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15.一触即発の危機

 もみくちゃにされたフローラに、なおも人々が押し寄せるなか。

 少し離れた場所から、男の怒鳴り声がする。


「おい、押すなよ!」


「押してねえだろ!」


「押しただろ! じゃまだな、どけよ!」


「てめーこそ邪魔なんだよ!」


 あ、これはまずい……。フローラがそう思った時には、鈍い音と、人々のうわぁっという声が聞こえてきた。

 男たちが殴り合いを始めたのだ。


「ちょ、やめ……!」


 フローラは止めようとしたが、誰もフローラの言葉など聞いていない。

 さぁっと、フローラの血が引いていく。心臓が痛いくらいドッドッと鼓動し、何も出来ない焦りで胸が押しつぶされていった。


「痛ぇなこのやろう!」


「てめえこそ何だごらぁ!?」


 わあわあと騒ぎが広がっていく。誰かが「やっちまえ!」と煽り、ヒューヒューと囃す口笛まで聞こえてくる。


「やめてください、やめて……!」


 フローラは慌てて口にしながら、なんとか治めようとする。


 そんなことをしていたら、フローラは強烈な白い花の香りがあたりに充満しつつあるのに気づいた。

 嗅いだことのある香りだ。どんなお香や香水よりも爽やかで、まるで――光そのものであるようなこの香り。いつもブレスレットを光らせる時にする香りだ。


 いや、今はそんなことにかまけている場合ではない。

 フローラは意を決し、もう一度その言葉を呟こうと口を開いた。『やめて』と。


 だが、それよりも速く――。


「何をしている!!」


 低い声が一喝し、空気がビリビリと痺れる。

 殴り合いはそのときには何組にも派生していたが、そのすべてが動きを止めて恐る恐る声の主を見た。

 レオンハルトだ。渋い青い瞳を怒らせ男たちを睨みつけている。


 誰が呼んだのだろう――騎士達が十数人駆けつけてきたのだ。


 助かった……。

 フローラは心底ホッとした。


 ホッとしたからか、白い花の香りは消えていく。


「ノミの市で暴力行為は禁止だ、それは分かっているな?」


「……だってこいつが」


「ちげえよ、お前が先に殴ってきたんだろうがよ!」


「話は騎士団のテントで聞く。連れて行け」


 とレオンハルトが周りにいた騎士たちに目配せすれば、騎士達は殴り合いをしていた数人の男たちの後ろ手をとって連行していく。

 とりあえず、これで暴力行為は取り除かれたが……、根本的な原因は解決していない。


「それで? いったいどうしたというんだ」


「みんな、魔女さんのお守りが欲しいのよ」


 群衆のなかから女性の声が上がり、そうだそうだ、と人々の頷きが広がっていく。


「願いが必ず叶うって」


「どんな願いでも叶えてくれるんだって聞いたぜ」


「本物の力を持ったお守りなんだって!」


 人々の声を聞きだいたいのことは察したらしいレオンハルトがはぁっと溜め息をついた。


「原因はあんたか、ローゼ……」


「団長、魔女を連行します」


 と強面の騎士がもみくちゃにされたフローラに近づいてくる。彼を通すために群衆が二手に分かれていく。


「余罪がごろごろありそうですよ、この魔女。願いを叶えるお守りとかいって、高額で売りつけようとしたんでしょうし――」


「待て」


「こういうのは得意なんです、俺が締め上げてやりますよ」


 ポキポキと指を鳴らして近づいてくる強面の騎士に、フローラは思わず身をよじって後じさった。


「ひっ……」


 冷たい汗が背中を伝う。恐怖ですぐにも逃げ出したいのに、脚が震えて立っているのがやっとだ。


「逃がさねぇぜ、観念しろ魔女」


「待てと言っている!!!」


 レオンハルトの喝破が響き、また空気がビリビリと震えた。


「団長、しかし……」


「俺が待てといっているんだ、団長の俺の命令を聞くのがお前の仕事だろう!!!」


「魔女が逃げ――」


「口答えするな!!! 命令するのはお前じゃない、俺だ!!!」


 また喝破だ。ビリビリする。


「……団長」


 ムスッとした強面の騎士だったが、すぐにあざ笑うように顔を歪めた。


「どうしたんですか、団長。昔に戻っちまったみたいじゃないですか?」


「なんだと?」


「部下の意見も聞かず、自分の意見を押し通す。気に入らないことがあったら大声で威張り散らして言うこと聞かせる。そんな団長はもう過去のものだと思ってたんですがねえ」


「……貴様、誰に向かってものを言っている」


「団長ですよ、団長。あ、鬼の騎士団長って言った方がいいですか?」


「貴様……!」


 ギリギリと歯を食いしばるレオンハルトに、強面の騎士はヘラヘラと笑っている。明らかに挑発だ。


「こらこら! 味方同士だろ!」


 ――と、明るい声がした。


「喧嘩はやめておこう、僕たちは騎士団の仲間なんだからさ」


 コンラートである。長めの赤髪と涼しげな水色の瞳の彼が、手を上下させて「どうどう」となだめている。


「けど団長がよ……」


「団長だって虫の居所が悪いときくらいあるさ。そうですよね、団長?」


「……」


 レオンハルトは無言で強面の騎士を睨んでいたが、ふぅーっと深く息をつき、頭を下げた。


「すまん、ついカッとなった」


「団長……」


「ほら、ね? 団長が謝ったんだから、君も謝っちゃおうか」


「……しゃあねえな。レオンハルト団長、ナマ言ってすみませんでした」


 強面騎士は唇をとがらせ拗ねるように謝る。


「そうそう、同士討ちが一番よくないからね!」


 コンラートは強面騎士の背中をポンポンと叩いて、それからフローラに向き直った。


「でも君は逃げちゃ駄目だよ、魔女さん? 騒動の原因は君だからね。君からは話を聞かなきゃならない――ですよね、団長?」


「……魔女ローゼ」


 レオンハルトが、ゆっくりとフローラに近づいてくる。


「こうなった説明は出来るな?」


「わ、私……」


 レオンハルトは静かにフローラを睨みつけてくる。どこか苛立ちを含んだその渋い青い瞳に、それでもフローラは吸い込まれそうになった。

 こんなときに不謹慎かもしれないが――、静かな怒りをたたえたレオンハルトは、とても格好良かった。


「俺と一緒に来い。話がある」


 ガシッ、と手をとられ、フローラはビクッとする。ちょっとやそっとじゃ離してくれそうにない、強い力だった。


「コンラート、あとは頼んだ」


「かしこまりました団長、お任せを」


「あの……」


 フローラが何か言う前に、レオンハルトはグイッとフローラを引っ張った。その強引さに逆らえず、フローラは彼に連行されていく。


「魔女さんのことは頼みましたよ、団長ー!」


 そんなコンラートの明るい声を背中に受けながら。





お読みいただきありがとうございます。

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