19.商人の提案
「……!」
封筒の宛名書きにゾクリとし、思わず息を呑むフローラ。
魔女ローゼに宛てた封筒を、フローラに渡す――。
まさか、この人もレオンハルトと同じように、フローラが魔女ローゼだと見抜いているのだろうか?
「まったくもって、フローラ様は素晴らしいご友人をお持ちでございますね」
「……」
警戒しているフローラに、アルチュールはパチンとウインクする。
「怪しい手紙ではありません――ビジネスはスピードだということです。きのう、魔女ローゼさんの噂を聞いたんですよ。とても素晴らしい商品をお作りになった、とね」
「……」
「不幸なことにその商品を巡って暴動まで起きたとか。さぞかし身に応えたことでしょうね、ローゼさん」
身に応えたどころか、もう二度とアクセサリーは作らないと決意したし、ノミの市に出るつもりはなくなったし、そのうえレオンハルトとの仲も悪くなった。踏んだり蹴ったりである。
「そこで、ローゼさんとお話したいと思ったのです。せっかく素晴らしい商品をお作りになったのに、こんな不幸なことが起こったきりではいけない。ローゼさんは悪くないのです、ローゼさんが一人で売るには商品の品質が良すぎたというだけです」
パチン、とアルチュールはもう一度ウインクする。もしかしたらこのウインクは、彼の決めポーズなのかもしれない。
「そこで、商売のプロである私の出番、というわけです。我がシュトラウス商会と手を組めば、面倒なこともなく商品を安全に売れるようになります。私どもはローゼさんを守るし、お客様方も欲しい商品を手に入れることができる。そして仲介をさせていただいた私どもシュトラウス商会も潤う……まさに、一石三鳥というわけです!」
まるで舞台上の役者のように手を広げ、鼻に掛かった爽やかな声で朗々と語るアルチュール。
「その代わり商品は私どもの商会にのみ卸すと約束していただきたい、と……、そんなことを書かせていただきました。決して、怪しい手紙ではないのですよ」
「……でも、なんで私にこんな手紙を……」
問う声が、緊張でカスカスしてしまう。この人は、ローゼの正体を知っているのか、いないのか……。
「ローゼさんの居所を調べたのですが、私どもの力をもってしても見つかりませんでしたので」
やれやれ、とでもいうようにアルチュールは首を振る。
「ですが、こんな情報も得ましてね。ローゼさんがノミの市への参加するさいの紹介状を書いたのは、フローラ様、あなただと」
「……えっと、それは……」
「紹介状を書いたということは、ローゼさんとはお知り合いなのですよね? つまりローゼさんと繋がりをもとうとするならば、あなたに頼る以外ない、ということなのです」
「……そうですか」
よかった、とフローラは内心胸をなで下ろす。
自分がローゼだとバレているわけではなかった。
フローラは深く息を吸い込むと、意を決してアルチュールに手紙を突き返した。
「でも、これは受け取れません」
「どうか、ローゼさんに渡すだけ渡してください。ローゼさんにとって、決して悪い話ではありません」
「……ローゼは」
と、フローラは少し考えながら言った。
「もう、アクセサリーを作ることはない、と……言っていました」
ローゼが自分だとバレないように、あくまでもローゼから聞いたことだとして話すのは、ちょっと気を遣って頭がこんがらがりそうだった。
「ええと、もう懲りたって言ってました。自分の力のせいでこんなことになるなんて、って……」
「それはとても勿体ないことです!」
アルチュールはごそごそと帽子のなかから何かを取り出す――それを見たフローラは顔を強ばらせた。見覚えのあるブレスレットだったからだ。ローゼが作ったものだ。しかも水晶が光っている。
「きのう、現物を買い取ったのです……本物ではありませんが」
「本物じゃない……?」
それは本物だ、という言葉を、あと少しで口にしそうになる。だってフローラは覚えているのだ、色の配置を考えて並べて、それから丁寧に一つ一つ糸を通した、あのビーズを。
「本物は、どんなに金を積んでも、誰も手放そうとはしなかったのですよ。だから使用済みのものを買い取ったのです。それでも価値のあるものですからね」
『使用済み』という言葉に、フローラの心はささくれ立つ。
願いを叶えたら光が消えるアクセサリーだから、光が消えれば『使用済み』ということなのか。
言いたいことは分かるのだが、光っていようがいまいが、フローラが作ったアクセサリーに違いはないのに。
……しかも、アルチュールが持つブレスレットは光っている。
「でも光ってますよ、それ」
「これはウチのお抱えの魔女に光らせてもらったのです、それで力が復活するならしめたものですから」
力が復活する――つまりは、力がなければ価値のない『使用済み』のアクセサリーでしかない。その事実を突きつけられて、フローラの心がまたザラリとした。
だがアルチュールはフローラの気持ちなど当然のことながら気づかず、手の平に載せたブレスレットをもう片方の手でつついたりしている。
「ですが、これにどんなに祈っても願いなど叶わなかった。やはり、これの効果は一回切りなんですね。ローゼさんが光らせたものだけが本物なのです」
「……そうですか」
「ですからローゼさんと、是非ともお話がしたいのです。願いを叶えるお守りだなんて、そんな凄い商品を作れる魔女はローゼさんしかいませんから」
「……すみません、お引き取り下さい」
フローラはもう一度、封筒をアルチュールに突き返した。
「ローゼはもう二度とアクセサリーは作らないって言ってました」
「そこをなんとか、その手紙だけでもローゼさんに渡して下さい。決して悪いようにはいたしません。契約の各種条件もローゼさんのご希望をできる限り取り入れたものにするつもりです。それくらいの価値がローゼさんのお守りにはあるのです」
「帰ってください」
ずい、と封筒を突き返すが、アルチュールは困った顔をしたまま受け取らない。
「フローラ様のご意見はフローラ様のご意見ですよね? ローゼさんご本人の意思は、また別でしょう」
「……とにかく嫌だって。ローゼは言ってました」
「ローゼさんの居場所をご存じなのはあなただけなんです、あなたはその手紙をローゼさんに届けてくださるだけでいいんです、あとは私とローゼさんが直接やり取りをします」
「だから……!」
「ローゼさんだって、私の申し出はきっと歓迎してくれるはずです。安全に商品を売ることが出来れば、ローゼさんだって儲かるんですよ? フローラ様もお友達なら、そのチャンスをローゼさんに与えるべきだと私は思うなぁ」
「ローゼは――!」
ローゼは自分なんだ! とフローラは危うく言ってしまうところだった。
フローラは歯を食いしばると、それから声を大きくした。
「ローゼは、もうアクセサリーは作らないんです!」
「何をしている?」
背後からの低い声に、アルチュールは振り向いた。フローラもハッとしてそちらを見る。大聖堂の入り口に人影がいた。
――レオンハルトだった。
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