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17

 ぼくはガクガクとふるえながら、できるだけ体を丸めて小さくなる。すぐにメッチャはここまでやって来て、ぼくの存在に気づくだろう。


 どうしたものかとぼくは思う。右手にあるトテモの血にまみれたナイフを思い切りにぎりしめる。いざとなったらこれでメッチャに切りつけるしかなかった。

 しかしそれでは彼がだんまつまの叫びをあげるのは目に見えていて、見回りの使用人がとんでくるかのうせいが高かった。


 やはりどうしたものかとぼくは思う。いざとなったら刺し殺すしかないのだけど、それでぼく達の脱出は全ておじゃんになるだろう。


 どうしようどうしよう。そうこうしている内に、メッチャの足音はすごそこまで近づいてきていた。ランプの灯りがぼくのいるソファーのうらっかわを照らした。コツコツという足音が止まる。ぼくはナイフをにぎりしめて光の方を見上げた。


「お前……」


 おどろいて目を丸くするメッチャの首元を、キラリと光るものが横切った。すぐにメッチャの首はパックリとさけ、そこから大量の血がふきだした。


 ぼくの体にも血はふりかかった。顔や服を赤くそめながら、ぼくは前のめりにたおれるメッチャをじっと見ていた。ランプがカランと音をたてて床に転がる。これから息たえるであろうメッチャの全身を光が照らした。


 横を向いてたおれた彼ののどからは、フシュー、フシューと空気がもれる音が聞こえた。それからコポコポと、きず口から血の泡がわいた。


 メッチャの後ろにはソイ兄が立っていた。右手に持ったナイフから、血がポタポタとたれている。


「ふう〜」


 ソイ兄はふかく長い息を吐いた。ぼくも助かったと思い、はぁ〜とため息をついた。


「危なかったな」


 ソイ兄はひたいに汗をうかべて言った。


「ほんと冷や冷やしたよ」


 どこからともなくアミド兄があらわれて言った。


「ありがとうソイ兄」


 ぼくは顔の血を手でぬぐいながら言った。予定とはちがい、ソイ兄がメッチャを殺すことなったが、そんなことはどうでもよかった。脱出が失敗することにならなくて本当によかった。ぼくはのっそりと立ち上がる。


「もがもが」


 女のマヌケな声がした。ソイ兄は彼女の方に近づくと語りかける。


「いいか、君。今日でイジュメール家は全員俺達が殺す。もうすぐ彼らの支配から、全ての奴隷が解放されるんだ。君達はただいつも通り眠っていてくれ。明日になったら全てが終わっているさ」


 女はきょろきょろとぼく達を見回し、やがてこくりとうなずいた。


「いい夢を」


 そう言ってソイ兄は部屋の入り口へと歩きだす。しめし合わしたかのように、ぼくとアミド兄がその後に続いた。




 ぼく達は館の3階へと続く階段を上る。無事に三兄弟を殺せたことにホッとするが、かなり危なっかしい場面もあったので、よりいっそう気を引きしめなくてはならないと思う。

 しかしそれよりもまずはエムバペだった。やっときみと話ができる。ぼくはとてもわくわくとしている。


 いきなりぼく達があらわれて、エムバペはどのような反応をするだろう。びっくりするのか、それともよゆうのある笑みでも浮かべて、待ってたよとでも言うのだろうか。それとも急に泣き出して、ぼく達はとほうに暮れるのだろうか。


 久しぶりにかわす会話はどのようなものだろう。今までどのようにしていたのか、あの時目を合わせた時、どのように感じていたのか、一つ一つ答え合わせをするように、ぼく達は確かめ合うのだろうか。


 もっともそんな時間はないか、とぼくは思う。すぐに三兄弟を殺したことや、サディ殺しについて説明しなければならなかった。

 エムバペは二つ返事でオーケーして、ぼく達はサディの部屋を目指す。そしてスゴクとトテモの血でそまったナイフを、ぼくはエムバペに渡すんだ。


 ぼく達は3階にとうちゃくし、ひっそりとした歩みを続ける。しばらく廊下を歩くと、なつかしい風景がぼくの目に写る。

 あそこだ、あそこの扉だ。ぼくはエムバペとそこですごした長い年月を思い返す。


 ソイ兄がぼくにカギをわたして先頭をゆずる。ぼくはかつて暮らした部屋の前に立った。

 今いくよ、エムバペ。

 ぼくはカギを回すと、ゆっくりと扉を開いた。

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