16.力を自覚しろ、ということ
注意:ちょっと暴力的な描写があります。苦手な方は、この話を飛ばして下さい。
レオンハルトはフローラの手を引いて、ノミの市の外れへとやってきた。そこにはノヴァリス聖護騎士団の紋章入りのテントがあって、たくさんの騎士達が働いていた。さきほど連行された、喧嘩していた男たちの姿も見える。
フローラはそこを通り過ぎ、さらに奥にある幕屋に連れて行かれた。なかには簡素な椅子とテーブルが置いてあり、その椅子のひとつに座るよう促される。レオンハルトは向かい側に座った。
「あ、あの」
フローラはおずおずと口を開いた。
結局、彼には助けてもらった。まずはそのお礼を言わなければならないだろう。
「ありがとうございました、レオンハルト様」
「はぁ?」
返ってきたのは、レオンハルトの苛立った声だった。
「礼を言う場面ですか、今は?」
「え、あの……」
言葉に詰まってしまうフローラ。
だって、助けてくれたのだからお礼を言うべき……じゃないのだろうか。自分はなにか、間違ったことを言ってしまったのだろうか。
喧嘩していた男たちを取り押さえてくれたし、怖そうな騎士に連行されそうになったときも庇ってくれたのに……。
「ご自分がなにをしたのか、分かっているのですか?」
「あの――私、何もしてないです……」
「何もしていない?」
渋い青い瞳がフローラを射貫いてくる。
もうこうなってしまうと、フローラの頭は真っ白だ。何を考えていいか分からないし、自分の置かれた立場もすっ飛んでしまう。
「……」
「何かしたからこうなったんでしょうが!」
レオンハルトは大声で言ってから片手で顔を覆い、はぁ、と大きな溜め息をついた。
「……本物を売るやつがありますか。ただのノミの市で!」
「でも、私、願いを叶えるお守りを作ったつもりはなくて……」
口ではそう言いながら、頭の半分では違うことを考えていた。だって、顔を覆ったレオンハルトの指が、白くてしなやかで、長くて綺麗だったから。剣を振るうよりピアノでも弾くほうが似合っているくらいに。
「あなたの力は強いんです、フ……、ローゼ。歴代でも最強の存在だと言われているのをご存じないとは言わせませんよ」
「まあ確かに、そんなことを言われたこともありますけど……」
聖女として選出されたとき、いろいろと検査を受けたのだ。そのときに言われたのである、『検査では、フローラ様の力を計りきることはできなかった』と。聖なる力が桁違いにある、ということらしい。……自覚はまったくないが。
「あなたは力あるものとして、ご自分の力がどれだけ人に影響を与えるか、もっと自覚する必要がある」
そこまで言って、今度は両手で豪奢な金髪をぐしゃぐしゃにしてしまった。
「くそっ、偉そうなことを言っても、俺も同罪です。あなたが嬉しそうなのを見て……俺も嬉しかった」
「え……?」
「いつも殻に閉じこもっているあなたが珍しく他者と関わりをもって、ちゃんと商売までこなした。しかも楽しそうに。あれ以来、あなたはちょっと明るくなった。……俺は、この経験はあなたの人生にいいことなのだと……そう思ってしまった」
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ、と手が動かされ、髪が乱れていく。
というかやっぱり、彼は仮面の魔女ローゼが聖女フローラだと気づいていた。
「本当は、俺がもっと慎重になって、あなたを注意するべきだったのに!」
豪奢な金髪を引っかき回す彼のしなやかな長い指は、やっぱり剣を握るよりピアノを弾くほうが似合っている――そう思った。
だからフローラは、正直に言っていた。
「レオンハルト様、ピアノ弾いたりしないんですか?」
「は?」
「きっと似合うと思います、ピアノ――」
ドン! レオンハルトが拳を机に叩きつける。それでフローラは、面白いくらい肩をビクッとさせてしまった。
「俺の話、聞いてましたか?」
「……」
フローラはフリーズしてしまう。
レオンハルトは青い瞳で射るようにフローラを睨んでくる。
「大事な話をしてるんだから、ちゃんと真面目に聞いてください」
「えっと、はい」
真面目に聞いているつもりだが――いや、そりゃピアノのことは考えていたけれども。それでもフローラはフローラなりに反省している。
「でも、あの……、私、ただ水晶をヴァルシア様のお力で光らせただけで、まさか願いを叶えるお守りになってるとは思わなくて……」
「言い訳はしないでください」
しなやかな腕を胸の前で組み、レオンハルトはフローラに説教を続けた。
「とにかく、自分がどれだけの力を持っているのか自覚すべきです」
レオンハルトはフローラの目を、その渋い青い瞳でまっすぐ見ながら言う。
「あなただから言っているのですよ、フローラ様」
――その言葉に、フローラは、なにか胸の古傷を鋭い錐で突かれたような感覚になった。
「私、だから……?」
「そうです。あなたは力ある者だ、その自覚を――」
「あのっ」
レオンハルトの言葉を遮り、フローラは声をあげる。
「じゃあ、じゃあ、レオンハルト様の『気になる人』には、こんなこと言わないってことですねっ」
「は? どういうことですか、それは?」
レオンハルトが渋い青い瞳を、意味が分からない――というように細めた。
「私……っ」
フローラは必死に、混乱した頭の中を紐解こうとする。
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