10.お財布持った騎士
急いで敷布から起き上がって仮面と服を直すフローラに、コンラートがウインクしてきた。
「約束通り、お財布持って買いに来たよ」
「ありがとうございます。……あ、でも……」
フローラは敷布の上に目をやる。そこにはもちろん、一つの商品も残っていない。
「あれ、もしかして売り切れかな?」
ペコリ、と頭を下げるフローラ。
「はい、すみません」
「なんだ、そうなのか」
コンラートがいかにも残念そうに肩を落とした。
「大人気だな、いや分かるよ……聖女様とお揃いだもんな……」
「……まあ、はい」
買っていってくれた人はこれが聖女とお揃いだとは知らないようだったが、話を合わせるために適当に頷いておいた。
「でも残念だなぁ。今朝貰っておけばよかった」
「コンラート」
コンラートの軽口を咎めるレオンハルトに、コンラートはひょいと肩をすくめる。
「はいはい、分かってますよ。僕たちノヴァリス聖護騎士団の団員は、聖女フローラ様に相応しいよう、その身を常に正すべし――ですよね?」
「……ごほんっ」
少し頬を赤らめてこれ見よがしに咳払いをするレオンハルト。
「分かっているならいい。俺たちは聖なる存在を相手にしてるんだ、それは忘れるな」
「かしこまりました、団長」
「……それにしても」
と、レオンハルトが微笑みをフローラに向けたものだから、フローラの心臓はまたしてもドキッとする。
「あんた、よく頑張ったな」
「え――」
「客商売なんか明らかに向いてなさそうなのに、売り切れるまで商売しきるとは。なんというか、人は見かけによらないものだ。見直したよ」
「ありがとうございます」
ドキドキしながら返事をする。顔が、熱くなり始めていた。
「ん? おやぁ?」
コンラートがニヤニヤしながらレオンハルトの顔を覗き込む。
「珍しいこともあるものですねぇ、団長が人のこと――しかも女性のことを褒めるとは。というか団長、この魔女さんとは知り合いだったんですか?」
「馬鹿をいえ、今朝会ったばかりだ。ただ……」
レオンハルトはフローラをちらりと一瞥した。
「いかにも……こう、人慣れしていない感じはするだろう? 会話がブツ切りだし」
「あはは、そうですね。そういうところも聖女様に似てる、というか――」
言いながらコンラートは首を傾げる。
「……君、本当にフローラ様じゃないんだよね?」
「違います。よく似てるって言われるけど……」
慌てて否定すれば、コンラートはあははと笑った。
「そうだよね、聖女様がこんなところでアクセサリーを売ってるわけがないし」
「あまり他人のプライベートに首を突っ込むんじゃない。お前は少し黙れ、コンラート」
「はいはい、それじゃ、邪魔者はお暇するとしますか」
わざとらしく水色の瞳をニヤケさせるコンラートに、レオンハルトは眉をひそめる。
「……どういう意味だ」
「どうって、二人きりになったほうがはかどる話もあるってことですよ。それじゃあね、魔女さん。団長ってこんな顔してるけど結構優しいとこあるから、そこは安心してね」
「コンラート!」
「あはは、失礼しましたー」
コンラートは楽しげに笑うと手を振って、そして去って行った。
残されたレオンハルトが、ふぅっと軽く息を吐く。その頬は少し赤かった。
「騒がしくしてすまん。悪い奴じゃないんだが」
「いえ」
「……」
レオンハルトはもう一度ふぅ、と息をはいて、所在なさげに周囲を見渡した。
……なんだかいたたまれない雰囲気だが、せっかく二人きりになれたのだ。
あの話を、しよう。
「レオンハルト様」
声を掛けると、レオンハルトは面白そうにクスッと吹き出した。
「?」
「いや、失敬。君に名前を教えた覚えはないんだが、ローゼ」
「あ――」
しまった、そうだった。焦るフローラに、レオンハルトは軽く笑う。
「まあ俺は聖護騎士団の団長だからな、それで知られていたのだろう」
「はい、そうです」
……レオンハルトのフォローに、フローラはカクカクと頷く。
どうやらレオンハルトは、仮面の魔女ローゼの正体に気づいているようだが、それを伝えてくるつもりはないようだ。
「……あの」
フローラは深く息を吸うと、頭を下げた。
「今朝はありがとうございました」
「なんの話だ?」
「商品が盗品じゃないって、庇ってくれて……」
「ああ、そのことか」
レオンハルトはこともなげに笑ってみせた。
「コンラートも言っていただろう、あんたに盗品を売るような度胸があるようには見えなかった。それだけだ」
「すごく助かりました。レオンハルト様に助けていただけなかったら、アクセサリーを売ることもできなかったから……」
フローラは、自分の手首を見る。
「――あれ?」
「どうした?」
「あ、いえ。光が……」
「光?」
確かに光っていたはずのブレスレットの水晶から、光が消えていた。
「どうして? さっきまでは光ってたのに」
「魔力が切れたんだろう」
「……まあ、そうかもしれませんね」
今までは光っていたが、今は消えている。そこから導き出せる一番妥当な答えは、レオンハルトの言うとおり、『込めてあった魔力が切れたから』だ。
女神ヴァルシアの力で光らせたから普通の魔力より力は強いはずだが、それだって無限に続くわけではないのだから。
「……魔女ローゼ」
レオンハルトの声に顔を上げると、彼はじっとフローラを見つめて微笑んでいた。
渋い青い瞳に、フローラは吸い込まれそうになる。
「お疲れ様、今日はもうゆっくり休むといい」
「はいっ、ありがとうございます」
フローラはペコリと頭を下げる。
「じゃあな、俺はもう行く。そろそろ昼食休憩が終わる時間だ」
「はい」
背を見せて去って行くレオンハルトを、フローラは手を振って見送る。
レオンハルトが振り返らずに雑踏に消えたのを見終えてから、フローラはドキドキする胸を押さえた。
なんだか、胸が苦しい。でもそれは決して辛い苦しさではなく、甘酸っぱくて心地良いもので――。
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