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3

 気付くと僕の背後に1人の騎士がいた。馬の上の彼は、立派な剣を右手に握っている。その腕が今、振りかぶられる。うわぁ、終わった、と僕は思う。


 スパン、と、僕の足首と天井とを結んでいたロープが断ち切られる。僕は地面に頭から落ち、「ぐへ」と声を上げた。


「大丈夫か?」


 その騎士は馬から降り、僕の元に駆け寄るとそう言った。


「え? まあ、はい……」


 てっきり殺されるのかと思ったが、そうではないようだった。確かに既に拘束されて吊り下げられている人間を、問答無用で叩き斬る奴はいないだろう。


「大変だったな。もう大丈夫だ、安心しろ。俺達はお前達奴隷を解放する為にここに来たんだ」


 なるほどー、そういうことかー、と僕は思う。その騎士はさらに僕の縛られた手足を解いてくれた。ラッキー。僕は内心で喜んだ。


 サディ様の方を見ると、彼女の鞭はとても短くなっていた。あんなに長くて、どこまでも獲物を捕らえられそうだったのに、今では男の大槍程の間合いしかなかった。それも現在進行形で、じりじりと削がれていっている。ただでさえ俊敏なサディ様の攻撃を、男はあんな近距離でも、易々といなしている。


「さあ、後ろに乗れ」


 いつの間にか、僕を助けた騎士が馬に乗り直していた。もちろん僕がそれに従う筈がなかった。僕は四つ足になり、戦うサディ様の元へと、全力で走り出す。


「えっ、ちょっと、おい!」


 背後から慌てふためく騎士の声が聞こえた。そんなのに構うことなく、僕はただ馬のように突っ走る。


 サディ様の鞭はさらに短くなり、もう手元から数十センチ程しか残っていなかった。最早それは鞭の機能を果たしていなく、次の男の一撃で、サディ様の肉体は切り裂かれることになるだろう。

 そんなことはさせない。男がサディ様目掛けて、槍を大きく振りかぶった。僕は彼の乗っている馬の横っ面に、思いっきりダイブする。


「ヒヒーン!」


 馬が大きく嘶き、転倒する。男は宙を舞って地面に打ち付けられた。


「青太郎!」


 サディ様が目を輝かせて僕の名前を呼んだ。僕は彼女の身を案じ、「サディ様! 下がっていてください!」と言った。


 男はよろよろと立ち上がろうとしている。その手にはしっかりと大槍が握られていた。この機を逃す訳にはいかない。僕は更なる追い討ちを喰らわせる為に、奴目掛けて全力でダッシュする。


「ううぉおおおおお!」


 僕は飛んだ。男の肉体を粉砕する勢いで、ミサイルのように飛んだ。その刹那、僕は周りの全てがスローモーションのように感じられた。


 男は素早い動きで立ち上がり、僕目掛けて大槍を差し向ける。なんて男だと思う。百戦錬磨の騎士とは彼のことだろう。


 僕はいやに冷静に諦念した。すぐに男の槍が、僕の体を貫くことになるだろう。

 後はなんとか頑張って、サディ様。そんなことを考えていると、視界の端を黒い物が動いた。


 それは持ち手だけになった鞭だった。サディ様が放ったであろうそれが、男の手元目掛けて真っ直ぐに飛んでいった。やがてそれはぶつかり、男の手から大槍を払い落とした。


「ううぉおおおおおお!」


 やはり僕は叫んでいた。次の瞬間、丸腰になった騎士の胸元に、僕は思い切り激突する。鎧が砕け散り、バキバキと男の肋骨が折れる音が聞こえた。


「ぐわぁあああああああ!」


 男は叫び声を上げてぶっ飛んでいった。そのまま激突した壁に大きな穴を空け、その空間に男は収まった。


「ヴェルモンド卿!」「ヴェルモンド卿……」「そんな、まさか、ヴェルモンド卿が……」


 騎士達は口々に驚きの声を上げた。そんな中、僕はすぐさまサディ様の元へ駆け寄った。


「サディ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。助かったわ、ありがとう」


 彼女は伏し目がちに言った。素直に感謝されるのは珍しいことであるし、なんだか恥ずかしそうにしているサディ様が新鮮だった。僕は「いえいえ、こちらこそありがとうございます。あの鞭が無かったらやばかったです」と言った。


「何をしてるお前達! 奴らをひっ捕えろ!」


 突如1人の騎士が大声で言った。すぐ様呆然としていた男達が、僕達に向かって一斉に駆けてきた。うわぁ、やばい、と僕は思う。


「サディ様! 乗ってください!」


 僕がそう言うと、サディ様はすぐに背中に飛び乗った。


「しっかり捕まっててください!」


 サディ様を乗せて僕は走り出す。眼前にはずらりと騎士の群れが並び、それぞれの武器を携えてこちらに向かってきていた。

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