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澤谷織香先輩。織香先輩は同じ学校に通っている二年上の先輩で、わたしの憧れの人。といっても、学校中で人気があるわけでもなくて、一人で居るのをよく見かける辺り、どちらかといえば嫌われているのかもしれない。ただ、周りに人が居ようが居まいが変わらずに自身を貫く姿は、孤独なんて微塵も感じさせなくて、わたしには孤高な雰囲気を思わせて、勝手に憧れては目で追ってしまうのだ。
「あ、あああ、あの、わ、わたし、犬飼麻有里ですっ。織香先輩と同じ高校に通ってます。一年生です」
緊張と少しの怯えで声が震えていた。すごくカッコ悪い。
「なんで隠れてたの?」
「あ、あの、その、じ、邪魔しちゃいけないと思って、その、歌ってるのが、すごく、か、格好良かったのでっ。ご、ごめんなさいっ」
言い終わるのが早いか、わたしは勢いよく頭を下げた。そのまま、次の沙汰を待ってたけど、どれだけ待っても先輩は何も言わなかった。
どうしたんだろう、と恐る恐る顔を上げる。先輩は顔を逸らせてこちらを見ていなかった。腕で顔が見えないように隠してたけど、見るからにその頬は真っ赤だった。
照れてる。可愛い。
憧れのアウトローな先輩のまだ見ぬ一面に、わたしはドキドキしてしまう。心臓の鼓動が早くなる。悪い気分じゃない。もっと、もっと、と心がワガママにせがんでくる。
「あの、先輩の歌。聴いていてもいいですか?」
尋ねると、織香先輩は「え?」と一瞬頬を引き攣らせたけど、一つ呼吸をすると、調子を取り戻したのか「好きにして」とさっきまでの澄んだ声で返した。今更なのに。
ベンチに座った先輩がギターを爪弾きながら、流行りのラブソングを歌う。わたしは地面にしゃがんでじっとそれを見つめる。音が出るたびに震える、薄く口紅を塗っているらしい唇を。弦の上を滑る細くて白い指を。歌は正直二の次で、先輩の動きを見ていた。
正直、織香先輩の演奏はギターなんて触ったことがないわたしが見ても、上手くはなかった。軽音部に所属している友達見はもっと滑らかに弦を爪弾いていた。楽譜らしき紙を見ているし、時々、調子の外れた音が出て歌い直したりもしてる。
織香先輩は軽音楽部に所属していないし、郊外でバンド活動をしているなんて噂も聞いたことがない。ギターを持っている姿を見るのだって、これが初めてだ。
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