表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/88

17

 話を聞きながら、僕はなんて薄情な奴らだと思う。全くもって奴隷の風上にも置けない。主君に忠誠を誓い、生涯をもって従事し続ける。それが奴隷としてあるべき姿だった。


 何気なく僕は、「母は今どうしてるのですか?」と尋ねた。途端にイジュメール家の面々の顔が曇り出す。はてはて、これはどういうことだろうと僕は思う。


「ごめんなさい、青太郎」


 サディ様が唐突に言った。一体何をそんなに謝る必要があるのだろう。彼女は何をしたって許されるのだ。


「あなたのお母さんは亡くなったわ」


 あれま、と僕は思う。


「あの事件の翌日に、あなたのお母さんは自室で舌を切って死んでいたわ。本当にごめんなさい。あなたはお父様を命懸けで救ってくれたというのに、私達は何もできなかった……」


 サディ様は悲痛な面持ちでそう語った。やはり僕はそんなに謝らないで、と思う。


「大丈夫です、サディ様。全ては僕達家族の事情であって、サディ様達が気に病む必要はありません。それに僕は至って平気です。確かに母が死んだのは悲しいことですが、それ以上に伯爵を助けられたこと、イジュメール家の未来を守ることができて、僕は本当に嬉しいのです」


「青太郎……」


 サディ様は瞳をうるうるとさせて言った。伯爵やベリィ様も感銘を受けたようで、じっと僕の方を見つめていた。


「素晴らしい!」


 不意に伯爵が大きな声を出した。僕は驚いて、一瞬ビクッと体を震わした。


「なんて素晴らしいんだ、青太郎! 君のような素晴らしい配下を持てて、我々は本当に幸せ者だ! 今後ともサディを、イジュメール家を頼んだぞ!」


 伯爵に続けて、ベリィ様も「頼んだわ」とおっしゃった。

 僕はサディ様の方を向いた。瞳を潤ませた彼女が、僕のことをじっと見つめている。


「これからもよろしくね、青太郎」


 微笑を浮かべた彼女はこの上なく可憐なのだが、やはり僕は妙な胸騒ぎがしてならない。このままサディ様がどこか遠くへ行ってしまうような、そんな気がした。




 スゴクの部屋で安静にする生活が続く。体のあちこちが痛むのはいいことだが、思うように体が動かないのは難儀なことである。


 サディ様は1日中僕に付きっきりだった。彼女は僕の身の回りの世話を買って出てくれているようだった。

 彼女は僕の包帯を替えたり、食事を食べさせたり(以前のようなにんじんだけではなく、それはとても豪華なものだった)、歩行の際に寄り添って補助してくれたりした。


 僕は何度も彼女に、サディ様ともあろうお方がそんなことをしないで下さい、と訴えた。奴隷の世話なんて、使用人にでも任せておけばいいのだ。


 しかし、「そうはいかないわ」と彼女は言った。


「身を挺して私達家族を救ってくれたあなたを、私は誇りに思うし感謝もしている。これくらいのことはやらせてもらわないと気が済まないわ」


 僕はサディ様の発言を聞いて、それなら仕方がない、と思うのだが、いかんせん優しくしてもらうのは性に合わなかった。


 彼女は僕をもっと痛みつけるべきだった。僕の怪我なぞに構いもせず、傷口をぐりぐりと抉ったり、食事を床にぶちまけて、「さあ這いつくばって食べろ、この糞豚が」などと命令したり、僕を縄で縛って引き摺り回し、「さぁ、お散歩の時間ですよー、糞犬がぁ」などと吐き捨てるべきだった。


 それがどうだろう。サディ様は絶品料理の数々を、フォークやスプーンで掬って僕の口に運ぶ。彼女は「はい、あーん」などと言うし、熱いスープ類はふーふーと冷ましてから僕に与えた。


 なんじゃこりゃあ、と僕は思う。こんなのは違う、まるで違う。こんなのサディ様ではない。


 しかしそれも、今だけの期間限定だと思うと耐えることができた。

 頑張った専属奴隷の怪我が治りきるまでの、極々短い期間だけの主君からの奉仕。傷さえ癒えれば、また素晴らしい調教の日々が再開されることだろう。


 僕はその日を待ち望み、サディ様からの施しを甘んじて受け入れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ