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12

 とある日、調教を終えた僕は、使用人と共に廊下を歩いていた。

 今日も1日が終わる。あとはいつもの奴隷部屋で横になり、今日の調教のことを思い返しながら、ぐっすりと眠りに就くだけだ。

 そう思っていると、何やら様子がおかしいことに気付く。使用人は僕の奴隷部屋とはまるで違う場所に向かっているようだった。


「どこに行くんですか?」


 僕が尋ねると、彼は「黙ってついて来い」と冷たく言った。一体どういうことだろう。僕は不思議に思いながらも、使用人に付いていくしかなかった。




 とある一室の前で使用人は立ち止まる。そこは今までに入ったことのない部屋だった。一体何が待ち受けているというのだろう。


 使用人が扉を開ける。僕は中に入ると、室内をぐるりと見渡した。

 それなりに広く、清潔な部屋。ベッドが端の方に2つ置かれていて、それ以外は何もなかった。


 こんな所に連れて来られて、一体僕にどうしろと言うのだろうか。僕は使用人の方を見て、彼が何か喋るのを待った。


「今日からここがお前の部屋だ」


「え?」


 思わず声が出た。そこは僕の奴隷部屋と比較すると4倍以上はあるだろうし、とても綺麗だった。


 率直な感想は"なんで?"だった。奴隷に与えられる部屋が急にグレードアップするなんて、そんなことは普通ありえないだろう。


 呆然としていると、使用人は「伯爵様の計らいだ。感謝するように」と僕に向けて言った。


「は、はあ」


 イジュメール家を救った奴隷として、伯爵なりに優遇してくれたのだろう。気持ちはありがたいが、僕にとってはどうでもよかった。眠るだけの部屋であり、広かろうが綺麗かろうがどうでもいい。


 その後使用人はそそくさと部屋を出ていった。なぜベッドが2つあるのだろうか、と僕は思う。その内の片方に腰を下ろす。硬い床に慣れ切っていたので、これは柔らか過ぎやしないか?と思った。




 ベッドでくつろいでいると、突如として部屋の扉が開かれた。なんだなんだと思って起き上がると、そこには現世での母親が立っていた。


「エムバペ!」


「か、母さん?」


 彼女はくりくりとした黒目を大きく見開いている。それからブロンドの長い髪をゆらゆらと揺らしながら、よたよたとこちらに近づいてきた。


「エムバペぇ!」


 彼女は大声を出しながら、僕をギュッと抱きしめた。なぜ彼女がここにいるのだろう? 母親の腕の中で、僕は疑問に思った。


 入り口には母親を連れてきた使用人が突っ立っている。彼は満足そうに僕達を見ていた。


「それでは親子共々仲良く暮らすがいい。伯爵様への感謝の気持ちを忘れずにな」


 そう言うと使用人は外へ出て行った。これも伯爵の計らいなのか、なんだかなー、と僕は思う。

 普通は家族で過ごせられて良かったね、となるのだろうが、やはり僕にとってはどうでもよかった。寧ろ迷惑である。1人部屋でゆっくりと過ごしたかった。


 母親はいまだ僕に抱きついている。仕切りに僕の名前を呼んでいる。勘弁してくれと思う。




 母親はようやく落ち着いたようだった。体を離す

と僕のことをじっと見つめ、にこりと微笑んだ。


「よかったわエムバペ。またあなたと暮らせるなんて、夢のようだわ」


 僕は「あ、ああ、そうだね」とたじろぎながら言った。母親は美しかったが、僕は苦手だった。前世の記憶がある分、親子という認識が希薄なのだろうか。


 いや、そうではない。前世でも僕は母親が苦手だった。無条件に人から大切にされるということが、なんだか薄気味悪かった。

 母親達は僕のことを虐めたりなんかしない。慮る一方である。そんな関係を僕は望んではいない。


 その日母親は僕を抱いたまま眠った。まるでそれが当然のことであるように、僕のベッドに居座ったのだ。全く伯爵も厄介なことをしてくれる。


「エムバペ。私の大切なエムバペ」


 母親は僕を抱きながら、仕切りにそんな言葉を繰り返した。やはりそれは鬱陶しかったが、調教で疲れていた僕は、すぐに眠りへと誘われていった。

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