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伯爵はくるりと身を翻し、部屋の扉に手を掛けた。そのまま首だけをこちらに向ける。
「それではまた。処刑までゆっくりと休むといい。といっても2、3時間ほどしかないがな」
「処刑?」
それは当然の疑問だった。何やら重々しいワードではあるが、僕は自然とわくわくする。
「ああ、それをまだ言ってなかったな。明朝、あの謀反を起こした糞三兄弟を火炙りにする」
あれま、と僕は思う。
「私の愛しい息子達を殺したんだ。そうするのは当然のことだろう?」
確かにそれは仕方がないことだと思う。僕は「そうですね」と答えた。
「悲しいか?」
伯爵に聞かれたので考えてみたが、僕に悲しいという感情は1ミクロンも芽生えてはいなかった。それどころか、火炙りにされる彼らをちょっと羨ましいとさえ思った。
「いえ」
「そうか」
伯爵はフッと笑う。
「それにしても明朝とは早いですね」
僕がそう言うと、伯爵は厳しい顔をこちらに向けた。
「本当は今すぐにでもぶっ殺してやりたいんだ。尤もさっき各々と会って、ぎったんぎったんにぶちのめしてやったがな。殺さないようにするのが大変だったよ」
伯爵はまるで自分が面白いことを言ったみたいにハハハと笑った。僕もうへへと愛想笑いする。
「こういうのはスピードが大事だ。今後こういうことが絶対に起こらないよう、イジュメール家に関わる全員の前で見せしめにしなければならない。だから今日の朝、奴隷や使用人を集めて、その眼前で処刑を執行するのだ」
なるほどー、と僕は相槌を打つ。伯爵は満足そうに笑うと、今度こそ部屋から出て行った。
1人残された使用人が、「そ、そういうことだから」と言って伯爵の跡を追った。
イジュメール家の敷地に、心地のいい薫風が吹き抜ける。館前の広場には、十字架に磔にされた3人の男達が横一列に並んでいた。左からソイ、アミド、ペプチドという順番だった。
三兄弟の顔面は腫れ上がり、体のあちこちから血を流している。もう既に虫の息であるようだった。
そんな彼らの足元に、大量の薪が置かれてある。火炙りか。それはとても熱く、辛く、苦しくて、気持ちいいのだろうな、と僕は思う。
磔にされた3人の眼前には、わらわらと群衆が集っている。僕はその最前列にいた。周りは奴隷ばかりである。後方には奴隷達を覆うように、使用人や監督官達が並んでいた。
奴隷達は磔にされた3人を見て、それぞれが口々に何やら喋っている。それはざわざわとした喧騒として、僕の背後に広がった。
突如1人の女の泣き叫ぶ声が聞こえた。後ろを向いて声のした方を見ると、離れたところでペプチドの母親が頽れているのが見えた。
彼女は約束の日にちに息子達が助けに来なくてさぞ不安だっただろう。そんな中、翌日に磔にされた息子達を見る。それは中々ショッキングなことだろうと思う。そんなペプチドの母親の隣で、僕の母親が心配そうに寄り添っていた。
ペプチド達三兄弟の傍らには、伯爵やベリィ様、サディ様、それから数人の使用人達がいた。
兄達のことが余程ショックだったのだろう。サディ様は常に俯きがちだった。僕はサディ様に元気を出してもらいたかった。真っ直ぐ前を向いて、その美しい相貌を僕達に見せつけて欲しかった。
やがて伯爵が我々の前に進み出た。そうすると、周りの喧騒はぴたりと止まった。
「いいか諸君! こいつらは大罪人の糞野郎共だ! 脱獄を企てた上に、私の愛する息子達を殺害した! なんでこんな糞共に、息子達が殺さねばならんのだ! ふざけやがって!」
そう言うと、伯爵はすたすたと左端のソイの所まで歩いて行った。
「全ての元凶はこのクズだ! 身分を偽り、母親を助ける為に使用人としてこの館に潜入した! そして母親がこの地で産んだ息子達と共謀して逃走を図った! ふざけたことしてんじゃねえ!」
伯爵はソイを思い切り殴りつける。鈍い殴打の音と共に、「かれんっ!」というソイの悲鳴が辺りに響いた。僕の背後からは、彼らの母親が泣き喚く声が聞こえてきた。
それから伯爵はすたすたとアミドの方へ歩いて行った。特に言うことがなかったのだろう。伯爵は無言でアミドを殴りつけた。
「じぇしかっ!」
彼の悲痛な叫声が響き渡る。次に伯爵はペプチドの前に立った。
「殺害を企てのはこいつだ! この糞奴隷はあろうことか、我々イジュメール家を皆殺しにしようと言い出したのだ! ふざけんじゃねえ!」
やはり伯爵はペプチドを殴りつける。ペプチドの顔面から鈍い音が鳴り、彼は「あんじぇりかっ!」と声を上げた。依然として彼らの母親のヒステリックな喚き声が聞こえてくる。
「尤もこいつの悪巧みは、共に育った奴隷に阻止されることになるのだかな! サディの専属奴隷はこいつらの協力を拒み、奴らをひっ捕えたのだ! 出てこい青太郎!」
唐突に名前を呼ばれて僕は驚いた。恐る恐る前に進み出ると、僕は群衆の注目を一斉に浴びた。伯爵の元まで歩いて行くと、僕は聴衆の方を向くように指示された。