13
ドドドドド。サディ様を乗せて、僕は部屋の中をひた走る。より早く、よりスピーディに。それが馬としての僕のスローガンであった。
「ほらぁ、もっと早く!」
そう言うと、サディ様は僕のお尻を鞭で打った。
「ヤッフー!!」
その瞬間、僕はロケット噴射の如くぶっ飛んだ。こんなのまるでマリオカートではないか。否が応でもスピードアップしてしまう。
サディ様がきゃはきゃはと笑い声を上げる。僕は決して転倒しないよう気を付けねばならなかった。急激な加速に耐えられるよう、一生懸命足を動かした。
「そうれそれ!」
サディ様が連続で鞭を打つ。
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤッフー!!」
声を上げながら、僕はひぃ〜と思う。限界を超えてひたすらに走り続けた。
僕はサディ様を乗せて農園を歩く。隣にはベリィ様も一緒だった。マッチョ奴隷達の櫓の上で、彼女は今日も凛として君臨している。
「二度とあんなことが起こらないように、今日は奴隷共を徹底的に痛めつけてやらないとね」
サディ様は不良が拳でするように、鞭を掌でパンパンと叩いた。サディ様がくすくすと笑う。
「そうね、お母様。徹底的にやってやりましょう」
2人の女王が不適な笑みを浮かべている。僕はごくりと生唾を飲んだ。
それは圧倒的なパフォーマンスだった。彼女達は戦国無双のように、奴隷達を問答無用でばったばったと薙ぎ倒していった。
農園の空に奴隷達が舞い上がる。晴れときどき奴隷。今日のイジュメール家の天気はそんな具合だった。
「ちょうそかべ!」
喘ぎながら空を飛ぶ奴隷達を見て、さぞ気持ちがいいだろうな、と僕は思う。あっち側に回りたいという欲望が込み上げたが、サディ様の馬として仕えられるというのも悦ばしいことである。
一生お供します、ヒヒンヒヒン。奴隷の雨を見上げながら、僕はそんな心持ちであった。
部屋に戻ると母親がいた。数日が経過したがいまだに慣れない。
「おかえり」
彼女はそう言うとすぐさま駆け寄ってきて、僕の体をギュッと抱きしめた。鬱陶しいなと思いながら、僕は「ただいま」と言った。
ベッドに入ると、母は当然のように僕の横にやってくる。なんだかなあ、と思う。
「エムバペ」
母が僕の名を呼んだ。横を見ると、彼女がいつになく真剣な顔でこちらを見ている。
「あの日何があったのか、聞いておかないといけないなと思って」
「あの日?」
「ペプチド達が脱走を計画していた、あの日のことよ」
ああね、と僕は思う。確かに彼女からしたらとても気になることであろう。
「あなたが彼らを裏切ったなんて言われてるけど、そんなことないわよね? 何かのっぴきならない事情があったのよね?」
裏切るも何も、まず結託していない。だからそんな話はお門違いだった。
事情か。そりゃサディ様が殺されようとしているのだから、奴らをぶっとばして当然だろう。
母に正直に言っていいものか。僕はドMで調教が大好きで、だからサディ様を守る為に奴らに突進して壁に打ち付けたのだと。
息子が変態だと知ったら、母はどう思うのだろうか。引かれて気まずくなったりしたら嫌だな。
僕は性癖のことは打ち明けずに、その日のことをなんとなくいい感じになるように話そうと思った。
「その日僕はいつものように部屋で眠っていたんだ。物音がして目が覚めて、扉からペプチド達が入ってきた。あまりにも突然なことで、僕はとてもびっくりしたんだ」
「事前に接触はしていなかったの?」と母が尋ねた。僕は「うん」と言って頷いた。
「なんでかは知らないけどね。それでペプチドがさらに驚くべき発言をするんだ。サディ様を殺しに行こうって」
「まあ」と母が言った。
「いくら憎いからって、僕は人を殺すのは反対だった。僕がいくら断っても、彼らは専属奴隷の僕が殺すべきだと言って聞かなかった。僕は半ば強引に連れて行かれたけど、廊下で抵抗し、彼らと揉み合いになった。そこへ使用人達が駆けつけて、僕達は捕えられたという訳さ」
「そうだったのね……」
母は複雑な表情で俯いた。こう話されたら、誰も僕を責めることはできないだろう。
「そもそも私達も、イジュメール家を殺すなんて聞いてなかったわ。ここからみんなで脱出するだけだと思っていたのに……」
どうやらペプチド達はイジュメール家殺害のことを、母親達には隠していたようだった。確かに母達もそれを聞いて、手放しで喜んだりはしないだろう。
「そうだったら良かったのにね。僕は自分のしたことを間違っていたとは思わないけど、まさかペプチド達が処刑されるなんて……」
それは本当にそう。僕が感じ入っている雰囲気を醸し出していると、母も「そうね。エムバペは何も悪くないわ」と言ってくれた。




