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季節はめぐり、年月はすぎ去っていく。ぼくはこの農園に来て、4度目の春を迎えようとしていた。
かこくな労働の日々で、疲労は確実にちくせきしている。体の節々がじんわりと痛んだ。
未来は絶望的だった。年月が経つに連れて、それはだんだんと色濃くなっていった。このままではイジュメール家からとうてい逃れようがないし、この農園で一生を終えることになりそうだった。
当たり前の話だが、奴隷の寿命はそうそう長くはない。奴隷に老人はおろか、中年の者もほとんどいない。数少ない彼らも、気付いたらいなくなっている。
ぼくの余命は残り二十年、長くて三十年といったところか。もっと早くに死ぬ可能性も十分あるだろう。人間としては短いしょうがいではあるが、ここで働き続けるには長すぎる年月だとも思う。
ぼくはある決心をする。それはやぶれかぶれでの決断ではあったが、確固とした思いがあった。
冷たい檻の中で、ぼくは兄に話しかけた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ? ペプチド」
兄は壁に背を預け、手足をだらんとして座っていた。
「以前ぼくが言っただろう? 大声を出して、やってきた看守をぶちのめすって」
兄はぼんやりと宙を見て、それからフッと微笑した。
「言ってたなあ、そんなこと。懐かしいなあ」
「ぼく、それを実行しようかなって」
「は?」
兄はギョッとした顔でぼくの方を見た。何を言ってるんだこいつは、と、その顔に書かれてある。
「もう嫌なんだ。こんな生活を続けるのは。どうなったっていいから、思い切りやってみようって」
兄は「やめておけ」と静かに言った。そんなバカげたことを弟にさせてはいけない。そんな意思が、彼のまっすぐな瞳から伝わってくる。
「そんなことをしても何の意味もないんだ。ただ痛い目を見るだけで、俺達の日常は何も変わらないんだ」
「そんなことは分かっている」
ぼくははっきり言った。本当に分かっていた。これでもかというほどに。
「だけど何もしない方がもっとイヤなんだ。自分がどうなろうと、あらがってみせたいんだ。それで死んだってかまわない。こんな人生を続ける意味なんてないのだしね」
兄はぼくの覚悟を聞いて黙り込んだ。その表情は暗い。
「もっともお兄ちゃんにメーワクはかけられない。お兄ちゃんがイヤだというのなら、この場で大声を上げるようなバカなマネはしない」
「ペプチド」
兄の顔がほんのり明るくなる。ぼくはさらに言葉を続ける。
「その場合、ぼくは農園での作業中、誰かしらやってきたイジュメール家をおそおうと思う」
兄の顔がただちに元の暗い顔に戻る。
「ムチならさんざ受けてきた。多少の攻撃ではぼくはひるんだりしない。奴らの顔面に、どぎつい一撃をくらわしてやる」
しばらく沈黙が流れた。やがて兄は口を開き、「本気なのか?」とたずねてきた。もちろんぼくは「うん」と答えた。
「そうか」
兄は上を向いて、牢屋の天井をじっくりとながめた。そして「昼の農園で暴れるなんて自殺行為だ」と、独り言みたいに言った。
「うん、分かってる」
「そんなことするくらいなら、望み薄でも脱獄の可能性に賭けた方がいいよな」
ぼくはハッと兄の方を見る。彼はイタズラっぽい微笑を浮かべてこちらを見ていた。
「なあに、大丈夫さ。看守2人倒すくらい、俺達兄弟ならね。外に出たらどうにかなるかもしれないもんな。檻の中にいたって何も変わりっこない」
「お兄ちゃん」
ぼくはカンゲキして、思わず兄の胸に飛び込んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん。こんなぼくのワガママを聞いてくれて」
「なーに、いいってことよ。やっぱ俺はペプチドのやりたいようにやらせてやりたいからさ」
ぼく達兄弟が熱いほうようを交わしていると、「それはやめておいた方がいい」と、どこからか声がした。




