に宿る
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11月21日の夜、一通り話を聞いてくれた譲は顔を上げた。
「そっか。成功したんだね、手術」
譲は声を弾ませて言ってくれた。
トクン。
「うん、お陰様で」
私は噛み締めるように伝える。
譲は照れくさそうな声で笑う。
「あはは、僕は何もしてないよ」
トクン。
譲は、私が生まれて今までずっと隣に住んでいる幼馴染だ。
小学校も中学校も、高校も、ずっと一緒だった。同性を含めても一番仲のいい友達だ。
「それでも、譲のおかげだよ」
私は少し照れくさくて、顔を逸らしてしまう。
「希緒はこれからどうするの?」
譲が私に尋ねる。
「どうするって、何が?」
私は尋ね返す。
譲からは、「分かっているくせに」と言っているような圧を感じる。
ドクン。
「えっと、まさか生きられるとは思ってなかったから、考えてなくて……」
私は答える。
私は昨日まで、重い心臓の病気を抱えて病院にいた。
そして、十日前に移植手術が成功した。
「希緒は長生きしなきゃだね」
譲が言う。
「……うん、そうだね」
私は答える。
ドクン。心臓が熱く響く。
この心臓は譲から譲り受けたモノだ。
私が心臓の病で入院し、心臓移植手術を必要としている時、譲は交通事故に遭った。
譲は、不運にも命を落としてしまった。そして譲は私の臓器提供者、ドナーとして選ばれた。
臓器移植は時々、ドナーの記憶が移ることがあるらしい。
「ねぇ、希緒」
譲が言う。
トクン。
「ずっと好きだったよ」
「うん、分かってる。ありがとね」
私は答える。
目を開ける。胸の内から少しずつ、譲の声が消える。
譲られた記憶も命の熱も。私は全てを受け継いで、未来へ繋いでいく。
心臓移植手術が成功してからの日々、私は新しい心臓と共に新たな人生を歩み始めた。
最初は手術の後遺症や身体の変化に戸惑い、日常生活にも不安を感じていたが、次第に心も心臓も順応していった。
学校にも復帰し、友人達との再会も果たした。私の回復を友人達は喜んでくれて、温かい言葉をかけてくれた。
だが、心の奥にはいつも譲の存在があった。
譲との思い出は数え切れないほどある。
彼とは幼稚園の時からの付き合いで、毎日のように一緒に遊んだ。小学校では同じクラスで、放課後も一緒に過ごした。中学校では別のクラスになったが、それでも休み時間や放課後には必ず顔を合わせた。高校でもクラスが同じで、共に勉学や部活に励んだ。
付き合う事こそ無かったものの、家族のような人。無くてはならない人。
彼の存在は、私の生活の一部だった。
手術の成功を祝ってくれた友人達と過ごす時間はとても楽しかった。また会えると思っていなかった友人達、また過ごせると思っていなかった時間。そんな素敵な日々を過ごしながらも、譲の不在が心の奥に大きな穴を開けていた。
もう、彼が隣にいないという現実。私にはどうしても受け入れがたかった。
ある日の放課後、譲と最後に話していた公園で一人過ごしていると、不意に譲の声が聞こえた気がした。
驚いて胸に手を当てると、心臓がドクンと鼓動を刻んだ。
「譲……?」
私は呟いた。
心の中で、譲が微笑んでいるのがわかった。
「君の傍には、たくさんの人が居るよ」
譲の言葉に、私は涙が溢れ出した。
「譲……ありがとう。私、頑張るから」
心の中で誓ったその瞬間、胸の鼓動が一段と強く感じられた。
それ以来、私は譲の心臓を胸に、彼の分まで精一杯生きることを改めて決意した。
譲が見守ってくれていると感じながら、私は新たな目標に向かって歩み続けた。
大学進学を決意し、希望の大学に合格するために必死に勉強した。
周りからの励ましてくれる声を胸に、毎日を過ごした。
彼の存在が、熱が、私の力となり、支えとなってくれた。
大学では医学を学ぶことに決めた。
譲の事故、私の移植手術をきっかけに、命の大切さと医療の重要性を身をもって感じたからだ。
医師になることで、多くの命を救い、譲のように他者の命を助けることができると信じていた。
大学生活は忙しくて大変だったが、その中で多くの友人と出会い、学び、共に成長した。
特に同じ志を持つ仲間たちとは、互いに励まし合いながら学び続けた。
彼らとの交流は、私にとって大きな財産となった。
卒業後、私は研修医として働き始めた。
初めての現場での経験は衝撃的で、自らの手で触れる命の重さに押しつぶされそうな日々だった。
だが、譲の心臓が胸の中で鼓動を刻むたびに、私は自分の使命を思い出し、なんとか頑張ることができた。
医師として働き始めて2年目のある日、急患として運ばれてきた患者の心臓移植手術を担当することになった。
手術室で緊張感が漂う中、私は冷静に準備を進めた。患者の命を救うため、全力を尽くす覚悟だ。
手術が始まり、時間が経つにつれて、緊張と集中が高まった。
患者の命がかかっているという重圧がのしかかる中、譲の声が胸の中から聞こえた気がした。
「希緒、君なら出来る」と。
慎重に手術を行いながら、全身全霊で患者の命を救うことに努めた。
数時間後、手術は無事成功し、患者は安定した状態で回復に向かっていた。
手術が終わり、疲れ果てた私は、手術室の片隅で一息ついた。
心臓がドクンドクンと鼓動を刻むたびに、譲の存在を感じた。
「ありがとう、譲」
私は心の中で呟いた。
その後も、私は多くの手術を経験し、多くの命を救った。
譲の心臓が鼓動を刻むたびに、彼の存在は私を支えてくれた。
彼の思い出と人生。それらと共に生きることで、私はより強く、そして優しく成長していった。
年月が経ち、私は立派な医師として、多くの患者に寄り添い、命を救う仕事を続けていた。
「先生……私……」
「うん、不安だよね」
優しく頭を撫でる。
「でも大丈夫。先生は絶対に失敗しないの」
それでも不安そうに見上げる女の子。
ドンッと胸に手を当てる。
「だって私、2人分の人生を生きてるからっ」
ドクンッ。
譲の心臓が私の胸の中で生き続ける限り、彼の存在は、人生は、心は、永遠に私の中に宿り続ける。
今日のこの話で終わりです。
何人もの人に見てもらえて嬉しかったです。
ありがとうございました。