13.2回目のノミの市に挑む聖女
夜になり、一日の勤めを終えて宿舎の自室に戻ったフローラは、手紙が届けられているのに気づいた。
実家であるヴィンターフェルト伯爵家からの手紙である。
フローラは机について封を開ける。
中には手紙が一枚入っていた。
フローラの7歳年下の妹であるセシリアが、また詩の大会で優勝したとのことであった。これで通算5回目の優勝だから、やっぱりセシリアは私と違って才能があるんだと、フローラは嬉しくなる。
妹の栄華を誇るついでのように、『あなたは聖女としての勤めをちゃんと果たせていますか?』という文言が最後に一行だけ書かれていた。
フローラは手紙を机の上に置くと、なんと返そうか思いを巡らせつつ便せんを取り出す。そのために手を動かしていたら、レオンハルトに頼まれていたことを思いだした。先にオットーへの紹介状を書くことにしよう。
大神殿への紹介状を書き、そして実家への返事も書き終える。
……一応書いたが、両方とも、何度読み返しても、これでいいのか自信がない。もしかしたら失礼なことを書いてしまっているかもしれない……と何度も何度も読み直し、書き直す。誰かに見てもらいたいが、ここにはそんな親しい人はいない。
レオンハルトの顔がちらりと浮かぶが、フローラは首を振った。彼は今ここにいないし、だいいち、彼には好きな人がいるのだ。――それを思い出すたび、胸にズキリと痛みが走る。彼に迷惑をかけることはできない。
フローラは自分一人で書き直し続ける。
だがそのうち書き直すのに飽きて、もうこれでいいや、と開き直って封をした。
そんなことをしていたら、もう寝なくてはいけない時間になっていた。アクセサリー作りは、今日はできそうになかった。
それから二十数日が経過した――その間、フローラはレオンハルトにオットーへの紹介状を託したり、レオンハルトのことを思いだしては彼に好きな人がいるのだと認識して、胸の傷が疼くような痛みを味わったりしていた。
もちろんそんな日常の夜に、フローラはアクセサリーを作り続けた。
初めて参加したときは商品を20個ほど持って行けたが、今回は少なく、5つほどしか作れなかった。それでも参加申し込みはもうしてあるので行くしかない。商品がないという事態を避けられただけマシだと思おう。
◇
そして、ノミの市当日となった。この日もフローラはもちろん休みをとっていて、朝早くの礼拝を終えてささっと準備し、いざノミの市に向かう。
この前と同じように道中で『仮面の魔女ローゼ』への変装を済ませる。
そこで敷布を敷いて商品を並べ終えたころ、さっそく来た人がいた。
パパに結婚を反対されていたあのカップルである。
「魔女さん!」
オットーさんの娘さん――ソフィアが、抱きつかんばかりの勢いで、商品の奥に座ろうと中腰になっていたフローラに近づいてきた。
「魔女さん、この前はありがとう! おかげさまで、パパに結婚を許してもらえたの!」
ソフィアの勢いに押されて、フローラは思わず上半身を仰け反らせる。そのフローラに、さらにソフィアは詰め寄った。
「魔女さんにいわれた通りにね、あのあとパパに気持ちを伝えたの。私の気持ちは本物だし、ランディも本気だって」
「ちょっとずつでもオットーさんに認めて貰えるように頑張る、だからよろしくお願いしますって、真剣に頭を下げたんです。そうしたら……」
男性――ランディが嬉しそうに頷いた。
今日の二人は、以前のようにジャラジャラはしていない。ただ、二人してお揃いのブレスレット――フローラが売ったものを身につけていた。
「なんと、その場で了承してくださったんです!」
「パパったら、本当は前々からランディのこと気になってたんですって。でも、さすがに娘を任せられないんじゃないかって思ってたって」
「でも僕の本気を見て下さって……、こいつならって、覚悟が決まったそうです」
「そうですか、よかったですね」
もう知っていることなので初めてのように喜ぶことはできなかったが、それでもフローラは笑顔で頷いてみせた。
「お二人のお気持ちが、お父さんに通じたんですね」
「そうよ! だから魔女さんにお礼しなくちゃいけないなって思ってたの」
「そんな、私はなにもしてませんが」
「なに言ってるのよ、魔女さんの助言があったからこそでしょ! ――ていうかね、ブレスレットの光が消えちゃったのよ」
「光りが……消えた?」
「ほら」
とソフィアがブレスレットを示す。
確かに、ブレスレットの水晶から、光が消えていた。
「僕のも消えちゃったんです」
ランディも、手首に通した自分のブレスレットをフローラに見せる。確かに水晶は光っていない。
「なんかね、不思議だなぁってランディと話してたの」
ソフィアがブレスレットを撫でながら言った。
「願い事を叶えたから消えたみたいね、って」
「願い事を……?」
「そう。もしそうだとしたら、これを作った魔女さんが私たちの願いを叶えてくれたってことになるわ」
「そんな……」
願いを叶えるブレスレット? そんな凄いものを作ったつもりなどない、願いが叶ったのはたまたまだろう。
「あ、不思議なことといえばまだあってね、ランディが本気でパパに頭を下げたとき、パパは声が聞こえた気がしたんだって」
ソフィアはそこで、ふと天を見上げる。
「ヴァルシア様の、すごく優しい声が――」
「ヴァルシア様の?」
釣られて空を見上げながらフローラが聞けば、ソフィアは頷いて視線をフローラに戻した。
「うん、なんかヴァルシア様に言われた気がしたんだって。二人は本気です、ランディなら娘さんの面倒を責任を持ってちゃんと見てくれます――って。だからパパったら、結婚式には聖女様を呼ぶって言ってくれたの」
「聖女様を……」
ソフィアは弾けるような満面の笑顔になる。
「そう、ヴァルシア様の依代の聖女フローラ様に、改めてお礼をしたいんだってさ。ランディっていういいお婿さんをみすみす逃すところだったから」
「なんか僕、期待されてますよね。でも嬉しいです。オットーさんの大切な娘さんを預かるんだから、今まで以上に気を引き締めないといけないな」
緊張した笑みをフローラに向けるランディに、フローラは曖昧に微笑み返すしかない。
と、そこへ違う人が話しかけてきた。
「魔女さん、このあいだはどうも!」
人の顔を覚えるのが苦手なフローラは、その人が誰だか分からなかった。
だが彼女が嬉しそうに言った言葉で思いだした。
「あのね、昇進試験、合格したのよ!」
この前アクセサリーを買ってくれた人だ。確か職場の昇進試験があって、それで疲れている――とか言っていた。
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