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「イヒヒ、イヒヒヒヒ……」
不気味な笑い声を聞きながら、僕は覚醒した。眼前に佇立している人物を見て、僕はギョッとする。
それは薄汚い老婆だった。茶色い髪をボサボサに伸ばし、煤けた顔面を皺だらけにして、気味悪く笑っている。
僕は思わず飛びのこうとするが、全く身動きが取れない。自分の体を確認すると、木に縄でぐるぐると括りつけられていた。
「イヒヒ、イヒヒヒヒ」
老婆は依然として奇妙な笑い声を上げている。僕は彼女の服装を見てハッとした。酷く汚れて真っ黒になっているが、それは僕が着ている奴隷服と同じもののようだった。
彼女はイジュメール家から脱走した奴隷の1人であろうか。しかしなぜ彼女が僕を縛り上げる必要があるのだろう。
見ると僕の足元には、大量の薪が乱雑に敷き詰められていた。以前このような光景を、僕はどこかで見たことがあった。
「嗚呼、神様」
急に老婆がはっきりとした口調で喋り出したので、僕は驚いた。
「ペプチド、アミド、ソイ……」
彼女が羅列した名前を聞いて、僕はさらに驚愕する。
「息子達の敵を、私の目の前に現してくれたのですね。本当にありがとうございます」
彼女がペプチドの母親であることに、僕は全く気が付かなかった。
彼女は酷く年老いて見えた。全身汚らしく、以前の面影を見つけるのには努力がいった。数年会っていないだけで、人はここまで変わるのだろうか、と僕は思う。
ペプチドの母親は、またも「イヒヒ」と奇妙な笑い声を発した。彼女は両手に持った石を叩き合わせ、カチンカチンと音を鳴らした。当然それは火をつける為の行為だった。
火炙りか、と僕は思う。かつて火の輪くぐりの調教の時、僕はそれの苦しみと気持ちよさを知った。かつてペプチド達が磔にされて黒焦げになった時に、僕は彼らを心底羨ましいと思った。
ペプチドの母親が、僕の足元に火をともす。それはパチパチと音を立て、次第に大きくなっていく。
これはこれでいいのではないか、と僕は思った。これからあてもない旅に出かけるよりかは、僕を強く罰しようと思う者に身体を焼かれる。一応相手は女だし、悪くはないだろう。
ペプチドの母親は、じいっと僕の方を見ていた。皺皺の顔をさらにしわくちゃにし、狐憑きのようににやけきっていた。
それは圧倒的な殺意だった。彼女は僕が悶え苦しんで死ぬこと以外、何も望んでいない。究極のドS。僕はぞくぞくする。
炎は薪を喰らって成長し、徐々に僕の身体を蝕んでいった。足から腰、腹、胸へと、メラメラと燃え上がっていく。それはとても熱く、痛く、辛く、気持ちよかった。
「マイアヒィイイイイイイ!!」
僕は思わず絶叫する。体を焼かれる快感に、声を上げずにはいられなかった。
「マイアフゥーー!」
ペプチドの母親が、僕に呼応するようにそう叫んだ。
「マイアホォオオオオオオオ!!」
「マイアハッハァーー! ハーハッハッハァーー!!」
ペプチドの母親が、大口を開けて高笑う。僕が業火に苦しむのを、心の底から喜んでいるのが分かる。正に地獄の女王。朝日に照らされて笑う彼女は、なんだか若返ったようで、とても美しく見えた。
思えばこの世界で、生まれた僕を初めて手に取ったのは彼女だった。その人に殺されるなんて思いもしなかったが、なんだか収まりが良いような、そんな気がした。
文字通り死ぬ程の熱さや痛み、苦しみを感じながら、僕は文字通り死ぬ程の快感を覚える。ペプチドの母、チャチャ・ブラウニーの悪魔のような笑い声を聞きながら、僕は絶頂を迎えた。
「エクスタシィイイイイイイ!!」
それからすぐに、僕の意識は途絶えた。
気付くと僕は真っ暗な空間にいた。それは深淵よりも黒い闇が、どこまでも果てしなく続いているようだった。
デジャヴだ、と僕は思う。以前確実に、僕はこの空間に来たことがあった。
その時、上の方からキラキラと、光のラメが舞い降りる。
「キモッ」
懐かしい声が聞こえた。
この度は、「ドMの僕は天使様のご厚意で奴隷に転生することができました」を読んで頂きありがとうございました。
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