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男が扉を開く。
そこはなんとも煌びやかな空間だった。だだっ広い部屋の中に豪華な家具が並び、あちこちにゴールドの装飾が施されている。馬鹿でかいシャンデリアが一際目を引いた。部屋の奥には段差があり、数段の階段の先に玉座のような赤い椅子があって、そこに黒いドレスを着た女が座っていた。
彼女は美しかった。艶やかな長い黒髪に切長の目、筋の通った鼻に形のいい唇をしていた。歳の頃は三十代半ば程であろうか。若者には決して醸し出せないオーラがあった。
僕は彼女を一目見ただけでM心がびんびんにくすぐられた。彼女の目は圧倒的に僕達を蔑んでいたのだ。僕達は階段の前まで歩かされると、そこで立ち止まった。
「おばさんだれ〜?」
僕の隣でペプチドが能天気に言った。そんなことを言ったらと、僕はハラハラしてしまう。女は椅子から立ち上がると、ツカツカとヒールの音を鳴らしながら階段を降り、ペプチドの前に立った。
「この糞ガキが!」
女はペプチドの頬をべちんと叩いた。言わんこっちゃない、羨ましいぜチクショー、と僕は思った。生まれて初めての暴力を受けたペプチドは、すぐさまえーんえーんと泣き出した。
「泣きやめオラァ!」
女はさらに2回、3回とペプチドにビンタを喰らわした。その度に彼の泣き声は大きくなっていった。
「だから泣きやめっつってんだろオラァ!」
更に女はペプチドにビンタを浴びせる。僕は堪らずに2人の間に飛び出した。
「あ? なんだ糞ガキ」
女の目は心底僕のことを軽蔑している。堪らない。
「いや、僕にも……、じゃなくて、ペプチドをいじめるな!」
女は僕のことを上から下まで舐めるように見回した。蛇に睨まれた蛙の如く、僕は動くことができない。
「ふーん、友達を守ったのかい? できた子供だねえ」
違う、そうじゃない。僕は褒められることなんて全く望んでいないのだ。
「でもさあ」
女の語気が荒々しくなる。
「私はそんな正義漢ぶった糞ガキが死ぬ程嫌いなんだよおお!」
ばちこんと僕の頬に平手が打ち込まれる。いやっほーい! これこれー! と僕は思った。
「こん糞ガキが! 糞ガキが!」
嵐のような往復ビンタを受けながら、僕は満ち足りた気分になる。この時間が永久に続いても差し支えないだろう。しかし女も子供相手ということで、多少は手加減をしている嫌いがあった。ありったけの力で、首を吹き飛ばす程の勢いで来てもらっても一向に構わないのに。
女はしばらく僕にビンタを浴びせると、気が済んだのか再びカツカツと階段を上って玉座に腰を下ろした。
頬を腫らしながら、僕は女王様の如き彼女を見上げた。ペプチドはいまだに泣き声を上げている。
「いいか、糞ガキ共。口の聞き方と態度には気を付けろよ」
彼女の威圧的な言葉が僕の胸に染み込む。
「私は伯爵夫人のベリィ・イジュメール。いわばお前らにとっての絶対的主人だ。私の命令は絶対だ。私が死ねと言ったらお前らは喜んで死ぬのだ。いいな?」
嗚呼、堪らない、と思う。転生して良かった。本当に良かった。
「これからはみっちりお前らを調教してやるからな。覚悟しておけ」
喜んで、と、僕は心の中で答えた。