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「やっとあの時の約束をはたすことができるね」


 何のことか分からないが、ペプチドはそう言った。


「約束?」


「やだなあ、エムバペ。ぼく達がこの部屋でくらしていたころ、何度もちかい合ったじゃないか。イジュメール家をぶっ殺そうって」


 果たしてそんな約束しただろうかと僕は思う。あの頃は毎日のようにペプチドがぐちぐち言っていて、僕はそれを適当に流していただけだ。

 自分勝手で都合のいい解釈をしていたのだろう。本当に馬鹿で頭のおかしい糞ガキだと思う。


「あ、ああ。そうだね」


「ふふふ」


 笑ってんじゃねえ、このうんこが、と僕は思った。


「決まったのならさっさと行こう」


 ソイが僕達に向かって言った。「そうだね」とペプチドが返す。


「時間はかぎられているのだからね」


 気取った態度でそんなことを言うペプチドを、僕はマジでうぜぇと思うのだった。




 部屋を出ると、僕達は1列になって廊下を進んだ。先頭がソイ、続いてアミド、ペプチド、僕、といった具合だった。


 行進しながら、僕はどうしようかと考える。サディ様の部屋に着くまでに、なんとかこいつらを戦闘不能にさせなければならなかった。

 1人くらいなら体当たりしてすぐにのばすことができる。しかし相手は3人もいる。それにペプチドはナイフを持っているし、アミドの腰にも同じ物が差してあるのを見た。ソイもきっと執事服のどこかに、何かしらの武器を携えていることだろう。


 僕は瞬時に3人の戦意を喪失させる必要があった。それはとても難しいことだと思う。

 背後から3人まとめてぶっ飛ばしてみたらどうだろう。うまくいけばいいが、それぞれがクッションとなったり、受け身をとられてダメージが半減するかもしれない。


 そうだ、3人まとめて壁にぶつけたらいいんだ、と、僕はすぐに最適解に思い至った。それは相当なダメージだし、もし立ち上がったとしても、ふらふらな相手に追い討ちをかけるのは容易だ。

 サディ様の部屋に行き着くまでに、僕達は角を一つ曲がる必要があった。そこでこいつらを叩く。それがベストな方法だった。


 僕はひたすらにその時を待って歩みを進める。月明かりが優しく廊下を照らし、僕に頑張れとエールを送っている。時折ペプチドが僕の方を振り返り、にこっと気味の悪い笑顔を浮かべた。何なんだよてめぇ、気持ちわりぃんだよ、と、思わず凄みたくなる程不快だった。


 待ち望んでいた廊下の角に僕達は行き着いた。この機会を逃す訳にはいかない。僕は四つ脚になってペプチドのお尻に頭を当てがい、そのまま走り出した。


「ひぇえ〜!」


 慌てふためくペプチドの声を聞きながら、僕はブルドーザーの如く彼の肉体を押し上げて走る。


「ひょえぇえ〜!」


 ペプチドの体がアミドに激突し、彼も無様な声を上げる。


「ふょーどるぱーゔろうぃち!」


 今度はソイの声が響いた。3人の体が折り重なっても、僕にとっては大分軽かった。そのまま彼らを思い切り前方に突き上げる。


「あれくせ〜!」「いゔぁ〜ん!」「どみぃとり〜!」


 彼らは思い思いの言葉を吐いて宙を舞う。そんなのも束の間、すぐに眼前の壁にぶち当たった。


「ともきっ!」「だいきっ!」「こうきっ!」


 3人は悲鳴を上げると、床にぐしゃりと落下した。3人は廊下に転がり、屍みたいに手足をだらんと垂らしている。


 うまくいった、と、僕は安堵する。さて、これからどうしようか。僕が思案していると、ふらふらと1人立ち上がろうとするものがあった。

 彼は前傾姿勢からぐいっと首を上げると、僕の方を凝視した。


「エ、エムバ……ぺ……?」


 ペプチドはまるで何が何だか分からない、といった表情をしていた。ミステリーものの映画で、真犯人が実は身内だった、みたいなノリだなと思う。


 やはりソイやアミドがクッションとなったのだろう。ペプチドを失神させるまでは至らなかったようだ。

 すぐにもう一撃喰らわそうと思ったが、ペプチドはふらふらだし、彼が持っていた血染めのナイフが遠くに転がっているのが見えた。別にこのまま泳がしていても問題はないだろう。


「な、なにをしてるんだよ……、エムバペ……」


 彼の表情は絶望という文字がよく似合う。激突のダメージもあってか、酷く弱々しく見えた。


 僕が黙っていると、ペプチドは「なにをしてるんだよエムバペ!」と、同じ台詞を大声で叫び出した。これだから子供はと僕は思う。


「おい! エムバペ! ふざけるなよ! なにをしてるのか分かってるのか!?」


 僕は冷静に「うん」と答えた。


「分かってるよ。当たり前だろ。僕は全部分かってやってるんだよ」


 激昂していたペプチドが、一転してしゅんとなるのが分かる。今にも泣き出しそうな顔で、縋るように僕の方を見てくる。

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