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 とある夜、僕はいつものようにサディ様の部屋に呼ばれた。テーブルを挟んで向かい合い、彼女が淹れた紅茶を啜った。


「今日も1日お疲れ様、青太郎。何か変わったことはあった?」


 彼女はいつもそのように僕を労い、その日あったことを尋ねるのだった。


「そうですね、隣国から敵が攻めてくることもなく、いつも通り平和な1日でした」


「そう、それはよかったわ。国王軍の面々とはどうなの?」


「そうですね、やはりメチャツーヨ卿なる騎士に勝ってから、誰も僕に挑んでこないし、みんなへいこらしてていい感じです」


「さっすが青太郎。私のナイトだけあるわ」


 サディ様にナイト扱いされるのに、未だ僕は慣れない。あれだけ長い間奴隷としてやってきたのだ。やはり何かの間違いだと思う。


 実際その可能性は大いにあった。一時だけの気の迷い。この間の隣国からの襲撃は、サディ様にとっても衝撃だった筈だ。時が過ぎさえすれば、やがて彼女も元通りになり、僕を奴隷として甚振り搾り上げることになるだろう。そんな未来を、僕は夢見ている。


「サディ様は今日1日どうでしたか?」


 これまたいつものように、僕はサディ様に質問を返した。


「うーん、まあ、いつも通りって感じね。あっ! そういえばお母様ったら本当におかしいのよ。今日一緒に中庭を歩いている時にねーー」


 サディ様が楽しそうに、今日あった出来事をつらつらと語る。これもまたいつものこと。全くもってどうでもいいような彼女の話を、僕は時折相槌を打ちながらにこやかに聞いた。




 つまらない話を延々と聞かされるというのも、ある種一つの拷問であるかもしれない。しかしそんなの全く程度が低い。そんなことでは僕は満たされない。肉体的にも精神的にも、もっともっと僕は追い込まれる必要があった。


 長い長いお喋りの後に、サディ様はほあらとあくびをこぼした。


「ふああ。何だか眠くなってきちゃった」


「そうですか。それでは僕はこの辺でおいとまさせて頂きます」


 僕がそう言って立ち上がると、サディ様は「ちょっと待って」と呼び止めた。


「歩くのが億劫だから、私をベッドまで運んでいって」


 サディ様はそう言うと、ソファの上で両手を軽く広げ、両足を伸ばした。そんなことを頼まれるのは初めてのことだった。僕は彼女の側まで歩いていくと、その肢体を丁寧に抱えた。


「うふふふふ」


 お姫様抱っこをされた彼女は、いつものように至近距離で僕を見つめ、楽しげに笑った。


「好きよ、青太郎」


 一瞬僕は、彼女が何と言ったのか、まるで分からなかった。確実に彼女の声は、僕の鼓膜を震わしているのだが、その言葉の意味を額面通りに受け取ることができなかった。


 それはあり得ないことだった。サディ様が僕を好きになるなんて、女王様が奴隷に好意を寄せるなんて、そんなことはあってはならなかった。


「またまたサディ様。私をからかわないでください」


 僕がそう言って受け流そうとすると、彼女は「私は本気よ」と、真剣な眼差しで言った。


「幾度も私達を救ってくれた屈強なナイト。そんなあなたのことを好きになるのは、至極当然のことでしょう?」


 近頃のサディ様の不自然な行動や態度を見て、もしかしてそうなのではないかと思うことはあった。しかしすぐに僕はそんな訳がないと、その考えを打ち消していた。


 眼前のサディ様は、目をとろんとさせていて、ほんのりと頬が赤い。それは正に恋する乙女の表情だった。

 そんな顔を向けてないでくれ、と、僕は思う。彼女は僕のことを心底蔑み、睥睨し、冷笑すべきだった。


 不意に僕は眼前の少女を見て、誰だこの人は?と思う。それは明らかにサディ様ではなかった。僕が恋焦がれた女王はもうそこにはいない。ただ1人の少女が、僕の腕の中におさまっていた。

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