12
「何を言ってるんだペプチド」
アミド兄はあわてて言った。ソイ兄がけげんな顔をしてぼくを見ている。それからアミド兄が、ぼくに向けて説得するように話し出した。
「いいか、ペプチド。このままいけば、俺達は高い確率で脱出できるんだ。それは願ってもないことじゃないか。下手にリスクを高めるような馬鹿な真似はやめるべきだ」
もちろんアミド兄の意見は正しいと思う。いつも彼はそうだった。しかしぼくがゆずる気は全くなかった。
「このままフツーに脱出するのも、もちろんすばらしいことだと思う。こんな世界から抜け出せるなんて、そんな幸せなことはないだろう。だけどそれ以上に、ぼくは奴らをぶっ殺したい。今まで奴らがぼく達にしてきたことを、絶対に許す訳にはいかない。殺す。ぶち殺す。そうじゃないと絶対に後悔する。ここからうまく逃げのびたとしても、ゆうゆうと暮らす奴らのことを想像して、居ても立っても居られなくなる。なぜあんな奴らがのうのうと生きていられるのか。そんなことが許されていい訳がない。たからどうしても、ぼくは奴らを殺したいんだ」
ぼくが喋り終わると、場はしーんと静まりかえった。アミド兄は長年生活を共にしてきて、ぼくの気持ちが痛いほど分かるのだろう。
ソイ兄も同じだった。使用人という立場とはいえ、目の前でママや他の奴隷達がひどい目にあわされているのをさんざ見てきただろう。殺されて当然のことを彼らは今までにやってきたのだ。
「気持ちは分かる。そりゃ殺したい、殺したいさ、当然。だけど……」
アミド兄は迷っているようだった。確かにそれを決行するには大きなリスクをともなうだろう。
「安心して、アミド兄。殺すのは全部ぼく1人でやるから」
「えっ」
アミド兄はおどろいた顔でぼくの方を見た。
「いや、きっとエムバペも協力してくれるから、ぼく達2人でやる。サディを1番殺したいのは彼だろうしね」
昔あの奴隷部屋で交わした約束を、ぼく達はとうとう果たすことができる。
「お兄ちゃん達はママ達を連れて、サクッと脱出しちゃってよ。ぼく達はその後でイジュメール家をみな殺しにする。もちろんヘマなんかしないし、終わったらぼく達も敷地から脱出する。落ち合う場所だけ決めて、後日合流しよう」
「いやっ、でも……」
アミド兄はおろおろとしている。ソイ兄は腕を組んで、じっと黙っていた。
「実際にイジュメール家の奴らを殺して回ることなど可能なのだろうか? お兄ちゃん」
アミド兄がソイ兄にたずねた。ソイ兄がゆっくりと口を開いた。
「深夜の館には各階に警備が2人ずついる。彼らに出くわした時点で終わりだ。それとイジュメール家の面々の部屋の鍵も必要になってくる。次男、三男は鍵をかけないが、長男や伯爵、女2人は施錠を怠らない」
「ほら、やっぱ無理だよ」
アミド兄が言った。ぼくは困り果ててしまう。救いを求めるように、ぼくはソイ兄を見た。
「俺が協力しよう」
ソイ兄はりんとして言った。「え」とアミド兄の声がもれる。
「警備は1時間に1度、定刻に巡回し、そのルートは俺も把握している。彼らをやり過ごすのは大して問題ないだろう。鍵も俺が用意できる。時間は少しかかるがな。それに子供2人で暗殺なんて心許ないだろう」
「ソイ兄」
なんて頼りになるお兄ちゃんなのだろうとぼくは思う。
「確かにあいつらは殺した方がいい。あんな残虐な事を平気でやってのけるんだからな。奴隷の立場からしたら、許せなくて当然だ」
ソイ兄はまっすぐにぼくの方を見て言った。分かってもらえてぼくは嬉しい。
「それにイジュメール家を殺すことは、他の奴隷達の為にもなる。奴らが死んでどうなるか分からないが、今以上に過酷な環境になることはないだろう。もしかしたら雇い主が死んだことにより、彼らも奴隷から解放されるかもしれない」
それはとてもすばらしいことだと思う。
「しょうがないな、俺も手伝うよ」
カンネンしたようにアミド兄は言った。
「ソイ兄がその気になってるし、俺もイジュメール家を殺してやりたい気持ちはあるしな。そしてやっぱり、ペプチドのやりたいようにやらせてやりたいからさ」
「アミド兄」
なんだかんだで最後は協力してくれる、そんなアミド兄がぼくは大好きだった。
「1つ、条件がある」
ソイ兄が厳しい顔をして言った。一瞬で空気がピリッとする。
「それは絶対にバレないことだ。やはり俺の根本の目的は母さんを救い出すことにある。決して使用人に見つかる事なく、イジュメール家を全滅させ、みんな揃ってここから脱出するんだ」
ぼくは覚悟を決めて、「うん」と力強く答えた。




