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話を聞きながら、僕はなんて薄情な奴らだと思う。全くもって奴隷の風上にも置けない。主君に忠誠を誓い、生涯をもって従事し続ける。それが奴隷としてあるべき姿だった。
何気なく僕は、「母は今どうしてるのですか?」と尋ねた。途端にイジュメール家の面々の顔が曇り出す。はてはて、これはどういうことだろうと僕は思う。
「ごめんなさい、青太郎」
サディ様が唐突に言った。一体何をそんなに謝る必要があるのだろう。彼女は何をしたって許されるのだ。
「あなたのお母さんは亡くなったわ」
あれま、と僕は思う。
「あの事件の翌日に、あなたのお母さんは自室で舌を切って死んでいたわ。本当にごめんなさい。あなたはお父様を命懸けで救ってくれたというのに、私達は何もできなかった……」
サディ様は悲痛な面持ちでそう語った。やはり僕はそんなに謝らないで、と思う。
「大丈夫です、サディ様。全ては僕達家族の事情であって、サディ様達が気に病む必要はありません。それに僕は至って平気です。確かに母が死んだのは悲しいことですが、それ以上に伯爵を助けられたこと、イジュメール家の未来を守ることができて、僕は本当に嬉しいのです」
「青太郎……」
サディ様は瞳をうるうるとさせて言った。伯爵やベリィ様も感銘を受けたようで、じっと僕の方を見つめていた。
「素晴らしい!」
不意に伯爵が大きな声を出した。僕は驚いて、一瞬ビクッと体を震わした。
「なんて素晴らしいんだ、青太郎! 君のような素晴らしい配下を持てて、我々は本当に幸せ者だ! 今後ともサディを、イジュメール家を頼んだぞ!」
伯爵に続けて、ベリィ様も「頼んだわ」とおっしゃった。
僕はサディ様の方を向いた。瞳を潤ませた彼女が、僕のことをじっと見つめている。
「これからもよろしくね、青太郎」
微笑を浮かべた彼女はこの上なく可憐なのだが、やはり僕は妙な胸騒ぎがしてならない。このままサディ様がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな気がした。
スゴクの部屋で安静にする生活が続く。体のあちこちが痛むのはいいことだが、思うように体が動かないのは難儀なことである。
サディ様は1日中僕に付きっきりだった。彼女は僕の身の回りの世話を買って出てくれているようだった。
彼女は僕の包帯を替えたり、食事を食べさせたり(以前のようなにんじんだけではなく、それはとても豪華なものだった)、歩行の際に寄り添って補助してくれたりした。
僕は何度も彼女に、サディ様ともあろうお方がそんなことをしないで下さい、と訴えた。奴隷の世話なんて、使用人にでも任せておけばいいのだ。
しかし、「そうはいかないわ」と彼女は言った。
「身を挺して私達家族を救ってくれたあなたを、私は誇りに思うし感謝もしている。これくらいのことはやらせてもらわないと気が済まないわ」
僕はサディ様の発言を聞いて、それなら仕方がない、と思うのだが、いかんせん優しくしてもらうのは性に合わなかった。
彼女は僕をもっと痛みつけるべきだった。僕の怪我なぞに構いもせず、傷口をぐりぐりと抉ったり、食事を床にぶちまけて、「さあ這いつくばって食べろ、この糞豚が」などと命令したり、僕を縄で縛って引き摺り回し、「さぁ、お散歩の時間ですよー、糞犬がぁ」などと吐き捨てるべきだった。
それがどうだろう。サディ様は絶品料理の数々を、フォークやスプーンで掬って僕の口に運ぶ。彼女は「はい、あーん」などと言うし、熱いスープ類はふーふーと冷ましてから僕に与えた。
なんじゃこりゃあ、と僕は思う。こんなのは違う、まるで違う。こんなのサディ様ではない。
しかしそれも、今だけの期間限定だと思うと耐えることができた。
頑張った専属奴隷の怪我が治りきるまでの、極々短い期間だけの主君からの奉仕。傷さえ癒えれば、また素晴らしい調教の日々が再開されることだろう。
僕はその日を待ち望み、サディ様からの施しを甘んじて受け入れるのだった。