心霊引越し業者 〜四十九日限定で表示される番号〜
ホラー要素は一切ありませんので、ご安心ください。
日本では、四十九日法要というものがある。
四十九日の間、亡くなった方を想い喪に服す日だ。
その間、祝い事や楽しみ、贈り物など、華やかなことはできない。
そもそも、それ以前に悲しい感情が湧きあがり、幸せを祝うことや、楽しんだりなど難しいだろう。
故人が明るい人柄であって、明るく見送ってほしいと願ったとしても。
まぁ、現実は故人が亡くなった事実が残り、それでも同じ生活を送らなくてはならない。
それに、悲しみの定義も、故人との関係性にもよるだろう――。
俺は、そんな中で、未練に縛られて残ってしまった魂を導いて、極楽浄土への引っ越しを手伝うのを生業としている死神見習い。
【心霊引越し業者】だ。
突然の雨に降られ、傘がない人間たちは雨をしのぐために雨宿りをしたり、走ったりと騒がしい。
そんな中、俺は優雅に雨の中を歩いている。
それなのに、傘も持たず雨に濡れていない俺を目にした人間は、驚いて道を開けた。
俺の仕事である『心霊引越し業』で大変なのは、手に負えない魂が、たまにいること。
だから、この仕事は二人一組が鉄則であり、守るはずの絶対的ルールだったにも関わらず――。
俺の相方だった男は、二日前に単独で仕事をこなそうとして、暴走した魂に取り込まれて殺された。
もちろん、その魂も死神を殺したことで悪霊化して本家の死神に狩りとられている。
そして、そのまま地獄に堕ちた。
俺みたいな死神見習いには悪霊退治は無理に等しい。
まぁ、それでも立派な武器はある。しかも小型化できる優れものだ。
そんなわけで、現在一人でお仕事中。
死者は多くても、死神見習いは少ない。でもって、本家の死神はもっと少ないから毎日仕事で忙しく働いている。
こういうのをブラック企業というのかもしれない……。
俺なんて、すでに相方が死んでるのに、一人で仕事をさせるとか、本家の死神サマは頭湧いてるだろう?
まぁ、今日の仕事はワンコを一匹遺すのが心残りで、成仏できなかった魂で良かったわ。
基本的に仕事は一日一つ。
そんなわけで、俺は冥界に戻るまでの時間をつぶしていた。
冥界の場所は教えられないが、丑三つ時という言葉を、一度は聞いたことがあるだろう。
真夜中の午前2時〜半までの30分。
その時間に、決まった場所で、空間の歪みが生じて行き来が可能になる。
現在時刻が、18時を回った頃だから……だいぶ時間がある。
そんな矢先。
ポケットに入れているスマホが振動する。
嫌な予感がしつつ、画面を眺めると、緊急依頼と大文字が浮かび上がっていた。
続けざまの依頼は初めてで困惑する。専用の端末で確認すると現在、この地区で死神見習いが俺だけらしい。
先程よりもはげしく感じる雨に視線を上に向ける。当然、顔にも雨粒一つそそがれることはない。
――正直、イレギュラーな依頼は不安がよぎる。
心霊引越し業者をしていて、怖いことは……優しい魂であっても、未練が強いと悪霊化することがあるからだ。
後で、相方が殺されたのも、大人しく優しい魂だったと聞いている。
地縛霊は、主に俺たちが取りこぼした魂がなるもので、引越しに失敗して善良な魂が悪霊化するパターンが、相方だ。
それでも、死神見習いが死ぬ例は少ない。
まぁ、そもそも善良な魂が悪霊に変わること自体、滅多にないほど特殊だと思っている。
死神見習いとして、この仕事についてからまだ一年未満だが、事例は相方だけだ。
降りだした雨は、さらに強く音を立てて気がつくと、いくつもの水溜りを作っている。
墨のような雨雲で、さらに暗くなった夜道を歩くと、明るく染まっているはずの茶髪も黒くみえるだろうか。
そんな他愛もないことを考えている間に、問題の家についた瞬間、中から依頼主が飛び出してきて、ぶつかった。
赤い屋根の瓦に、昭和を感じさせる古びた家のドア。
死神見習いだが、俺たちは人間界にいるときは実体化している。
これが、死神になる必須条件であり、この能力がないと見習いにもなれない。
まぁ、実体化しているが、実は痛覚はない。
倒れかける依頼主を受け止めると、開かれたドアから、ぬいぐるみが飛んできた。
「これは、可愛い部類のポルターガイストだ……」
そう思った瞬間。俺の横を刃渡り20cmの包丁が飛んでいき、背後の木にぶっ刺さった。
二人で思わず、刺さった包丁に視線を向ける。
――俺が、浅はかだった。
訂正しよう。これは、殺意があったらすでに悪霊化案件だ。
「えーっと。この状況について、ご説明いただけます〜?」
思わず敬語になる。
人ならざるものであっても例外なく、驚くと大抵情緒がおかしくなるものだ。
「オレにも分かりません! 四十九日の法要を終わらせて、帰宅した途端にコレです!」
依頼主は大学生。
事情により、祖父と二人暮らしをしていた。
その祖父が先月亡くなり、四十九日の法要から帰宅してこのありさまか……。
「うーん……めんどくせぇ臭いがプンプンする」
「えっ……?」
「あ〜……危ないんでー。しばらく、どこか安全な場所に避難してもらえます〜?」
受け止めたままだった依頼主から手を離すと、一呼吸した。
実体化しているから、死神の力が使えなくなるわけじゃない。
白く伸びあがる魂を感じた俺は、左手でスマホを耳に当てジェスチャーしてみせる。
「あー、いつでも呼べるようにスマホだけは持っててくれ」
普通の人間に俺たちとのコンタクトはとれない。
これは四十九日限定で、心霊現象が起きたとき、地震のアラームのようにスマホ画面に浮かぶ番号がある。
人間は不安になると誰でもいいから頼りたくなる生き物だ。
「――てか、あんた誰!?」
「あー……申し遅れましたー……オマエが呼んだ、心霊引越し業者だよ――」
「あ、ハイ! 家のこと、お願いします!」
脅したつもりはなかったが、口が悪いと評判だったりする。
まぁ、営業には向いていない。
先程以上に勢いよく走っていく後ろ姿を見送ると、両手を握りしめた。
「さーて、邪魔者もいなくなったことでぇ……久々に、暴れようか――」
暴れると口にした瞬間、左手に持っていたスマホがうるさく鳴る。
確認してみると、画面に大きな文字で『一、に会話。ニ、に説得』と書いてあった。
正直いって、うぜぇ……。
これは、俺の上司である真面目な死神サマが、声を拾ってうるさく言ってくるシステムだ。
盛大なため息をついてから、開かれたままのドアから中に踏み込んで、慣れない少し高めの声をだす。
「どうもー。心霊引越し斡旋業者で〜す」
なぜか玄関に置かれた姿見に映る俺の姿は、明るい茶髪が淡い銀髪に変わり、同色の瞳も金色に変わるとともに、姿は見えなくなった。
霊体は鏡には映らない。
つまり、この姿が俺の本来の容姿だ。
後手に、小型化した死神の鎌を握り、貼り付けた笑顔で声をかけると、果物ナイフが頬をかすめてドア越しの壁に刺さる。
「オイ……相手、やる気まんまじゃねぇーかよ!」
反対の親指で、頬から漏れでる黒いモヤを塞ぐと、一部の人間から定評のある低いドスの効いた声で苛立ち吐き捨てた。
黒いモヤは、生者でいうところの血と同じで、大量に漏れでると俺たちは消滅する。つまり、本当の死だ。
加えて、霊体化した本来の姿だと痛覚もある。
俊足で、廊下の反対側に回り込むと障子越しに、仏壇が置いてある部屋の様子を確認した。
位置的に完全にはみえないが、どうみても、やる気満々の魂なのに色が黒く染まっていない。
つまり……これは、愛情ゆえの暴走だ。
面倒だが、この魂は悪霊化しない。だが、問題はある。
悪霊化しない魂の暴走が一番厄介だということ。
つまり、俺の苦手とする説得業務が必要不可欠だ。
「あー……今日は、厄日だ」
本音が口から漏れると、声に反応するように再び何かが飛んでくるのが分かり、しゃがみ込む。
すると、飛んできた花瓶が障子を破って壁に当たって砕け、花が廊下に散らばった。
姿勢を低くしたまま障子から中を覗くと、キッチンと一体型となっている部屋だと分かる。
「そりゃあ……包丁や果物ナイフが飛んでくるわけだ」
そして、完全に魂の全体を確認した瞬間、今度は赤ん坊くらいの、ぬいぐるみが飛んでくると、隠し持っていた鎌を元の姿に戻して真っ二つに切り裂いた。
「あっぶなッ! これ、対話もできねぇぞ!」
一瞬だけ、切り裂いたぬいぐるみに視線を向けると、3450と書いてあった。
鎌を肩に担ぐような体勢で、一旦身を引くと、廊下を突き抜けた先に階段を見つけてそのまま飛び上がる。
家は古いが、二階建て。
さっきのぬいぐるみは、あの部屋にないものだった。
つまり、ポルターガイスト以上の能力を持った魂……。
「えーっと〜……魂との対話……説得……」
再び俺の声を拾ったスマホが激しく鳴ると、再び大文字で主張してくる。
『対話……先ずは、落ち着かせること。ヒントは、故人の大切なモノを思い出させる。説得……故人が現世に残ること、即ち、生者である家族を不幸にするのと同義だと示せ』
「――なんか、最後は説明というより、命令だな……オイ。悪霊にならないからって、一人で対処しろってか」
スマホは、同意しているように、おとなしくなった。
まだ、あの魂について分からないことだらけだが……今のところ、家を移動してまで俺を探す気はないらしい。
両親がいるのに、大学生で祖父と二人暮らしだったことがヒントなのか……。
それに、さっきのぬいぐるみ……あれは、もしかしたら重さを示しているのかもしれない。
ぬいぐるみで、重さを示すといったらウエイトドール……。
つまり、依頼主の重さ。
「もしかして、依頼主を一人残すことに対して心配で旅立てないのか……?」
それが事実なら、今日こなした依頼の人間版だった。
人間相手なら……魂が生前いた部屋に、何かあるかもしれない。
魂は祖父だ。
年寄りが二階には住まないだろう。ということは……仏壇とキッチンがあった、隣の部屋……!
素通りしたが、隣にも障子で閉められた別の部屋があったのは確認している。
「壁に仕切られていたとしても、魂は気づいて襲ってくるか……」
でも、さすがに包丁も果物ナイフも壁を破壊することは不可能だ。
移動してきた場合は、そのときに考える。
考えがまとまると、スマホをポケットにいれ、西洋の隊服のような上下黒い格好をした俺は再び鎌を小型化させて左手に握りしめた。
音を立てず、階段を飛び降りると直ぐに障子を開けて中に忍び込む。
隣の部屋は電気がついていたが、こちらはついておらず暗い。
雨の音もはげしく瓦を打ちつけている。
暗闇でも部屋全体はみえていた。
畳の中心に、一つのダンボール箱が視界に入る。
足音を立てずに近づくと、中身に見覚えのある、ぬいぐるみがあった。
先ほど投げられたのと同じ動物を模している。
「つまり、あれは……複製か。てことは、実体化してたのか!?」
普通は、魂が生みだしたものは実体化できない。
俺たちのように死神なら話は別だ。
「えっ……てことは、あの魂……死神見習いの素質ありって――」
一瞬、すべての音が止まったように錯覚する、ヒヤリとした冷たさに、気がついたときには、独り言を遮るように、目と鼻の先に白い魂が揺れている。
――油断していたつもりはない。
年老いた男の手が、俺の喉元に触れていた。
その瞬間、強烈な光が灰色の雲から放たれ、開かれた障子から窓に反射して、男の姿を金色をした俺の瞳に映しだす。
直後に、はげしい落雷が聞こえてくると、触れるなと言わんばかりに鋭い視線が突き刺さった。
思わず、つばを飲み込むが、俺が何もしないことを理解した男は手を離すと、ダンボール箱を覗き込んでいる。
悪霊化していない魂相手に、遅れをとったことは今の今までない。
それだけ、この年老いた男の愛情の深さが垣間見える気がした。
だが、対話をするなら今かもしれない――。
「その……あんたが、ここに残っているのは、大学生の孫が心配だからか……?」
「――わしの、大事な孫だ。このダンボール箱には、宝物が詰まっている……だが、コレを持って極楽浄土にはいけない」
ようやく対話が成立した。
しかし、さっきのは心臓に悪いぞ……。
「あんたが、大切にしているものなら……俺の力なら、一緒に連れていける」
俺は、この機を逃さず、魂が興味のある話をする。
「……どういうことだ?」
「俺の仕事は、心霊引越し業者……つまり、引越し屋だ。引越し屋が運ぶものは?」
よし! 食いついた。
対話が一度成立したら、こっちのものだと上司も言っていた気がする。
「――大切なモノ」
「そういうこと! まぁ、生前に大事にしていたもの限定だけどな」
俺は、魂であるじいさんの許可を得て、早速ぬいぐるみに手をかざした。
すると、青白い光が中から抜けでて、空中に浮いている。これが、モノの魂。
モノには魂が宿るを体現した能力だ。実体化しているものを、霊体化させるなんて造作もない。
だが、人間界で付喪神といわれるほど、愛情を得たモノにしか使えない特徴がある。
ぬいぐるみが、深い愛情を得ていて命拾いした……。
ぬけがらとなった、ぬいぐるみにも変化はなくたたずんでいる。
じいさんは青白く輝いている、ぬいぐるみを手にすると、鬼のように深かった顔が仏のように優しくなった。
俺は、死神見習い専用の時計を確認する。
四十九日限定の仕事である引っ越しは、その日までに完遂しないといけない。
次の日を迎えると、その魂は地縛霊になってしまう。
そうなると、極楽浄土に行けない可能性もでてくるらしい。
だから俺は、ただ四十九日に引っ越しを終わらせることだけだ。
残り、三時間半。ここにきて、もう二時間は経ったらしい。ようやく対話が成立したことで、次は未練を経つこと。
だが、その前に……。
魂の気持ちを完全に掌握するため、目の前にあるダンボール箱を片付けよう。
「それで? このダンボール箱は、整理した大切なものなんだろ? 他のも試してみるか?」
俺は、じいさんの隣にしゃがみこんだ。
横目で様子をうかがうと無言で、うなづいている。
右手を再びかざすと、今度は一度に能力を使った。
すると、8割は霊体に変化する。
残った2割は、じいさんも納得しているようだった。
先ずは、引っ越しの片付けが済んだといってもいい。
まぁ、俺たちの仕事は人間の引っ越し業者と違って、魂を第一に引っ越しさせるのが任務だ。
ただ、魂を導くんじゃなく。不安材料である未練を取り去って、次に住む場所へ連れていく。
それには、大切にしていた記憶はもちろん、それを感じられるモノの価値は大きい。
それらを運ぶのも、引っ越し業者である俺の役割だと思っている。
今ではこんな考え方をもつ、引っ越し業者も、引っ越す側も少ないかもしれない。
だが、口が悪いが成功率100%の俺が保証する。
四十九日に出会った魂は、俺が全員極楽浄土に送ってやる!
それで、問題の未練については、大学生の依頼主か……。
先ずは、じいさんの話を聞こう。
「それで? じいさんの未練は、具体的になんなんだ」
営業ができない俺は、いつも直球で相手の懐を探った。
俺が立ち上がると、じいさんも立ち上がり、周りに散らばった霊体になった大切なモノを見つめている。
「……孫は、両親と上手くいっていない。だから、わしの家に大学生の間、居候している」
「なるほどねぇ……それで、孫は今何年生なんだ?」
「……今年で三年生だった。あと二年……一緒にいてやりたかった」
資料によると、じいさんは病気を患っていて、この家で亡くなった。
魂は、生前の強い想いがある場所か、事故や殺された場合は、亡くなった場所に縛られたりする。
この未練を取り去るには~……説得という名の話し合いか。
大学生の依頼主を呼び戻して、一時間以内に終わらせよう。
「今から、その孫を呼んでくる。ちゃんと対話できる形を取り持つから、ポルターガイストはなしだ」
俺は忠告すると、スマホを取り出して依頼主を呼び戻した。
呼び出して、少しだけ個別で話をしたあと、部屋の中に招き入れる。
「うおっ!? じいちゃんが、視える……」
話は通したが、大体の常人なら普通の反応だ。
これは、俺の能力である霊視共有。
俺に触れることで、霊体を可視化させることが可能だ。
依頼主を呼び戻したことで、俺はまた実体化している。
再び、居間でテーブルを囲んで話をすることになった。
じいさんが向かい側で、俺たちは横並びで座っている。
家に入る前に、じいさんの状況も話をした。この未練を取り去るには依頼主以外にこなせない。
「その……じいちゃん。オレのせいで、ごめん! 亡くなってまで心配させてたなんて――」
「……いや、わしが勝手にしたことだ。この若いのの言葉を信じると、未練を断ち切らないと極楽浄土に行けないらしい」
「えっ!? お坊さんが言っていたやつだろ……。じいちゃんには世話になったんだ……大好きなじいちゃんには、極楽浄土に行ってもらわないと困る!」
その言葉を聞いた瞬間、魂の色が淡く輝きだす。
これは、迎えがくるときに似た光だ。
やはり、未練の象徴である依頼主と会話をさせるのは正解だったらしい。
俺は、依頼主に玄関で話をした内容を伝えるよう耳打ちする。
「オレさ……じいちゃんに言えなかったことがあるんだ。好きな子がいるって言っただろ? 実は、じいちゃんに背中を押されて告白した返事を昨日もらった」
告白をした直後に、じいさんが亡くなったらしく、彼女も返事ができなかったらしい。
じいさんも、思わずツバを飲み込む音をたて前のめりとなる。
「告白したときに直ぐ返事ができなかったのは、友達が見てて恥ずかしかったからだったみたいで……じいちゃんが亡くなって、言うタイミングを失ってたらしくて――」
依頼主も、照れた様子で口ごもり、両手で顔の中心に丸を作って、はにかんだ。
それを見たじいさんは、頬の肉が落ちそうなほど笑顔をみせる。
「それと……オレ、じいちゃんが亡くなってから、初めてバイトも始めたんだ。しかも、その子の家で!」
それを聞いた瞬間、俺の中にも、じいさんが未練を断ち切ったのが分かった。
つまり、それは二人の別れも意味している。
未練のない魂は、現世にとどまれない。
目の前に並べられていた霊体の宝物が先に動きだし、俺が用意した霊体専用の白いダンボール箱に入る。
それを目にした依頼主は、驚きで叫んでいた。正直うるさい……。
これだから、生者に霊視をさせるのは奥の手だ。
このじいさんは、只々、孫が心配で暴走しただけ。
俺のケガも大したことはないから、予定どおり極楽浄土に行けるだろう。
「若いの、悪かったね……。こんな、死んだ老いぼれの相手なんてさせて」
「気にすんな、これも仕事だ」
「じいちゃん、本当に心配させてごめん! オレは、じいちゃんが残してくれたこの家で、大学を卒業するよ。だから、安心して極楽浄土に行ってくれ」
涙ぐむ二人の姿は、輝いてみえた。
――この瞬間が、俺はたまらない……。
まぁ、霊視は最終手段だから、ほとんどこんな体験はない。涙ぐむ姿を、俺が見れるのは魂側だけ……。
つまり……輝きを増した魂が、天に昇るさまが、キレイだと思っている。
「ああ……ありがとう。また、お盆にな――」
じいさんは、霊体のダンボール箱を手に、満面の笑顔で粒子となって消えていく。
最後に立ち上がる依頼主が思わず伸ばした手を、俺は制止した。
「俺が、言ったこと……覚えてるかぁ?」
「あっ! すみませんでした!!」
俺が二人を触れさせなかったのには理由がある。
魂側が、生者を連れて行こうなんて思わなくても、惹かれ合う魂には、歪な部分が存在した。
――取り込まれる恐れ。
俺の相方だった死神見習いが殺されたあれだ。
実は、あれには理由がある。
俺たち死神見習いも、もちろん死んだ人間に変わりはない。
つまり、死んだ時期によっては、関わりのある生者と出会う可能性がある。
何が言いたいかというと、悪霊化した魂は、関係者だったということ。
だから、俺は霊視を共有はさせても、魂を触れ合わせたりしない……。
「よっし! 引越し完了ォ!」
「あの……有難うございました!! じいちゃんが、オレが心配で成仏できなかったなんて考えも及ばなくて……。あっ……お代は」
「んー。オマエの記憶だ」
少しして隣の部屋に移動した俺は、ダンボール箱の中身について説明していた。
しゃがみこんで、ダンボールの中身を手にしていた依頼主に、立ったままの俺は不敵に笑う。
「えっ?」
「俺と会ったこと、じいさんとの会話をもらう」
少し前かがみとなると、振り返る依頼主の胸に、銃のように親指を立て人差し指を当てた。
「――生者は魂と触れ合えない。死者との記憶は胸の奥にしまい込み、二度と蘇ることはない。二つは相容れない存在。故に、此等には価値がある」
――死神である、俺たちにとっての話。
あ、まだ死神見習いだった。
指から糸のような淡い光を放つ一本の線が可視化すると、依頼主の中に溶けるように消えていく。
記憶を書き換え始めた脳の働きによって、しゃがみ込んだまま沈黙する依頼主を横目に、俺は元の姿に戻り、家からでる。
夜も更けて、いつの間にか雨もあがっていた。
時計を確認すると残り一時間。
少し、時間がかかったが及第点だろう。
俺たち、心霊引越し業者は、なんらかの事情で四十九日の大事な日に、極楽浄土に旅立てない魂の気持ちに寄り添って、引っ越しの手伝いをする。
未練のない魂は少ない。
例え、人との関わりがなく、孤独に亡くなったとしても……。
だから、そのために俺たち死神がいる。
そして、それを学ぶために、死神見習いは心霊引越し業者を名乗って仕事をこなしていた。
俺も、いつか立派な死神になって、たくさんの悪霊を狩りとるために頑張ろう。
あ、別に悪霊に恨みはない。
ただ、死人が生者の邪魔をするなって感じで、ボコりたいだけだ。
それに悪霊になるのは、基本的に生前、悪行をしたやつが多い――。
「――月が、キレイだ」
雲の切れ間から覗く月に、疲れも吹っ飛ぶように表情が緩む。
実際問題、極楽浄土のような場所があるか分からない。
なんせ俺は、冥界にいるらしい閻魔様にも会ったことがないからな。
だけど、これだけは分かる。
俺は明日も引越しに追われるということ――。
夜道を歩きだすと、スマホがうるさく鳴り、画面を確認して一瞬で顔が歪む。
うざいくらいに、画面にデカデカとした文字が横に流れていった。
「『大変、良くできました』じゃねぇ!」
俺は、思わずスマホにツッコミを入れる。
だけど、そんな上司の言葉なのに、明日からの仕事も頑張れそうな気がして、ほんの少しだけ顔が緩んだ。
断じて、ブラック企業に染まっているわけじゃない……。
拙文ですが、最後までお読みいただき有難うございます!
夏の間に、別作品として、中〜長編投稿予定なので宜しくお願いします。
(こちらの作品も、今後連載予定です)
こちらの作品は、別サイトでも投稿しています。こちらは、文字数制限なしで書いたものになります。