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ドドドドド、と、不意に館全体が騒がしくなった。それは馬の大群が走っている振動であることが予測された。
ばいーんばいーんばいーん、と、何やら銅鑼のような物を叩く音まで聞こえてくる。
「撤収! 撤収ぅううう〜〜!」
遠くの方で、誰かが大声で喚いている。
「伯爵は既に拘束した! 国王軍が来る前に、さっさとずらかるぞぉおお〜!」
なんだってぇ!?と僕は思う。サディ様が「お父様!」と叫んだ。
「安心してくださいサディ様!」
僕は咄嗟に声を上げた。それから「私が伯爵様を取り戻してきます!」と続けた。
「私も行くわ!」
サディ様はすぐにそう言った。しかし相手は集団になるだろうし、これ以上彼女を危険な目に遭わせる訳にはいかなかった。
「駄目です! サディ様はここにいてください!」
「嫌よ! 私も行くわ!」
「駄目です!」
僕はきっぱりと言った。いくら命令とはいえ、主人を戦地に赴かせる訳にはいかない。サディ様は呆然と僕の方を眺めた。奴隷青太郎の初めての反抗に、面食らっているようだった。
「相手は騎士団、私1人ではサディ様を守り切れる自信がありません。それに自分1人の方が速く走れます。私は絶対に奴らに追いつかねばならないのです。あとはベリィ様の介抱も必要です。必ず伯爵を助け出してきますので、サディ様は安心してここで待っていて下さい」
サディ様はしばしの沈黙の後に、「分かったわ……」と小さく言った。
「ありがとうございます! それでは行って参ります!」
僕が駆け出そうと四肢に力を入れた時、「ちょっと待って!」とサディ様は言った。
「約束して。絶対にお父様を助け出すって」
僕は「もちろんです!」と即答した。「それから……」とサディ様が続ける。
「あなたも、絶対に、生きて帰ってくるって約束して」
僕は微笑すると、勢いよく「はい!」と返事した。
僕はグレイブを咥えて廊下をひた走る。ウィルフリードから受けたダメージは大きかった。全身が痛むのは構わないのだが、身体が思うように動かなくなることもあった。
それでも僕は走らねばならなかった。伯爵を助ける為に、サディ様の為に、限界を超えて走行を続けた。
廊下を走っていると、何人もの使用人の死体と出くわした。抵抗虚しく、やられてしまったのだろう。イジュメール家を守る為にありがとう、と僕は思った。
階段を物凄い勢いで駆け下りる。踊り場の窓から外の様子を伺うと、騎士達が続々と農園に飛び出していっていた。急がねば。僕は階段をひとっ飛びした。
広大な農園を突き進む隣国の騎士団。その後ろを僕は猛スピードで追いかける。
「待てコラァアアアア!」
僕は彼らに向かって思い切り吠えた。後列の騎士達が僕に気付くと、何やらがやがやと騒がしくなった。
「なんだなんだ?」「馬?……じゃない、奴隷!?」「なんだあいつは!?」「人間じゃねえ!」「化けもんだ!」
全くもって好き勝手に言ってくれる、と僕は思う。1人の騎士が「まあ、なんにせよ奴隷だ。俺達と一緒に逃げたいだけだろう」と、自分達にとって都合のいい解釈を述べていた。
「それもそうだな」「おーい、奴隷くん!」「一緒に逃げようぜー!」
僕は四肢に力をこめて急加速、及びジャンプする。そして思い切りグレイブを振ると、後列の騎士の1人の首を斬った。
男の首から鮮血が走り、銀の兜が地面をごろごろと転がる。すぐさま周りは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「うひゃぁああああ!」「なんだなんだ!?」「何してんだてめぇ!」「殺せ! 奴を殺すんだ!」
後列の10人ほどが走行を止め、僕の周りを取り囲んだ。さっさとこいつら全員ぶちのめして、僕は本隊を追わねばならなかった。
「さあ! パーティの始まりだよ!!」
僕はそう叫ぶと、眼前の騎士達に飛びかかった。




