21
とある夜、僕はいつものようにサディ様の部屋に呼ばれた。テーブルを挟んで向かい合い、彼女が淹れた紅茶を啜った。
「今日も1日お疲れ様、青太郎。何か変わったことはあった?」
彼女はいつもそのように僕を労い、その日あったことを尋ねるのだった。
「そうですね、隣国から敵が攻めてくることもなく、いつも通り平和な1日でした」
「そう、それはよかったわ。国王軍の面々とはどうなの?」
「そうですね、やはりメチャツーヨ卿なる騎士に勝ってから、誰も僕に挑んでこないし、みんなへいこらしてていい感じです」
「さっすが青太郎。私のナイトだけあるわ」
サディ様にナイト扱いされるのに、未だ僕は慣れない。あれだけ長い間奴隷としてやってきたのだ。やはり何かの間違いだと思う。
実際その可能性は大いにあった。一時だけの気の迷い。この間の隣国からの襲撃は、サディ様にとっても衝撃だった筈だ。時が過ぎさえすれば、やがて彼女も元通りになり、僕を奴隷として甚振り搾り上げることになるだろう。そんな未来を、僕は夢見ている。
「サディ様は今日1日どうでしたか?」
これまたいつものように、僕はサディ様に質問を返した。
「うーん、まあ、いつも通りって感じね。あっ! そういえばお母様ったら本当におかしいのよ。今日一緒に中庭を歩いている時にねーー」
サディ様が楽しそうに、今日あった出来事をつらつらと語る。これもまたいつものこと。全くもってどうでもいいような彼女の話を、僕は時折相槌を打ちながらにこやかに聞いた。
つまらない話を延々と聞かされるというのも、ある種一つの拷問であるかもしれない。しかしそんなの全く程度が低い。そんなことでは僕は満たされない。肉体的にも精神的にも、もっともっと僕は追い込まれる必要があった。
長い長いお喋りの後に、サディ様はほあらとあくびをこぼした。
「ふああ。何だか眠くなってきちゃった」
「そうですか。それでは僕はこの辺でおいとまさせて頂きます」
僕がそう言って立ち上がると、サディ様は「ちょっと待って」と呼び止めた。
「歩くのが億劫だから、私をベッドまで運んでいって」
サディ様はそう言うと、ソファの上で両手を軽く広げ、両足を伸ばした。そんなことを頼まれるのは初めてのことだった。僕は彼女の側まで歩いていくと、その肢体を丁寧に抱えた。
「うふふふふ」
お姫様抱っこをされた彼女は、いつものように至近距離で僕を見つめ、楽しげに笑った。
「好きよ、青太郎」
一瞬僕は、彼女が何と言ったのか、まるで分からなかった。確実に彼女の声は、僕の鼓膜を震わしているのだが、その言葉の意味を額面通りに受け取ることができなかった。
それはあり得ないことだった。サディ様が僕を好きになるなんて、女王様が奴隷に好意を寄せるなんて、そんなことはあってはならなかった。
「またまたサディ様。私をからかわないでください」
僕がそう言って受け流そうとすると、彼女は「私は本気よ」と、真剣な眼差しで言った。
「幾度も私達を救ってくれた屈強なナイト。そんなあなたのことを好きになるのは、至極当然のことでしょう?」
近頃のサディ様の不自然な行動や態度を見て、もしかしてそうなのではないかと思うことはあった。しかしすぐに僕はそんな訳がないと、その考えを打ち消していた。
眼前のサディ様は、目をとろんとさせていて、ほんのりと頬が赤い。それは正に恋する乙女の表情だった。
そんな顔を向けてないでくれ、と、僕は思う。彼女は僕のことを心底蔑み、睥睨し、冷笑すべきだった。
不意に僕は眼前の少女を見て、誰だこの人は?と思う。それは明らかにサディ様ではなかった。僕が恋焦がれた女王はもうそこにはいない。ただ1人の少女が、僕の腕の中におさまっていた。




