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「だから行くって言ってるじゃないの」
「いけません、サディ様!」
部屋の前でサディ様と茶髪の使用人が揉めている。
「娘が父親に会って何がいけないの? さっさと案内しなさいよ、このうんこ野郎」
「だから駄目なんです! この時間、ハード様はお部屋でお仕事をなさってるんです。誰も近付かせないようにと、私達使用人はきつく言われているんです」
「知らないわよそんなの。お父様だって私に会いたい筈だわ。さっさと案内しなさい、このうんこ野郎」
「うんこ野郎じゃないです!」
2人の議論はどうやら平行線を辿るようだった。それにしても父親に会いたいだなんて、サディ様も幼い子供なのだと思い知らされる。
「うんこ野郎ったら、うんこ野郎よ。全くこの分からず屋が」
「何と言われようが、私達は案内する訳にはいかないのです!」
「全く……」
サディ様はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「分かったわよ。それならお母様のところに行くから、さっさと案内しなさい」
「かしこまりました」
サディ様は僕の背中に乗っかった。てくてくと歩き出す使用人の後ろを、僕達はついていく。
「青太郎」
不意に耳元でサディ様が囁いた。思わず僕は身震いする。
「黙ってそのまま聞いて。私が鞭を打ったら、それを合図に廊下の反対側へ猛ダッシュするの。分かったら黙って頷きなさい」
僕はこくりと首を縦に振った。
「よし、いい子ね」
使用人は時折こちらを振り返りながら、一定のペースで歩行している。僕はサディ様の合図を待ちながら、じりじりと前へ進んだ。
サディ様の鞭が僕のお尻を打った。僕はすぐさま踵を返し、使用人とは反対方向に全速力で駆け出した。
「ああ〜! サディ様ぁ〜!」
僕達の行動に気付いた使用人が、情けない声を上げる。
「待ってぇ〜! サディ様ぁ〜!」
彼は喚きながら追いかけてくるようだったが、次第にその声は小さくなった。
「フフフフフ」
サディ様は上機嫌だった。僕はスピードを緩めることなく、瀟洒な館を爆走した。
「そこ右」
不意にサディ様が言った。僕は彼女の指示に従った。
「そこ左」
「次右」
「階段登って」
4階に来るのは初めてのことだった。どのフロアも一続きのような似た雰囲気である。壁に飾られたアンティークやガラス細工が目を惹いた。
指示通り走っていると、唐突にサディ様が「ストップ!」と大きな声を出した。僕は急停止し、絨毯の上をズザザと滑った。
僕達が止まったのは、とある大きな扉の前だった。サディ様は僕から降りると、その扉をすっかり開け放った。
そこは黒を基調とした広大な部屋だった。所々に施された金の装飾やアンティークが目立つ。壁には本棚がずらりと並んでいる。
部屋の中央の大きなデスクに、イジュメール伯爵がどっしりと座っていた。彼の手元には羊皮紙と羽根ペンがあり、何やら作業しているようだった。
「サディ?」
こちらに気付いた伯爵は、きょとんとした顔でそう言った。
「お父様〜!」
サディ様は一目散に伯爵のところまで駆け出した。伯爵は困惑しながらも、座っていた玉座から立ち上がり、愛娘を迎えに数歩移動した。サディ様が伯爵の元に辿り着き、彼の下半身に抱きつく。伯爵は「おー、よしよし」と言いながら、幸せそうに笑みを浮かべている。
「それにしてもサディ、一体どうしたんだ?」
「親子が会うのに理由なんかいらないでしょ? お父様に会いたくなったの」
伯爵はにやけながら、そうかそうかと呟いた。
「しかしサディ、使用人はどうしたんだ?」
「撒いたわ」
伯爵はからからと笑った。
「そうかそうか、サディは本当にお転婆だなあ」
「ねえ、お父様。たまには私と遊んでください」
伯爵はうーんと難しい顔をする。
「すまないサディ。遊びたいのはやまやまなんだが、私は仕事をしないといけないんだ」
「嫌よお父様。私、お父様と一緒に、奴隷をいじめたいの」
家族ですることかと僕は思う。




