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処刑の翌日、とある教会でイジュメール家の三兄弟の葬儀が盛大に行われた。僕も馬車を引く奴隷として、会場まで足を運んだ。
もちろん僕が参列することはなかった。馬車の傍らで、教会に吸い込まれて行く人々をただただ眺めた。
教会まで歩くサディ様はやはり俯きがちで、その歩みはとても頼りないものだった。早く元気になって欲しいと、僕は切に願った。
葬儀から数日が経過した。依然としてサディ様は元気がない。いつものように僕はサディ様の部屋を訪ねてみるのだが、彼女の応答はまるでなく、扉に鍵をかけたまま、一日中室内に引きこもっているのだった。
僕と使用人は1日の大半を廊下でひたすら立ち続けることになった。調教はおろか、僕はサディ様を背中に乗せることすらできていない。
食事は使用人が彼女の部屋に持っていくことになっていた。定刻になると、料理ののった盆を持った使用人がやってきて、サディ様の部屋の鍵を開けて中へ入り、それからすぐに出て行った。
しばらく間を置いて、再び使用人が料理を下げにやってくるのだが、回収された料理はほとんど減っていないのが常だった。
僕は非常に心配だった。サディ様に早く元気になってもらいたい。そして以前のように、僕をぎったんぎったんにいじめ抜いて欲しい。
僕に何かできることはないか。そんなことを真剣に考える。
パッと思いつくのは、サディ様の話し相手になる、サディさまを励ます、といった事柄だった。しかし奴隷に対して彼女が心中を打ち明けることはなさそうだし、奴隷からエールを送られたってむかつくだけだろうと思われた。寧ろ逆効果である。
しかしそれが功を成し、あんな奴隷に心配されてたまるか、とサディ様を奮い立たすことができるかもしれない。そうなったらサディ様は僕をけちょんけちょんに叩きのめしてくれるに違いない。
なんにせよ、僕はまずサディ様と対面する必要があった。それなのに使用人にいくら部屋の中に入らせてくれと頼んでも、彼らは決してそれを承知しなかった。
少しくらい入れてくれたっていいのに、頭でっかちの使用人達め。僕はイジュメール家を救った奴隷の鏡であるのだぞよ。
どうしたものかと僕は考える。こうなったら強行突破する他ないか。僕は隙を見て使用人をぶっ飛ばすことを決めた。
廊下に立ち尽くす僕と使用人。手持ち無沙汰に前を向いているだけの使用人は、いつ襲ったって差し支えないだろう。
さあ、今だ!と思った矢先、何やら廊下を歩いてくる足音が聞こえた。僕がそちらの方を向くと、廊下の奥から伯爵とその使用人が歩いてくるのが見えた。
「ハ、ハード様!」
僕の隣の使用人は取り乱し、すぐに慌てて敬礼した。僕もそれに倣った。
「サディはまだ出てこないのか?」
伯爵がそう尋ねると、使用人は「はい」と答えた。
「やあ、青太郎」
僕に気付いた伯爵がそう言った。
「どうもです」
「サディに会えなくて悲しいな」
「はい、悲しいです」
「なんとか私が元気付けてくるからな」
伯爵の付き人が、サディ様の部屋の扉をコンコンとノックする。その後で、彼はガチャリと鍵を開けた。伯爵が扉に手をかけ、部屋の中に入ろうとする。
「お前達はここで待っていなさい」
伯爵は使用人達に向かって言った。そこで僕は「あのー、」と切り出した。
「僕も中に入れてください」
「何を言ってるんだお前は!」
すぐに使用人達が僕のことを責め立てる。そんなに怒らなくてもいいのに、と僕は思った。
「すみません、ハード様。こいつには我々からきつく言っておきます」
僕の隣の使用人が、阿るようにそう言った。
「いや、構わない。むしろ彼を入れてみるのもいいかもしれないな。専属奴隷の顔を見たら、サディも元気になるかもしれない」
さっすが伯爵ー、と僕は思う。地位と名誉を築き上げただけあって、その辺のボンクラと違って寛容だし頭もいい。使用人達は狼狽し、えっ、えっ、などと言っている。
「さあ来い、青太郎」
「はいっ!」
伯爵が部屋の中へと入っていく。僕は胸を張ってその後に続いた。




