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 キャベツを集めることだけが人生なのか。今日もぼくは農園での作業をがんばる。それはやはりしんどいことだったけど、日々をかさねて多少慣れてきた感じはあった。


 初めはようりょうを得ず、監督官にバンバンムチで叩かれてとても辛かったが、最近ではそんなこともめっきり減った。しっかりと働いてさえいれば、彼らもぼくらに害はなさないのだ。といっても農園での作業はやはりしんどい。さいあくな労働環境である。


 作業を続けていると、遠くの方からムチを振るって近づいてくる複数の人影が見えた。それはイジュメール家の三兄弟だった。彼らもベリィとサディみたいに、気まぐれに農園にやってきては、好き勝手に暴れ回っているようだった。ぼくはふざけるなと思う。


 彼らはやがてぼくのところまでやってきた。近づくなり、彼らのムチが問答無用で飛んできた。


「ふぁいぶみに!」


 思わずぼくは叫び声を上げた。


「あれ? 兄さん達、こいつアレじゃねえか。ついこの間まで館にいた、うんこ女のガキ」


 ぼくの存在に気付いたスゴクがそう言った。覚えてんじゃねえよクソやろうが、と思う。


「本当だ。もう農園で働くようになったのか。時が経つのは早いものだなあ」


 トテモはしみじみと、感じ入るように言った。


「そうらさっさと働け! 出来損ないの糞ガキがあ!」


 メッチャはぼくをののしると、連続で何発もムチを浴びせてきた。


「ぐぴゃああ〜!」


 ぼくはころころと畑の中を転がった。


「どっちがキャベツだか分かりゃしねえぜ」


「追いかけろ」


 三兄弟はしつこくぼくを追いかけて、次々とムチを浴びせていった。


「ひええ〜! やめてぇええ〜!」


 全身にするどい痛みを感じながら、ぼくはもうこの世から消えてしまいたいと思った。




 せまい牢獄の中で、ぼくはひたすらに泣きじゃくった。とてつもなく悔しかった。体中もひどく痛んでいた。

 この世は不条理だった。何の理由があって三兄弟はぼくをムチで打ち、ぼくは傷つけられなければいけないのだろうか。

 生まれた時点で、ぼくはそうされて当然の人生を歩まなければならないようだった。そんなのはおかしかった。おかしすぎた。この世は地獄だと思う。


「大丈夫か?」


 隣には兄がずっと寄り添ってくれていた。それはとてもありがたいことだった。

 こんな絶望の中にでも、隣に誰かがいるということが、とてつもない救いとなった。そうしてかつて側にいてくれた友のこと思い出す。そして母のことも。


 彼らもまたぼくと同じきょうぐうであり、無条件に傷つけられていた。それはにわかには信じがたいことだった。ママが、エムバペが、兄が、ぼくが、一体何をしたというのだろう。何一つ納得できなかった。


「なんでぼく達がこんな目に」


 ぼくは当然の疑問を口にした。兄は僕の背中をさすりながら、「なんでだろうなあ。おかしいよなあ」と、どこか他人事のように言った。


「なんであいつらはぼく達に暴力をふるうの?」


 それも当然の疑問だった。なぜ奴らは生まれついた立場だけで、他人にあそこまでざんこくになれるのだろうか。ぼくだったら絶対にそんなことはできなかった。いや、してはいけなかった。


「なんでだろうなあ。おかしいよなあ」


 兄はどこかでそれらについて考えるのをやめてしまったのだろう。余りにも現実が理不尽で、何も考えない方が楽だとどこかで悟ったのだろう。


 ぼくもそのうちそれらについて、何も考えなくなってしまうのだろうか。そんなのはイヤだった。かたときも彼らの行いを忘れずに、絶えず怒り、恨み、呪うべきだった。


「殺す」


 ぼくは静かにそう言った。


「殺す、殺す。あいつら、いつか絶対に殺してやる」


 兄は感情のない目でこちらを見ている。


「イジュメール家の人間、全員殺してやる。三兄弟もサディもベリィも伯爵も、全員殺してやる。そしてママやエムバペ、エムバペのママも、みんな救い出すんだ。ねえ、お兄ちゃん。いつかここを出て、それらを実現させよう」


 兄は相変わらず表情がない。そして静かに口を開いた。


「無理だ。ペプチド。無理なんだよ。俺たちはここから出られないんだよ」


 現実的な兄の言葉に、やはりぼくはむしょうに腹が立った。


「いいんだよ! そんなしょうもない話は! 出られた時の話をぼくはしているんだよ! その時は奴らを殺して、みんなを助けようと言ってるんだよ!」


 ぼくの必死のうったえに、兄はこくりとうなずいた。


「そうだな……。その時は奴らを殺しに行こう。そしてみんなを救い出そう」


 ぼく達兄弟は、しばらく顔を見合わせて笑いあった。それから遠くの方で、ドタドタという足音が聞こえてきた。

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