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16

 晩餐の為、僕はサディ様を食堂にお連れする。彼女が大きな扉の中に消えていくと、やがていつものように使用人がやって来て、僕の眼前ににんじんの積まれた皿を差し出した。

 僕はそれをボリボリと噛み砕く。しかし噛みごたえは全くなかった。日々の調教で培われた僕の頑丈な顎を、満足させるようなものはそうそうなかった。


 にんじんを齧っていると、スゴクが晩餐にやって来た。彼は扉の横にいる僕をキッと睨みつけ、ズカズカと、不機嫌そうに部屋の中に入っていった。


 スゴクは相変わらず僕を目の敵にし、何度も何度もしつこく嫌がらせを仕掛けてきた。しかし、それが功を奏することはなかった。

 サディ様の庇護の元にある僕に対し、スゴクはあからさまな攻撃はできず、耳っちいイタズラめいたことをするか、僕の母親をいじめるかしかなかった。


 スゴクは僕に対して肉体的にも精神的にもダメージを与えることはできなかった。何をしてもけろっとしている僕を見て、彼は余計に腹を立てることになるのだった。


 次にトテモが口笛を吹きながらやってきた。彼は僕を見るなり、「やあ、青太郎」と声をかけた。


「あ、どうも」


「いっぱい食べるんだぞ」


 彼はるんるんとした調子で部屋の中へ入っていった。


 トテモとは顔を合わすに連れ、何かと話しかけられるようになった。といってもそれは知り合いのペットに対するようなコミュニケーションに過ぎない。

 おざなりな挨拶と一方的な薄い話しかけ。別に彼は僕と真剣に向き合うつもりなどないのだ。尤もそれは当然のことであった。僕に話しかけてくるだけ奇特な存在である。


 僕はにんじんの山を順調に消化していった。その間に続々とイジュメール家の人間が食堂の中に入っていく。メッチャも伯爵もベリィ様も、僕なんかに一瞥もくれることなく、扉の向こう側に消えていった。


 廊下には僕がにんじんを噛むボリボリという音だけが響く。そんな僕の食事シーンを、1人残された使用人だけが、興味なさそうに監視していた。




 その日僕はいつものようにサディ様の調教を受けていた。大分スキルアップした僕に対し、彼女の調教も過酷さを増していった。


 僕は大きなランドセルみたいな錘を背負い、四肢には大きな鉄球付きの枷をはめられ、口には例のハンマーを噛み締めている。その状態で僕は高い高いハードルを幾つも飛び越えなければならなかった。それも何回も何回も。


 始めは難なくこなしていた僕だったが、時間が経つに連れてしんどくなっていった。徐々にハードルにぶつかるようになり、やがて走ることもままならくなった。


「もういいわ。使用人、青太郎を連れて部屋から出て行って」


 錘を外しても全く動けない僕の体を、茶髪の使用人がずるずると引き摺っていった。


 廊下でぐでんと倒れる僕を、その使用人は哀れそうな目で眺めた。まるで体は動かないが、しばらく休めばよくなるだろうと僕は思う。不意に茶髪の使用人が口を開く。


「もう少しの辛抱だ」


「へ?」


 思わず僕は間の抜けた声を出す。彼が僕に話しかけてくるのは初めてのことであった。


「じきに分かるさ」


 僕は彼が何を言っているのかまるで分からなかった。彼はそれ以上口を開こうとせず、真っ直ぐ前を向いて使用人然としている。

 僕はいろいろと聞きたいような気がしたが、体がだるいし何も考えたくなかった。ぐでたまのようにぐでんとすることだけが、その時の僕にできる唯一のことだった。




 とある夜、今日もいい日だったと思いながら僕は床に就いた。いつも通り、サディ様の専属奴隷としての幸福な1日。程良い疲労と充足感とで、僕はすぐに眠りにつくのだった。


 夜中物音がして目が覚めた。カチャカチャと部屋の扉が鳴っている。こんなことは初めてのことであった。一体こんな夜更けに、誰が僕に何の用があるというのだろう。


 カチャリと鍵の開く音がする。扉がギィーと音を立てて開かれた。窓からの月明かりが、訪問者の相貌を照らした。

 そこにペプチドが立っていた。

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