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「え」と思わず僕は声を出した。よくよく見ると、ペプチドの顔や服は血にまみれていた。そしてその手にはナイフが握られている。これもまた血塗られていた。


「エムバペ」


 ペプチドが嬉しそうに僕の名を呼ぶ。血まみれでナイフを持った男にそう言われるのは、ちょっとしたホラーだった。


「ぺ、ペプチド」


 僕はたじろきながら言った。ペプチドの後ろから、男が2人部屋に入ってくる。1人は奴隷、もう1人は使用人の格好をしている。何なのだこいつらは。僕は聞きたいことだらけだった。


「これは一体何なの?」


 僕の問いに、ペプチドはやはり嬉しそうにして、「助けに来たんだ」と、まるで自分がヒーローにでもなったかのように言った。それから彼は僕にハグせんばかりの勢いで近付いてくる。僕はそれを手で制した。


「そっ、その血は何なの? それからナイフも」


「ああ、これ?」


 ペプチドは今気付いたと言わんばかりに、自分の服や手に持っている物を確認した。


「メッチャの返り血を浴びたんだ。このナイフはスゴクとトテモを刺したんだよ。ぼくが、何度も何度も、ね。とても気持ちよかったよ」


 要領を得ないが、つまりこいつらはイジュメール家の三兄弟を殺したということだろうか。完全に狂っていると思う。男に虐められて喜ぶ趣味は僕にもないが、だからといって殺すのはおかしいだろう。


 それから僕の脳裏に恐ろしい予測が浮かんだ。それは考えうる限り、この世で最もあってはならない事だった。


「サディ様は?」


 恐る恐る僕が尋ねると、ペプチドはフッと笑った。


「サディ様、なんて言わなくていいんだよ。今はぼく達しかいないんだから。おっかしいなあ。しみついちゃってるんだね」


「それで、彼女は?」


 ペプチドはにやりと笑う。


「安心して。サディはまだ殺してないよ」


 僕はほっと一安心する。よかった。本当によかった。ペプチドがくるりと振り返り、後ろの男達の方を向く。


「ほら、言ったでしょ? すぐにサディの生死を聞いてきた。よっぽど自分の手で殺したいんだよエムバペは」


 男達はハハハと笑う。何を言ってるのだろうこいつらは、と僕は思う。ペプチドが再びこちらを向いた。


「そうだ、紹介するね。こっちがアミド兄」


 奴隷の男の方を指してペプチドが言った。そのアミド兄とやらの服は異様だった。奴隷服の袖を雑に引きちぎったようで、ギザギザのノースリーブになっている。変態か?と僕は思う。


「2こ上のぼくのお兄ちゃんさ。たまたま牢屋がいっしょだったんだ」


 言われてみると、確かに似ているなと思う。


「こっちはソイ兄」


 今度は使用人の方をペプチドは指差す。その茶髪の使用人は度々見かけることがあった。そういえば先日話しかけてきたのも彼だったと思い返す。あの時の言葉は今日のことを言っていたのかと納得する。


「年が9こもはなれたぼくのお兄ちゃん。ソイ兄はママが外にいた時の子どもなんだ。ソイ兄がいなかったら、ぼく達が脱出することは不可能だったんだ」


 全てはこいつが仕組んだことなのか、と思い、僕はソイとかいう使用人の方をじろりと見る。その茶色い髪や目は、心の汚さを表しているかのようだった。


 目が合うと、その使用人は僕に向かって「よお」と言った。何が「よお」だ。気取りやがって。気持ち悪いなー、と僕は思う。色からしてもこいつはうんこだ。てかこいつら全員うんこだ。うんこ三兄弟。


「今日、ぼく達はイジュメール家を全員殺し、外の世界に旅立つんだ。もちろんエムバペやママ達もいっしょだよ」


 ペプチドは意気揚々と言った。勝手に巻き込まないでくれと切に思う。


「これからサディを殺しに行こう。サディを殺すのはぜったいにエムバペがいいってぼくは言ったんだ。もちろんエムバペも殺したいだろ?」


 そんな訳あるかあ、と僕は思う。どう考えたらあんな麗しいサディ様を殺したいと思えるのだろうか。こいつらは気狂いだ。しかしここは話を合わせておいた方がいいと判断する。


「あ、ああ。そうだね」


 僕がそう答えると、ペプチドは満足そうにふふふと笑った。それから彼は話を続ける。


「それとベリィもエムバペが殺していいよ。親子ともどもやっちゃってよ」


 マジでこいつは何を言ってるのだろうと思う。ベリィ様もだなんて絶対にやる訳がないし、そんな血も涙もない提案をよくしてこれるな。

 こいつは悪魔だ。人の皮を被った魔物だ。僕はこいつらをどうにかしなければならなかった。


「あ、ああ……」


 なんとか声を出して、僕はひとまず眼前の悪魔に同調する。返事のキレが悪かったからだろう。ペプチドは不思議そうに僕の方を見たが、すぐにパッと笑顔になる。


「だいじょうぶたよ、エムバペ。ぼくを気にしなくても。ぼくはすでにスゴクとトテモをやったから十分なんだ」


 いや、知らんし、と僕は思う。


「それにエムバペがサディとベリィを殺したら、ぼくは自分のことのように、すごくうれしく思うんだ」


 なんでだよ、と僕は思う。ペプチドは相変わらず不気味な笑顔を湛えている。気色が悪い。

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