表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/88

15

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なりとはよくいったものだと思う。

 専属奴隷としての日々は一日一日が濃密で、一瞬一瞬がかけがえのない時間だった。鍛錬と愉楽に塗れた日々の中を、僕は手探りで、懸命に泳ぎ続けた。

 気付くと僕は10歳になっていた。




 眼前の火の輪はとても高い位置にある。もう少しで炎が天井に届くのではないかという勢いだった。


「さあ、青太郎。潜りなさい」


 サディ様に言われて、僕は四つ脚で駆け出した。思い切り地面を蹴り上げる。僕は宙を高く舞い、火の輪の中心を綺麗に潜り抜けた。そのまま重力に従って、僕はすとんと地面に降り立つ。まるで猫のような、美しく静謐な着地だった。


「素晴らしいわ」


 サディ様にそう言われて、僕はこの上ない喜びを感じた。




 僕の手足には、スイカ程もある大きな鉄球付きの枷がはめられている。サディ様は僕のお尻を鞭で叩いた。


「さあ、行くのよ青太郎」


「Heheeeeeeeen!」


 僕は四肢に科せられた重みを物ともせず、サディ様を乗せて部屋の中を走り回った。


「いいじゃない青太郎」


 そう言ってサディ様は僕のお尻を鞭で叩く。僕はさらにスピードを上げた。


「ふふふふふ」


 サディ様のおしとやかな笑い声が、僕の何よりの栄養である。




 眼前の鉄球はやはり馬鹿でかく、僕はそれから伸びるピアノ線の先にある、革のグリップ部分を犬みたく噛み締める。


「上げなさい」


 サディ様にそう言われ、僕は首を持ち上げた。そのまま四つん這いの体勢を維持し続ける。鉄球の重みは感じるが、今の僕にとってはさほど苦ではなかった。


「そのまま私がいいって言うまでキープするのよ」

 

 サディ様はそう言うと、ソファーに座って本を読み始めた。僕は彼女の言う通り、その体勢を維持して、微動だにしなかった。


 1時間程が経っただろうか。サディ様は読書に集中なさっているようだった。流石に疲労は覚えたが、それでも僕はまだまだ同じ体勢を維持することができた。


 不意にサディ様が顔を上げてこちらを見る。彼女はその可愛らしい瞳をぱちくりさせて、「あら」と、思わず漏れてしまったかのように声を出した。


「まだやっていたのね。すっかり忘れてしまっていたわ」


 薄々そうではないかとは思っていた。そりゃないぜと僕は思う。


「それにしても青太郎。あなた、中々成長したわね」


 サディ様に褒められて、僕はこの上なく嬉しい。


「あいあほーおあいあふ!」


 僕は革のグリップを噛みながら、感謝の意をサディ様に伝えるのだった。




 広大な農園の中を、僕はマッチョ奴隷と2人で馬車を引く。広がる田園風景はとても長閑であるが、あちこちに奴隷と監督官が点在していて、彼らの圧倒的なヒエラルキーの差から繰り出される暴力は、中々の剣呑さだった。


 御者台に乗った使用人から、僕達も間欠的に鞭を浴びる。籠の中にはサディ様とベリィ様が乗っていらっしゃる。

 今の僕達は彼女達を街まで運ぶ馬に過ぎなかった。そういうと普段は違うみたいだからちゃんちゃらおかしい。僕達はいつだってイジュメール家の馬であり豚であり犬であり、奴隷なのだ。


 前方の畑に見知った童の姿が見えた。ペプチドは僕の存在に気付くと、やはりいつものように、作業しながらじーっとこちらを眺めるのだった。


 そのきらきらとした瞳は親愛を映しているかのようにも見えるし、何かしら伝えたいメッセージがあるかのようにも見え、全く何も考えていないようにも見えた。

 僕はその絡みつくような視線に鬱陶しさを感じながらも、それなりに見返してやるという優しさを見せた。


 ペプチドの横を通り過ぎた後、なんとなく気になってちらと振り返ると、案の定彼は未だこちらに熱視線を向けていた。

 不意に御者台から鞭が飛んでくる。僕はさっと向き直ると、ぱっからぱっからと走行を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ