表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/88

9

 ソイ兄いわく、彼はママが外にいた時の子供らしかった。奴隷に身をやつす前、ママは夫とソイ兄と3人で暮らしていたという。


 夫婦は街のすみっこに店をかまえ、商売をやっていた。主に穀物を取り扱っていたという。ゆーふくとはいえなかったが、家族3人で日々生活していた。


 ひどい父親だったと、ソイ兄は遠い目をして言った。気が小さいのを隠すように大酒を飲み、酔っ払ってはママやまだ幼いソイ兄に暴力をふるったという。また、父はギャンブルが大好きで、夜な夜な賭場へと出かけていった。


 ソイ兄は父のことが大嫌いだった。母や自分を苦しめる悪い奴。外に出かけたまま、そのまま帰ってくるなと何度願ったかは分からない。その願いがある日通じたのだろうか。父親は家に帰って来なかった。


 父が戻らずに数日が経過した。ソイ兄は喜んだ。これであの悪しき暴力から解放され、母と2人で幸せに暮らすことができる。しかしそんな幻想はすぐに打ちくだかれることになった。


 ある日、家に数人の大人達がやってきた。彼らは入ってくるなり、店のあちこちを物色し始めた。彼らは家自体をぎんみするように眺めていて、その様子は決して買い物をする客だとは思えなかった。


「何なんですか?」


 うろたえるママを、彼らは縄でしばり上げた。抵抗して叫び声を上げるママに向かって、1人の男が冷たく言った。


「今日から店とお前は我々の所有物だ」


 ソイ兄の父は賭場でさんざん負けていて、借金はぼうだいにふくれ上がっていたらしい。追い詰められた彼は、店と嫁を売ることにしたのだ。


「やめて! 離してええ!」


 大男にかつがれながら、母はわめき散らした。


「ママーッ!」


 当時5歳だったソイ兄は、必死で大男にしがみついた。しかし、すぐに蹴り飛ばされた。


「ガキに用はねえんだよ」


 母親を連れ去られ、ソイ兄は店の床にむなしく転がった。店の物色を続けていた1人の男が、「もうここは君の家ではないんだ。さっさと出ていってくれ」と冷たく言った。


 それからソイ兄は孤児院に引き取られることになったという。なんとも胸くそ悪い話だった。


「俺は何一つ納得できなかった。なぜあの優しくて純朴な母さんが、糞親父の犠牲にならなければいけないのか。そんなことがあっていい訳がなかった」


 ぼくとアミド兄は2人並んで体育座りをしながら、うんうんとソイ兄の話にあいずちを打った。

 

「俺はずっと母さんに会いたかった。そして再び一緒に暮らしたかった。風の噂で母さんがイジュメール家にいることを知って、俺は彼女を救い出すために、使用人として潜入することにしたんだ」


 なるほど、とぼくは思う。それからもソイ兄の話は続いた。




 ソイ兄は15歳の時、イジュメール家の使用人に応募した。ソイ・ブラウニーだと、チャチャ・ブラウニーの息子だとバレるかもしれないので(もっとも奴隷の名前など、イジュメール家の連中はつゆほども気にしていなかったのだが)、ソイ兄は偽名を使った。使用人の彼の名前はイソフ・ラボーンというらしい。すばらしいネーミングセンスだとぼくは思った。


 なんとか面接に受かり、ソイ兄はこれでイジュメール家に潜入できると思った。しかし、面接に受かったからといって、すぐに使用人として働ける訳ではなかった。地獄の研修期間が一年ほど続いたという。


 研修では使用人としての精神性や、れいぎさほーをてっていてきに身に付けさせられた。また、基礎体力の向上やにんたい力の強化など、肉体的にもきたえ上げられることになった。


 ひどく辛い毎日だったが、それでも全ては母を救う為、ソイ兄は全てのカリキュラムをたえしのんだ。当初研修生は30人程いたのだが、最終的に残ったのは片手で数えられるだけだったという。


 研修を終えて、ソイ兄は晴れて使用人となることができた。実際にイジュメール家の面々につかえてみて、すぐにこの一族がろくでもないことが分かったという。


 ママと再会を果たした時、ソイ兄はカンゲキして身震いした。ママは小汚いせまい部屋で、同居人の女と共に閉じ込められていた。その時のソイ兄の役目は、彼女達をイジュメール家の晩餐まで連れて行くことであった。


 およそ10年振りに会う母は、ひどく痩せこけていて、その年月以上に年をとって見えた。そんなママの姿に、ソイ兄は胸がぎゅっとしめつけられる思いだったという。今すぐ彼女を抱きしめてあげたい、そんな衝動にもかられた。


 しかしそれはダメだとソイ兄は思う。母と接触するのはまだ早い。もしも自分達の関係が周りにバレたら、どうなることか分からないのだ。

 それに自分はまだイジュメール家について全然把握できていない。脱出の目処が立ってから、彼女に正体を明かすことにしよう。

 ソイ兄はそう思い、感情を押し殺して業務に集中した。


 晩餐で彼が見たのはひどい光景だった。イジュメール家の男達が、女の奴隷達を次々とりょうじょくしていくのだった。

 目の前ではずかしめられる母を見て、ソイ兄は怒りに震え、拳を強く握り締めた。すぐ飛び出して、男達をぶん殴ってやりたいとさえ思ったが、すぐにとらえられるだろうし、それでは潜入した意味がなくなった。


 ごめん、待っててくれ、母さん。必ず助けるから。

 ソイ兄は歯を食いしばり、目的を達成することを心にちかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ